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それと……

待ち合わせの場所に向けて走る少年の物語。

待ち合わせの場所で少年を待つ少女の物語。

この話でこの短編集は完結です。

短編集を締めくくる物語を2000字ぴったりで、どうぞお楽しみください。

少年は新幹線の車内電光掲示板を今か今かと見つめていた。

火星探査船が月に不時着したというニュースが流れたあとに、もうすぐ駅に着くという車内放送が流れた。

少年は大きなリュックを背負い、急ぎ足で乗車口へ移動する。

新幹線のドアが開くと同時に、改札へ向けて走り出した。

 

駅から出たところで少年はスマホを確認した。

午後9時すぎ、天気は曇り、降水確率5%、メールの返信は無し。


「待ち合わせまで、あんま余裕無いなぁ」


少年はそうつぶやきながらも、いつも寄る百貨店へ足を伸ばした。

待ち合わせ相手のために花を買うつもりだった。

だが行ってみると百貨店は工事中だった。

少年は花を諦め、待ち合わせ場所へと急いだ。

ここから歩いて20分ほどの住宅地にある公園だ。

走れば予定時刻には着く距離だ。

少年は走り出した。


シャッターの閉じた商店街を走りながら、少年は徐々に不安になっていた。

『来て』とメールを送ったのが3時間前、それから返信は来ていない。

待ち合わせ相手はメールを見ただろうか。

見たとしても来ないかもしれない。

少年は許されない事をしたからだ。

メールには言い訳のようにいくつも要件を書いたが、来ない可能性は高い。

考えれば考えるほど不安が足に絡み、走る足が遅くなる。

もしも目の前に鋭い何か……、例えば細いピアノ線でもあったならどんなに楽だろうか。

そのピアノ線に切断されて死んでしまえばこの不安から開放されるだろうに。

少年は走りながら、約束から逃げることを何度も心に描いた。


そう考えていると赤信号で足が止まった。

すぐに青信号になったが、足が動かない。

新幹線を降りるときの勢いが、いざ会うと思うとどんどん削れていく。

また信号が赤になった。

立ち止まっていると、近くのバス停に座る一人の女の子が目に入った。

女の子は寒そうに待っていた。

同じように待ち合わせ相手が寒そうにする姿を想像する。

やはり待たせるわけにはいかない。

青信号になると同時に積もった不安から足を引き抜き、少年はまた走り出した。


少年は5分遅れて公園に着いた。

街灯のそばに一人の少女が立っていた。

来てもらえたと安堵すると同時に、待たせしまったと少年は自責した。

少女は少年に気づくと同時に背を向けた。

少年がしたことを少女はまだ許していないのだ。


「よっ、久しぶり。前に借りたファンタジーの本。面白かったよ、返すね」


そう言って少年はリュックから本を取り出そうとした。

少女は背を向けたまま受け取ろうとしない。

少しでも少女の気を引こうと別の話題を切り出す。


「駅前の百貨店、老朽化で立て直すんだってね。花を買ってこれなかったよ」


無意味な言葉だと少年は自覚していた。

だが少年には本題に入る勇気が無かった。

少女は少年のそういった所が嫌いだった。


「オレ、田舎に行ってたんだ。虫の声を聞こうと思ったけど聞けなかったよ。この時期は虫が居な……」

「それだけ?」


少女が突然、背を向けたまま聞き返した。

少年は沈黙した。

頭の中に気の利いた言葉が何も浮かんでこなかった。


「ごめん……」

「それだけ?」


少女は背を向けたまま、強く聞き返す。

少年はたじろいだ。

違う。

言いたいのはこんなことじゃない。

少女に告白したときより少年は緊張していた。


「言ってよ、聞くから」


少女の言葉に、少年は何も言い返せなかった。

少年は覚悟を決め、深呼吸する。


「……お前の事ありながら、違う女の子と付き合って、本当に悪かった」


少年はつらさと怖さで涙を出し始めた。


「でも、その子は違った。お前がどうしても忘れられなくて。

 それから別の子とも付き合ったけど、駄目だった。

 誰と付き合っても、いつも違和感があって……」


少年の言葉が止まる。

少女は何も言わない。

沈黙が続く。

静寂の中にうっすらピアノの音が聞こえてきた。

こんな時間に誰かが弾いているのだろうか。

冷たく寂しく悲しい曲だった。

少女はその曲を、別れを後押しするBGMだと受け取った。

そして少年の顔も見ずその場を立ち去ろうとした。


その時、さぁっと地面が明るくなった。

少年と少女は同時に空を見上げた。

厚く暗い雲に隙間があり、そこから満月が顔を出していた。

少女は空を見上げた後、はじめて少年の顔を見た。

涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。

それを見て少女はついフフッと笑ってしまった。

少女はまた月を見上げてから大きなため息を出し、少年を見つめた。


「……次やったら、殺すんだから」


そう言いながら腕を前に伸ばし、安心するように少年に抱きついた。

少年はさらに強く泣き始めた。

今度は怖さの涙ではなく、喜びの涙だった。

自分にはこの子が必要だ。

そう確信した。


「満月とおじいちゃんの話、したよね。満月見てると思い出すんだ」

「うん、覚えてる」


少年はうなずきながら少女の頭をなでる。

どこからともなく聞こえるピアノの音は、いつの間にか安らかな響きに変わっていた。

そして、二人で満月を眺める。


その日の満月は、いつもと変わらず輝いていた。


10話(計20000字ぴったり)も読んでいただいて、ありがとうございました。

「どの話が好みだったか」とか「ランキングを付けるならこの順」とかを感想に書いていただけるととてもありがたいです。

web小説に慣れてないので「こう書いたら読みやすい」なんてアドバイスがあったりしても嬉しいです。

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