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Act.05 兄者とヒナカ

 今日も朝の鐘が鳴る。

 朝起きたらまずは顔と口を洗う。

 そして用を足して騒がしい大部屋に。

 今日の朝ご飯は昨日とさして変わりはなかったが、楽しみの甘味は変わっていた。


 〔……私なんで呼ばれんただろう?〕


 正直心当たりが全くない。

 試合では普通に勝っただけだし、まさか勝ってはいけないということはないでしょ。

 フォークとスプーンを交互に動かし、朝食を一人で食べ進める。


「……む」


 考え事をしていたせいか、いつの間にかフォークが何もない皿を突っついてしまっていた。

 皿を流し台に突っ込み、部屋を出る。


 〔確かヤコブさんの部屋はこっちだったっけ……〕


 松明が所々を照らす陰気な通路を右へ左へ進み、辿り着いた場違いに大きい茶色の扉を叩く。

 数拍置いて腹に響く声が中から返ってくる。


「おう、入れ」

「…薄暗いです」

「はっはっは、言ってくれるな。ま、戦争で資源が枯渇気味だからな」

「本をおすすめするために呼んだんじゃないんですよね?」

「まぁな」


 彼は闘剣場の中でも有名な読書家。

 それは背後の本棚に如実に表れている。


「それでだが……」

「前の試合のことですか?」

「ああ」


 まあ何となく予想はしていた。

 内容まではさっぱりだったけど。


「昨日のアレだが、俺らもどこかおかしいとは思ってたんだ」

「あの生命力は異常でしたね」

「だがここの掟で割り込みも出来なかったわけだ」


 ぽりぽりと頬を搔く。


「正直戦いに細工をする奴なんざ虫唾が走るが、どうにもその線がきな臭い」


 座っていたその体に見合う椅子を離れ、部屋の左にある黒炭板にのしのしと向かう。

 カツカツと白亜筆チョークで昨日戦った奴らの絵を描き上げていく。


「上手いですね、絵」

「そうかね?俺はそうとは思わんが」


 すごく上手な絵の横に、彼がこれまでに分かった事などを書き上げていく。


「さっきも言ってもらったが昨日の試合についてだ。まず最初。薬が盛られてた」

「……!」

「どこのどいつがやったのかは知らんが、まあ過激派のやつらが最初に思い浮かぶわな」


 脳裏に燃え盛る炎が浮かび上がる。


「理由はいくつか挙げられるが…戦争が大きいだろうな」

「他の、理由は?」

「そうくな。どれ、茶でも一杯どうだ?」

「……ありがとうございます」


 彼が席を立ち、別の部屋に向かう。

 私は近くに置いてあった椅子に腰かける。


「お」


 流石にこの部屋で待ちぼうけというのもなんだか癪なので、ぐるぐる本を眺めていたら懐かしいものがあるのを見つけた。


 〔〔遊探家・虚遺物大全〕か……よく読んでたなあ、これ。お義父とうさん、載ってるといいけど〕


 分厚い革製の本を手に取り、手に掛かる重さを感じながらぺらぺらとページをめくっていく。

 夜は暇だし、久々に借りてじっくり読んでみようかな。


「お、いた」


金盞花きんせんかのアクス 白鐘。発見した虚遺物は数知れず。敵対する遊探家には容赦をしなかったことから金盞花(ぜつぼう)の異名が与えられた。発見した特級虚遺物は以下の通り。「命を造る氷(ブロックヘッド)」、「身体を移す鏡(エヴィネンス)」、「魂離(リヴェ)ーー〕


「白鐘志望か?にしてもアクスさんとはな」

「趣味が悪い、ですか?」

「はっはっは。何か理由でもあるのか?」

「……見つけた虚遺物の質と多さ、ですかね」

「なるほどな」


 ヤコブさんが最初に座っていた机の左にある応接机に湯煙を上げる洒落たカップをそっと置く。


「俺が世界を歩き回って集めた自家製配合茶だ。飲んでくれ」

「いただきます」


 くいっとコップを傾け、お茶の香りを楽しむ。

 ヤコブさんは一口だけ流し込み、また今回の問題について語り始める。


「他の理由についてだが、他を狙った可能性も高い」

「有力奴隷の排除、ですか?」

「ああ。そうだとすれば敵の計画は大成功だな。目星を付けていた奴を何人か持っていかれた」


 どちらにせよ、と念を押すように私に話しかける。


「何者かが水面下で動いているのは確かだ。具体的なことは出来んが、気を付けてくれ」

「……わかりました」


 冷めてしまっていたお茶を一気に流し込み、お礼とあいさつをして部屋を出て行った。


 *


 元気にしてるだろうか、あの娘。

 俺はまた嫌な思い出しかない武器庫に放り込まれていた。

 メシアはいるのだろう。重い石の扉が地面をする音が俺の耳に聞こえてきた。


「……いますか?」


 まっとうなヒトが誰もいないであろう部屋にこんなことを言う確率はほぼないだろう。


〔出してくれ……〕

「あ、いた。訓練、付き合ってください」

〔訓練〕

「そうです。ほら、行きましょう」


 彼女が素早く俺を見つけ出し、そのまま外に連れ出してくれる。

 久々に見る空は青かった。


 彼女は俺を右腕に嵌め、そのままほかの奴隷であろうヒト達が訓練しているところを通り過ぎた。

 早足にここの敷地であるという森へと向かった。


〔……前は使ってくれてありがとう。お陰であそこから少しの間だけど出ることができた〕

「いえ。こちらこそ、助けてもらいました」

〔今後君に俺を使う気があるのかは――〕

「あります」


 即答だった。何かやりたいことでもあるのだろうか。


「あなたには助けてもらいましたし……すごい、戦いやすかったです」

〔それは……ありがとう。一応、君を助けることもできる、と思う〕

「……」

〔俺としては君に使ってほしい。けど前みたいに何もできないまま時間だけが過ぎるのは嫌なんだ〕


 だがこれは、裏を返せば。

 彼女の貌は、覚悟に裏打ちされていた。


「もちろんです。目標が、あるので」

〔聞いてもいいか?〕

「白鐘に、なりたいんです」


 聞けば、彼女の育ての親がそうであったらしい。


〔絶対にか?〕

「絶対、ならなくちゃいけないんです」


 聞けば、彼女は孤児だったらしい。

 母親は彼女が小さい時に倒れてしまい、父親も徴兵されて以来だそうだった。

 あてもなく路地裏でいつ死ぬのかもわからない生活をしていた時に、彼に拾われ、彼の経営する孤児院で育てられたらしい。


 彼女はそんな彼に追いつこうと、十二のときに孤児院を出たらしい。

 旅をしていたがその道中で奴隷商人に捕まり、各地を転々としながら四年もの歳月を経て今に至るわけだ。

 そして、白鐘になるには武力だけでなく『魔術』というのも必要なのだと。

 そのために俺を必要としてくれたらしい。


〔俺でよければ、手伝うよ〕

「いいんですか?」

〔もちろん。そうだ、名前、まだだった〕

「名前は、ないです」


 何があったと聞くのは野暮かもしれない。だけど、仲間の名前も知らないのは少し人道に欠けるのではないか。


〔聞かせてもらってもいい?〕

「――奴隷契約で、取られました」


 どうにも契約をより強くする『魔術』があるらしく、奴隷に関しては主人への反乱がほぼ不可能になるそう。

 売るときに便利にするために名前は取られるそうだ。

 どこで聞いたかは忘れたが奴隷は「個性」を取り上げるのが反逆を防ぐためには有効だという話を聞いたことがある。

 しかし、名前がないと、どうにも、やりづらい。


〔前の名前を教えてもらってもいい?〕

「ヒナカ、です」

〔なるほど。よろしくお願いする、ヒナカ〕

「お願いします」


 ヒナカは何かに気付いたらしく、俺に喋りかけてくれた。


「あなたは、何て呼べばいいですか?」

〔あー……〕


 決めてなかった。それに、覚えていない。前の名前を使うのは、何か嫌だ。だけど、他にいい案もない。


 どうしようか。


〔うーむ……〕

「名前、ないんですか?」

〔……はい〕

「じゃあ、私がつけます」


 そういって今度はヒナカがうーんうーんと唸り始めた。

 その考える目は真剣そのもので、妥協を許さないような眼をしていた。


「あっ」

〔決まった?〕

「はい」

〔教えてもらってもいい?〕

「兄者」

〔……うん?〕

「兄者」

〔何でか、教えてもらっても?〕

「私を、助けてくれたからです」

〔他候補は……?〕

「ないです」


 一蹴。すがすがしいまでに。

 ……まあ、いいや。本人が呼びやすければ、それに越したことはない……と自分に言い聞かせておいた。


〔何か、目標みたいなのは?〕

「まず、この闘剣場を出ます」

〔脱出?〕

「いいえ──あぁいえ、そうです」


 肯定。そして、宣言した。


「次の皇帝誕生祭で、勝ちます」


ストックが底をつきました。なのでお休みはしませんが次は少し遅れるかもしれないですが、ストックが出来次第また二日更新に戻します。

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