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Act.02 闘剣士の少女

 皇帝誕生祭がもう間近に迫っているのか、毎朝開かれる扉の向こうから、よくその単語が漏れ聞こえてくる。ここでの生活は、端的に言って、平和そのものだ。退屈な以外は、何か問題があるわけではない。


 ただ、人間は本能的に、刺激を求める。現状の生活がどうあれ、なにかしらの娯楽を求めるのは、妥当な感情と言えてしまう。


 基本的に、闘剣士というものは短命で儚い。人たる理性と感情があれば、そこで足掻く者もいるだろう。プレイヤーには、なれないのに。


 しかし、ある獣人の少女は、そうではなかった。彼女とてまだ指し手ではない。しかし、一人だけ朝一番に倉庫にやってきて、誰一人として居なくなった夕暮れに、武器を返しに来る。今日だけではない。最初こそ気付かなかったが、この子は毎日そうしている。


 適切な頑張りというものは、適切に評価されるべきである、と思う。資本主義の、「あたりまえ」だ、とも思う。……それに、こういう人間というのは、往々にして、「使われやすい」人間だ。


 ……実に、無力だった。

 

 ここの闘剣士達のまとめ役はヤコブという大鬼オーガがやっているらしい。どうやら彼は、評判のいい自由闘剣士のようで、周りからの人気も高かった。

 

 もちろんここには賭博の概念も存在する。ヤコブはその賭けの筆頭らしく、直近百戦では負けなしの、大ベテランのようだった。


 だが最近奴隷闘剣士に、自分は北方の国の王だと言い張っている大男が入ったらしく、意外にもここ最近の戦いで好成績を残しているようだった。これは、過去の同時期のヤコブの成績を上回っているらしく、巷ではヤコブvs大男の戦いが、近日中に行われるだろう、という噂も流れているらしい。

 

 結局は、おとぎ話でしかないが。


 今日も、武器庫の扉が開く。武器庫の訪問者から見るに、この後闘いがあるのだろう。入ってくる男たちは例外なく鎧、と言っても、闘剣士用の腕だけの鎧なのだが――を、身に着けていた。


 この武器庫には、沢山の武器や、使い道の分からない装飾品が転がっている。よく使われるものは大体入口近くに置いてあるため、今俺が居る奥の方までやってくる物好きは、少ない。


〔……おや〕

 

 珍しい日もあるらしい。向こうからしたら、厄日といったほうが正しいのかもしれないが。


 (くだん)の、獣人の少女だった。彼女は部屋の奥まで隅々まで見て、自分の武器を探しているようだった。すでに彼女は武器の確保は済ませており、盾か、お守りでも探しているように見受けられた。だが、自分の求めたものは見つけられなかったのか、足が出口に向いた。


 一度でいいから、直接喋って見たかった。ああいう人間は、どこにでもいるものではないから。


 ふと少女が足を止めた。彼女は、何かに引かれるようにして、こちらに来た。そして、部屋の奥に辿り着く。俺の派手な姿が目についたのか、わぁ、と感嘆符をあげた。


〔っ!?〕


 得体の知れない力。覚えがある。浮遊城のときのそれと、ほとんど変わらなかった。今なら、「何か」はできるかもしれない。チャンスをみすみす逃すのは、正直言って嫌だ。


〔……頼む。俺を、連れて行っちゃくれないか〕

「……え?」

〔君が今持ってるその腕輪が喋ってる〕

「……は?」

〔朽ちて死ぬのは御免だ。それに、頑張ってる人間が報われないのは、おかしい〕


 扉の向こうから彼女を急かす声が響いてくる。目に見えて彼女が戸惑い、焦っているのがよくわかる。


「──誰だか知りませんけど、死んだら元も子もないですからね!」


 どうやらこの子は礼儀が正しいようだ。俺を右手にはめ、扉の外に駆け出していく。報われなければ、割に合わないじゃないか。


 少女は走り、鉄格子の前に辿り着く。鉄格子の周りには、二十人ほどの闘剣士が闘いに向けて待っていた。その多くは身体が震えていたり、足がすくんでいたりしている。だがこの少女はその限りではなく、しっかりと前を見据えて立っていた。


 ギギギギ……


 鉄格子が開き、烏合の衆が闘技場へと駆り出される。闘技場の反対には、五つ鉄の檻が設置されていた。


 その中では何かが暴れているようだった。今日の闘いの登場人物が全員出揃ったことで、観客の歓声がどっと上がる。


「さァ今日の闘技場コロシアム第一戦は!!獰猛、残忍、ヒトも喰う!!大陸北部産、キシロケトス五頭ォォォッ!!相対するはッ!!奴隷剣闘士アーブール二十五名!!この闘いで最後まで立っていられのはどちらだァッ!!??」


 無駄に耳にまとわりついて離れない男声の実況。


「始めッ!!」


 ガコン、と恐竜の入った檻が勢いよく開き、固まって動けない奴隷闘剣士たちの中に突っ込んでくる。


「ひぃいぃいいいっ!!」

「く、来るな!!来るなぁあっ――」

「きゃあぁあぁぁっ!!」


 阿鼻叫喚の極みであった。

 最初に狙われた男は、恐竜に胴体を噛み砕かれ、くるくると宙を舞っていた。

 突っ込んできた五頭はまともに戦えない闘剣士たちを一蹴し、血祭りにあげる。

 このままだと持って五分といったところだろうか。


 少女はそんなところからいち早く逃げ出し、攻撃のチャンスを窺っているようだった。

 他にもちらほら集団から抜け出し、戦闘態勢を整えている奴らが見受けられる。

 烏合の衆と言っても多少なりともできる奴らは入っていたようだ。


「ウラァアアァアァアア!!」


 集団から抜け出した奴らの中では一番大きいであろう男。

 その巨体に見合った両手戦斧を抱え、恐竜の一匹に咆哮と共に吶喊とっかんする。


「ウォオォオオオッ!!」


 わお。

 意外にも能筋スタイルでも行けるのかこの世界。

 巨漢は恐竜の一匹を一人で足止めしている。

 が、完全に腰の抜けた闘剣士たちは、立ち上がることすらままならず、酷い者は地面に水たまりを作ってしまっている。


 慣性の力が急に働いた。少女が行動を開始したようだった。

 他に抜け出していた者たちも、それぞれの恐竜に当たっている。

 残ったのは素人と思しき闘剣士十数人程と、いち早く少女含め集団から抜け出した五人か。


「しっ!」


 少女が恐竜に片手半剣ハーフ・アンド・アハーフ・ソードで突きを繰り出す。

 中々いい筋だと思う。

 だが当の恐竜の鱗で弾かれてしまっていた。

 左利きらしく、腕が左に逸れ胴体ががら空きになる。


「ギュロッ!」


 恐竜が胴体を狙って噛みつこうとするが、念動で少女の無い胸に見えない障壁を作る。

 しかし性能が落ちているようで、身体が数メートルほど飛ばされてしまった。


〔すまん、援護したつもりだったけど、足りなかった〕

「いえ、ありがとうございます」


 観客はあちこちで繰り広げられる血みどろの戦いに熱狂し、その歓声は地震が起きているのではないかと錯覚してしまうほどだった。

 ようやく現状を飲み込んだのか、その場にうずくまっていた闘剣士たちが徐々に立ち上がってきていた。

 が、素人の行動はいつだって単純明快である。


「あ、……あ、あっあぁああっ!」


 無謀にも、最初に立ち上がった男が別の恐竜に突っ込んでいったのだった。


〔な……〕


 どうにも彼らの脳は恐怖を通り越してしまったようだった。

 次々に闘剣士たちが恐竜に突っ込んでいく。

 結果は火を見るよりも明らかだった。

 戦闘を支援することはおろか、各々の武器を振るっていた五人の邪魔になっていた。

 辺りは一面血の海と化し、そのしかばねが死にまいと必死に戦っている闘剣士たちの足を引っ張ってしまっている。


「残るは五人!!闘剣士たちは、この危機的状況を、打開できるのだろうかッ!!??」


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