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カエルと

カエルの合唱を聞いたときに、これを聞いたことのない人に伝える物語を書けないだろうかと思い書いた物語です。

人生が嫌になり田舎に逃げてきた男の、シンプルな物語。

やりたかったことは2000字ぴったりで出来てるでしょうか、どうぞお楽しみください。

今日は、満月か。


うっすらと冷たい月光の中の田舎道を俺は一人で歩いていた。

車が一台通れるくらいの細さのアスファルトの道だ。

あたりは水の張った米の苗を植えたばかりらしい田んぼが一面に広がっている。

まさに田舎、といった光景だった。


ふと、虫の鳴く声を聞いてみたいなと思った。

都会生まれ都会育ちの俺は、これまで虫の声というものをセミくらいしか聞いたことがなかった。

田園風景を楽しむために田舎に来たのだが、せっかくだからコオロギやスズムシの生演奏も聞いてみたいと思っていた。

今は6月、普通に聞けるだろうと思っていた。


懐中電灯をプラプラふりまわしながら行くあてもなく歩いていたが、虫の声らしいものはうんともすんとも聞こえない。

虫といっても蚊はいるようで全身がなんとなくかゆい。

右腕が一箇所噛まれてしまったようだ。

虫はもっと夜中じゃないと聞けないのか?

景色を楽しもうにも、月が明るいせいか街灯があるせいか星空もあまり見えない。

田舎道にこんなにも外灯があるなんて思ってもなかった。

なんだか損をした気分だった。


 クワッ


何かの鳴き声が聞こえた。


 ケワッ

   クエッ


何の声だろうか。

これが虫の声?


 ケコッ クエッ

   クワッ


鳴き声はどんどん増えていった。

これは多分、カエルの声…だな


 ケワッ クワッ

   ケロッ クケッ


どうやらその通りだった。

田んぼの中から次々と聞こえてくる。

その声はどんどん多くなっていく。


 ケコッ クワッ ケケッ

   クオッ ケコッ


カエルが鳴くと雨が降るんだっけな。

空を見上げてみると満月に雲がかかり始めているようだった。

カエルの言うとおり、一雨来るのかもしれない。

俺は田舎道をUターンし、宿泊しているホテルに向かって歩きだした。


 クケッ クワッ コカッ

  ケワッ クエッ ケカッ


カエルは挿絵や写真でしか見たことがない。

イラストならともかく、写真で見たカエルはどこかグロテスクで嫌いだった。

あんな醜い生き物なんて、そう居ないんじゃないだろうか。

いや、今の俺にとってはどんな奴でも醜く見える。

この田舎道だってどんどんと嫌なものに見えてきたように。

美しいものを感じるために田舎に来たのに、やはり損だったようだ。


 クワッ ケワッ ケコッ

  クエッ クオッ

 ケケッ クエッ


そうだ、すべてが醜い。

あいつも醜い。

心の隅から消えないあいつ。

どうしても俺から心から離れないあいつ。

田舎に来たのもあいつから離れるためだと言うのに……。

また思い出してしまった。

カエルの声が、あいつを思い出せと言っているように聞こえる。


 ケワッ ケロッ ケコッ

  クエッ ケコッ

 クワッ ケワッ クワッ


どんどん大きくなっていくカエルの鳴き声。

うるさい、黙れ。

声に出して叫んだが、静まらない。

次第に苛立ちがたまっていった。

あいつと居ると、それだけでイライラしていた。

だから一緒に居るのが嫌になって、あいつを捨てたんだ。


 クエッ ケコッ クエッ

  ケワッ クワッ ケロッ

 クワッ ケワッ クワッ


あいつを捨てて、他の女のところに居座っていた。

でもそれは何か違った。

付き合っては別れ、付き合っては別れ。

他の女と居るたびに、何かが違うと感じた。

そのたびに、なぜかあいつばかり思い出す。

あいつ、あいつ……。


 クエッ ケコッ クエッ クコッ

  クケッ ケワッ クワッ

 ケワッ クワッ クロッ クエッ


小学校に入る前から幼馴染で、なにかとよく遊んでいたあいつ。

中学になって意図的に疎遠にしてたのに、そんなことも察せないあいつ。

なし崩しで付き合ってみたが、お節介癖がいつまでも取れなかったあいつ。

たいして器量も良くないくせに俺を子供扱いして!

だから俺はあいつから逃げてここまで……、逃げてた?


 クエッ ケコッ クエッ ケロッ

  クケッ ケワッ ケロッ ケコッ

 クワッ ケワッ クワッ ケワッ



 !!ッッ!!


一瞬、何か体を突き抜ける感じがした。

アクション映画のクライマックスが終わったかのような、そうでありながら海に落ちた石がゆっくり沈むような。

吹っ切れたかのような、しかしとても長いような感じがした。

その一瞬からカエルの声が変わった。

声ではない何かが俺を包んでいた。

沢山のカエルの声が絶妙なハーモニーを奏で、それはまるで自然に溶け込んでいくかのようだった。

「ケロッ」というカエルの声ではなく、音が耳に流れ込んできていた。


 クケワッ♪クワッ♪ケケッケロッ♪ケケッ♪

 ケククエッ♪クカクワッ♪ケケロックカッ♪

 クワッ♪ケワックワッ♪クエッククロケッ♪


カエルはただ見た目が醜いだけではない。

その入り交じる声は十重二十重と入り混じれば、ある種の芸術たりうるものになるのだ。

なぜか、涙腺に熱を感じた。

これだけの事に気づくのに、どれだけ時間をかけてしまったのか。

田舎を訪れたのはこれだけの事に気づきたいと心が叫んでいたからなのか。



帰ろう。

今すぐ帰ろう。

そして今度こそあいつを認め、あいつに謝って、あいつのところへ帰ろう。

そして今度あいつともう一度ここに来よう。


いつのまにか空は雲ひとつなく晴れていた。

満月の光が、帰りの道を明るく照らしてくれていた。


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