焚き火と
長編ファンタジーのワンシーンをイメージした物語。
高飛車な若者ティルガ、保護者のような魔戦士ヘクト、紅一点な魔法使いシェイラ、元気が取り柄なドワーフのヴェムンの4人旅の物語。
一場面からストーリーを感じとる楽しさを2000字ぴったりで、どうぞお楽しみください。
夜も深まり、三人は森の中で野宿をすることにした。
ヘクトが集めた薪にシェイラが手をかざし『ヴィーザ』と呟くと、薪が赤々と燃え上がり、火の粉が満月まで飛んでいった。
結界をヘクトが張り、その中に腰を落ち着かせる場所を作り座る。
安心できるようになったが、誰も口を開こうとしなかった。
陰鬱とした空気が流れる。
「こんな旅、いつまで続くんだよ……」
いつもは強気なティルガが、剣を見つめながらボソッと呟いた。
ヘクトはその言葉を聞き逃さなかった。
「お前な!言って良いことと悪いことぐらい分かるだろ!」
「オレはもう……、もうこんな旅まっぴらなんだよ」
「お前が辞めたらフィルスの人々がどうなると思っている!」
「二人とも落ち着いて!喧嘩したって良いこと無いよ」
シェイラが口を挟む。
ヴェムンが死んでからこの調子だ。
ティルガは落ち込んでいるし、ヘクトはイライラしている。
重い空気が辺りを包む。
パチパチと焚き火の爆ぜる音が虚しく森に響いた。
ヴェムンはティルガをかばって死んだ。
威勢だけの役立たずのドワーフが、プライドの塊のようなティルガの命を救った。
ティルガが勝手な事をしなければ、ディエ=ジールの罠も発動せず、誰も死ななかったのに。
他の二人は仕方無かったと言うが、ティルガは塞ぎ込んだままだった。
アーゴラの塔の探索を中止せざるを得なくなり、逃げるように三人はこの森に着いたのだ。
ヘクトは森の奥から、ヴザキを3匹狩ってきた。
ナイフでヴザキの皮をはぎ、太い枝に刺して焚き火のそばに突き刺した。
荷物から三人前の乾パンも取り出す。
これが今日の晩御飯だ。
ヴザキが頃合いに焼けると、良い匂いを立てはじめた。
「食べないのか?」
ヘクトが焼けたヴザキをティルガに向けて言ったが、ティルガは焚き火に背を向けて黙り込んだままだった。
ヘクトとシェイラは、黙々と食べるしかなかった。
シェイラが食べ終わった時、ガサッと近くの茂みから音がした。
三人は反射的に身構えた。
ティルガも強く剣を握る。
ヘクトが『ルーミシア』と唱えると、第一の結界が手の形に変形した。
そして敵と思われるものを捕まえ、引きずり出した。
その正体は、裏切り者の妖精アムカだった。
ヘクトは怒りを込めて叫んだ。
「キサマ、今頃何の用だ。まさか表返るとか言うんじゃないだろうな!」
「ま、まさか。ただのスパイですってば」
「このまま焚き火に突っ込んでやってもいいんだぞ、アムカ。貴様のせいで何が起きたか知っているだろう」
「ちょっと、やりすぎよ!」
ヘクトがアムカを火に近づけようとすると、シェイラが止めに入った。
裏切られたとはいえ元々仲間だったアムカを殺すことには、シェイラは抵抗があった。
シェイラの気持ちを汲み取り、ヘクトも怒りを抑え手を止める。
「そういえばあのドワーフはどうした? デクノボーめ、死んだか? お前らアーゴラの塔に行って、尻尾巻いて逃げてきたんだろ」
「あぁん?」
「あぁ偉大なる魔法使いジャナトゥア様、あなた様が死ねばこいつらなんて屁でもないのにぃ」
アムカはジャナトゥアにこき使われていた事をまだ根に持っているようだ。
「だがそのジャナトゥアが封印されてしまったのはお前のせいだ」
「違う。ヘクト」
ヘクトの言葉をティルガが止めた。
みな驚き、空気が静まり返った。
「全部俺が悪い。旅の始まりだって、俺がディエ=ジールをよみがえらせたからだ。ジャナトゥアだって、実は俺のせいだ。ヴェムンだって……」
パチン。
言葉が途中で途切れる。
シェイラがティルガをはたいたのだ。
「落ち着いて。何馬鹿なこと言ってるの。あ、あなた疲れてるんだわ」
「ヴェムンでもアムカでもなくて、本当は俺が役立たずなんだ。俺は魔法だって使えないし……」
『リンドゥ』とヘクトが唱えると、ティルガは急に睡魔に襲われ、眠ってしまった。
ティルガがその場に倒れるとき、ヘクトに対し怒るシェイラがちらっと見えた。
ティルガが目を覚ますと、森の木々の隙間から満月が見えた。
パチパチと焚き火が爆ぜる音がする。
横を向くと目の前にシェイラの寝顔があったので、すぐにまた月を見上げた。
煙のせいか、満月を見つめ続けていると目が痛くなり、涙が出てきた。
全て俺が悪い、ならどうすればいい、と自分に聞く。
答えは出ているが言えない。
「なぁ、ヘクト。ディエ=ジールの城まで、どのくらいあると思う」
「俺たちが奴を倒せるだけの強さになったら、おのずと着く。そういうものだ」
ヘクトは焚き火を見つめたまま、冷静に答えた。
ティルガは上半身を起こし、自分の剣を握り締めた。
ティルガは空に向けて指を振った。
何も起こりはしない。
もう俺は限界だ。
そう思っていると、シェイラがそっと、ティルガの手に触れた。
ティルガの指から小さな星が流れた。
ティルガとシェイラはお互い見つめあった。
「大丈夫。ティルガはティルガらしくしてたら良い。それがあなたなんだから」
夜が明けた。
三人はアーゴラの塔へと歩き始めた。