再会
マリーローズは少年と会ってから裏路地を覗くようになった
あの少年を捜していることは明らかだが、あまりよろしくないと側に必ず控える執事に窘められたが、マリーローズは辞めなかった
そして、事件は起きた
マリーローズがもう習慣の様に路地を覗き込んだ瞬間、マリーローズの体は浮いた
正確には抱えられた
突然のことで声さえ出すことを忘れたマリーローズだが、直ぐに助けを求めなくてはいけないことを察する
しかし、マリーローズが声を上げるより早く、マリーローズを抱えた男はマリーローズの口を手で塞いだ
同時に何か小さな石のような物を口にあてられた
ちょうど口を開いた瞬間だったのでそれはマリーローズの小さな口に滑り込んでしまう
吐き出そうにも手が邪魔で口から出すことが出来ない
そして抱えられていたマリーローズが揺れに生じてつい、それを飲み込んでしまったのは仕方がない事だった
慌てて吐き出そうにも口を押さえられたままで、漸く解放されたと思えば荷馬車に投げ込まれそれ所では無いところに複数の大人の男に囲まれマリーローズは震えた
そして、縛られ、更に執事と引き離すように馬車に揺られ、男たちのねぐらと思われる古い建物に連れ去られ、その一室に荷物のように投げ込まれた
そして、助けに来た少年に再開すると同時に声を失っていた
………
少年はマリーローズを背にかばいながら部屋に入ってきた男を警戒する
荷物に隠れた壁の穴までいけば逃げられるかもしれない
しかし、そこに行くまでに荷物という障害物がある以上途中で捕まえられるだろう
それがわからないほど馬鹿ではないが、代案も浮かぶほどの知略も無い
男はニヤニヤと笑いを浮かべる
大公にはすでに身代金請求は済ませている
というより、誘拐したときに追ってきた執事にわかりやすくそれを投げつけてやった
後は反応を待つだけだった
時間を前祝いの酒と共に消化していたが、それにも飽きてきたところ
定期的にマリーローズの様子を見に来ていたが、酒の力も加わって面白いものに出くわした気分だ
少年は布を頭から被っていている
ボロボロだが、かろうじて男物と分かる子供服
貧民の子、もしくは親無し子
そんな子供が大公という貴族の最上位家庭のお嬢様をかばう理由など男は下世話にも一つしか浮かばない
むしろ、それしか浮かばないから面白い
マリーローズは少年の服の端を握る手が震えた
悪いことが起きる
具体性は浮かばないが、それだけは全身で感じることは出来た
誘拐された時点で良くないことは始まっていた
マリーローズは体がどんどん強張る
「大丈夫だ。お前だけは守ってやるよ。食いもんの礼だからな、これで貸し借り無しだ」
マリーローズはフッと力が抜ける
何も大丈夫なことなど無いのは一目瞭然
それでも、聞きたかった言葉だった
同時に目の前の少年がマリーローズの会いたいっと思っていた少年だと核心する
片手で持っていた少年の服を両手で腰の当たりに位置を変えマリーローズは額を少年の背中に預ける
言いたいことはある
でもどんな言葉が適切なのかマリーローズはわからない
安心した
心強かった
希望が見えた
違う、そうじゃない
嬉しいの
また会えたことが
会いたかった
本当はあの時のパンより美味しいものを食べてもらう予定だった
美味しいものをたくさん知って欲しいって願ってた
貴方の綺麗な物もっと見せてほしくて
いろんな事教えたくて、教えてほしくて、何より話したかったの
貴方はなんでそんなにお腹をすかせていたの?
貴方はなんでそんなにボロボロの服を着ているの?
貴方はなんでその綺麗な髪も瞳も隠すの?
知りたいの、知りたかったの
そして、同じくらい私を知ってほしかったの
でね、一緒にいたらきっと楽しいって思ったの
でも違った
凄く心が楽になったの
怖い気持ちが少なくなったの
ねぇ何て言ったら伝わる?
わかってくれる?
今は凄く悪いことが起きてて、私、怖いことされるかもしれないのよね?
でもね、私も思うの、
大丈夫だって
きっと貴方が着てくれたからよね
マリーローズの体温を背中で感じるがそれどころではない
男が一人、また一人と増える
様子を見に行った仲間の帰りが遅いと仲間が集まる
少年は奥歯を強く噛む
打開策など思いつくほど知恵はない
早く逃げ出したいが視界に入るだけで大人の男が四人
布で出来た死角に入った者もいるがそこまで数えきれない
目の前だけでも手一杯だ
いや、目の前だけでもなんとか出来る気がしない
冷や汗がつたう
「!?」
「!」
「後ろが疎かだぜ、ガキ!」
後ろからマリーローズの体温が遠のき少年が慌てて振り返ると、そこには少年の死角に入り込み、危機感を薄めていたマリーローズを後ろから抱き上げた男がいかにも悪人顔で笑って少年を見下していた
マリーローズは必死にもがきながら少年に手を伸ばすが、子供の力が大人に叶うはずもなく、瞳に涙を再び貯めることしか出来ない
必死に手を伸ばすマリーローズの手は少年に届かない
少年は突進しようと後ろに伸ばした足に力を込めるが、それが放たれることは無かった
少年は後ろから横に殴られた
更に追い撃ちをかけるようによろけ、倒れかけた少年を一人が受け止めて突き飛ばす
力にしたがって数歩歩いた先で再び殴られる
いつの間にか大人たちに囲まれるいうに少年はいた
ささえられ、突き飛ばされ、殴られる
そして、また、よろけた先で受け止められ突き飛ばさ、殴られる
繰り返される暴力
マリーローズは叫んだ
辞めてと
しかし、それに音はない
口が動いて、大きく息が吐かれるだけの行為
いくつもの涙がマリーローズからこぼれる
最初に殴られた衝撃で布は少年から離れ、雪の様に白い髪が代わりに舞う
少年から流れる血で白い髪は瞳と同じ赤に染まりつつある
辞めて、もう辞めて、お願い、彼を傷つけないで、痛いことをしないで
マリーローズの願いは誰にも聞き入れられない
音にならない声を聞ける人間がいないのだから
ありがとうございます(*^-^*)