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Act.04 闘剣士部屋

 あの奇妙な腕輪と別れて十分後。

 私は奴隷剣闘士に割り当てられた大部屋に舞い戻っていた。


「おう嬢ちゃんやるじゃねえか!」

「見ていて冷や冷やしましたね」

「……キシロケトスに放り上げられた時ははどうなるかと思ったぞ」


 三者三様である。

 ここの人たちは外での迫害なんか遠い異国の話だと思わせてくれるような人たちで本当に助かっている。


「ありがとうございます」

「なぁに、種族は違えど食ってる飯は一緒なんだ。ほれ、もっと胸張れ!」


 無い胸をどう張れと仰っているのですかねぇ???

 ここは帝都中心部にある国家民間分割運営の賭博場カジノ。人呼んで闘剣場コロシアム

 数多の奴隷や闘剣士たちがその血を土に染み込ませた帝国の闇鍋とでもいったところだろうか。

 そして私はそこの奴隷闘剣士の端くれ。

 旅の途中で魔人の縄張りに誤って足を踏み入れてしまい、なぜか貞操も奪われずこんな所まで来てしまった。

 一緒に旅をしていた連れも、今となってはもう生きているのかどうかさえ分からない。


 迫害によって帰る場所を失い、迫害によって戻らなければいけない場所が出来た。

 現実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。


「あぁ、そうだ」


 もう一度ちゃんとお礼をあの人に言いに行かないと。

 あの人の機転がなければ確実に火葬場に運ばれていたのは私たちのほうだったのだから。


 大部屋の奥にある奴隷闘剣士用の共用寝室オリに向かう。

 扉を開け、二手に分かれた通路を右に曲がる。

 その実、檻と言っても拘束能力はさしてない。

 やろうと思えば誰でも破壊して出ることができる。

 だが、檻を破壊したからと言ってここから出られるかと言ったらそれはまた別問題なのだ。


 左右の壁には松明が所々に設置されており、その揺らめく光が湿った地下をより薄気味悪く彩っている。

 もう一度通路を右に曲がり、目的の男の元に辿り着く。

 部屋は奥に広く、中央通路の両側にヒトが最低限寝るのに必要なだけの環境が整えられている。


 男はその寝室の一つに寝そべっていた。

 さして筋肉があるといった体つきではないが、それでも必要最低限武器を振るうのに問題ない程度にはモノがついている。


「……やぁ。さっきぶりだな」

「さっきはありがとうございました。その……オーナーの人にもありがとうございました、って伝えてもらえると嬉しいです」

「そう伝えておくよ。汝に神のご加護ラ・フォーがあらんことをトゥン

貴方にもアウファード


 ここには他にも色んなヒトたちが集まってくる。

 樹霊種エルフ土霊種ドワーフ水霊種ネライダ

 そして私の種族である獣人種ヒースシュフィア


 エルフ、ドワーフの二種族は人間にとって利益を上げることができるという理由でまだ種の存続に関わる様なことにはなっていない。

 ネライダに関してはそもそもの居住区が海の下なので迫害などどこ吹く風と言った感じだ。


 だがヒースシュフィアはその限りではない。

 卓越した身体能力と五感に、強い繁殖力。

 そして未知への強烈な好奇心。

 そしてその個性に最も適していたのが遊探家という職業。


 身体能力や五感はもちろん、繁殖力が強いお陰で早い内に次世代に冒険の続きを任せることができ、尽きることのない好奇心。

 人間の遊探家からしたらこれ以上嫌な同業者は他にいないだろう。

 他にも色々な問題が人間と獣人種の間で起きた。

 最終的にはある事件によって獣人種の迫害が始まってしまい、今なお獣人種は迫害によってその数を減らし続けている。


「……そうだ」

「なんですか?」

「あのキシロケトスの事だ。アレはどう考えたっておかしかった」

「キシロケトスにしては生命力が強すぎましたし、行動も然りでしたね」

「あぁ。肌の色もおかしくはなかったし、何か裏があるとしか思えない」

「迫害と言えばそれで終わりますが……」

「それならあそこまで手間をかける必要もないはず、か」

「そうなりますね……」


 二人の間に沈黙が訪れる。

 それを破ったのは男のため息だった。


「……はぁ。ま、私たちが色々考えた所で何かが変わるわけでもない。今のことは忘れてくれ」

「はい。良い夜をアウファード

「君もな」


 部屋を出て、反対側の通路に向かう。

 向かいからは、三人の人間の男がこちらに向かってきている。

 どうにも彼らからの視線には敵意のようなものが感じられる。

 面倒ごとは嫌なんだけどな。


「……オイ、薄汚い獣人がどのツラ下げて俺らの前歩いてんだ?」

「……」

「ハッ、ワタシは人間サマの高等言語は喋れません、ってか」


 アホ二人がげらげらと笑い転げる。

 リーダー格の男――いや、クズ男とでも呼ぼうか。

 そいつもこちらを嘲る笑みをその馬面に浮かべている。


「何か言えよ、オイ」

「……」


 黙って通り過ぎようとする。

 意外にもアホ面二名はすんなりと私を通した。


 〔面倒くさい……〕


 実に面倒だ。

 獣人を舐めているのだろうか。


「黙って通ってんじゃねぇよこのアバズレ種族がよォ!!」


 後ろからクズ男が殴りかかってきた。

 そして私の種をけなした。

 どうにもこいつは獣人を本格的に舐めきっているらしい。


「うるさい」

「兄貴ッ!?」


 卑怯にも後ろから殴りかかってきたクズ男の右腕を掴み、柔術マーシャル・アーツの要領で投げ飛ばす。

 仰向けに倒れたクズ男に足で容赦のない正中線三連撃を食らわせる。

 クズ男は白目を剥き、昏倒する。


「こんのクソアマが……っ、死ねぇ!!」


 アホ面の右のほうが右腕で殴りかかってくる。

 本当に獣人も舐められたものだ。

 アホ面左も右に合わせて襲い掛かってくるが、難なく躱し返し技で同じく意識を刈り取る。


 〔ま、正当防衛だしいっか〕


 まだクズ男が性懲りもなく呻いていたので、頭を蹴り飛ばして今度こそ昏倒させておいた。


 *


 食事。

 それは万人が必要とする生理現象。

 栄養を摂取しなければ死ぬし、そもそも腹が減れば自ずと食事を求めるようになる。


 〔……美味しい〕


 私は只今晩御飯を楽しんでいる。

 これを邪魔するものは何人たりとも私は許さない。


「そこの獣人」

「はい?」


 思ったそばから邪魔をされるとは中々に考えものだ。

 危うく危険な心の声が漏れそうになってしまった。


「闘剣士長が明日朝来いとの事です。遅れないように」

「了解しました」


 はぁ。

 私が安寧の元食事を出来るのはいつになるのだろうか。

 そんなことよりも今はご飯だご飯。


 今私の目の前にあるのはよく分からない芋のスープとそこそこ硬い黒パン。

 正直これだけであれば考えものだ。

 だがここの人間は商品が健康を損なうことを嫌っているようで、食事に野菜や甘味が外に比べて結構使われていたりする。

 甘味と言っても砂糖や菓子といった類は高すぎるのでここにはないが、野イチゴやベリーをヨーグルトに混ぜ込んだものくらいならある。


 しかしこれが中々美味なのだ。

 程よい酸味とねとりとした舌触りのヨーグルトに、野イチゴやベリーといった猫被りな酸味の下にある甘味。

 この二つが程よくマッチし、何とも言えない美味しさを生み出している。


「ごちそうさまでした」


 え?野菜はどうしたのかって?

 あんな悪魔が作ったような物なんて食べたくないですね。

 明日は平日だけども、何かあるのだろうか。

 まぁ、ご飯も食べたし後はお風呂にでも入って寝るとしようかな。

 面倒なことは明日考えるとしよう。


今年最後の更新です。年末年始休みなんてそれこそ異世界のお話です。

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