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Act.13 新防具

「いらっしゃい。見ない顔だね。今日はどういった趣で?」


 乱立する棚の奥から、ハープの低い音の弦をつま弾いたかのような優しい声がした。

 声を辿り、視線が行きついて認識したのは古ぼけたカウンターの奥にやんわりと座る一人の男。

 また低い音が奏でられる。


「……ふむ。君、闘剣士?」

「え、あ、はい」

「そう。それならいいものがあるよ」


 唐突な質問に、ヒナカがたどたどしく答える。

 その反応に満足したのか、男はにっこりと目の端に淡いしわを寄せる。

 男がカウンターの向こう側から取り出したのは、数本の四角柱の硝子瓶。

 中には見たことのない色とりどりの植物が粘性のある透明の液体と共に詰め込まれている。


「クマゴウカとトウシングサの葉と花を調合した水薬ポーションだよ。近々、大きい戦いがあるんだろう?」

「そうですね。けど、なんで私に?」


 ヒナカが首を傾げる。

 俺もこの男の真意を測りかねていた。

 これの前に、軽食を買おうとした時に店主に苦い顔をされたのだ。

 やはり獣人というのがまずいらしい。

 それを踏まえた上だと、商人としては普通の行為なのだがどこか腑に落ちない。


「君が僕のものを買うに足るヒトだと思ったからだよ。僕は、そうじゃないヒトには絶対に僕の商品を売らない。たとえそれが王侯だったとしてもね。で、どうする?買う?買わない?」

「他に、何かありますか?籠手とか、欲しいです」


 一旦話の流れを切り崩し、自らのペースに持って行こうとヒナカが話題を強引に変える。

 男は一瞬口をすぼめるが、すぐに切り替えて自分が求められている商品について思案を始める。


 男は、「ちょっと待ってて、探してくる。後ろのものは自由に見てもらって構わないから」と言い残し、カウンターの左手に取り付けられているドアを潜り姿を消した。

 ヒナカはくるりと後ろを向き、三列ある内、一番左の棚に向かう。


『なんか、濃かったな』

 〔あの人、何者なんでしょうね。ここにあるもの全部遺物です〕

『遺跡の中でしか取れないって言うやつか?』

 〔ええ。それも三級からしかないです。一般への流通は、今はすごく難しいはずなのに……。これもそうですね〕


 ヒナカが手に取ったのは、形からは何のために使うのかさっぱりな形状をした金属の物体。

 楕円型の土台から、三本の先の広がった円錐が飛び出ていた。


『鑑定』


 名称:不明

 …


 ダメか。

 予想はしていたが、実際に結果が出てしまうと少し傷つく。

 けれども、これはあくまで貰い物なのだ。

 それを自分の実力と勘違いしてしまうのは傲慢極まりない。

 精進せねば。


「……これ、いいなぁ」


 ぽつり、と発せられたヒナカの声が部屋に波紋を作りだす。

 ヒナカの左手に収まっていたのは、ちょうど手に収まるほどのマグカップ。


「中々お目が高いね。それ、三級の中では弱いほうだけど、機能性と利便性は抜群だよ。今なら半額にしてあげる。もちろん、防具と一緒にだけどね」

「いくらですか?」

「そうだなぁ。……金貨三枚、ってところでどうだい?」


 ヒナカがさっと腰のポーチに手を伸ばし、じゃらじゃらと音の鳴る袋を取り出す。


「――金貨三枚、買います。あと」


 ポーチから金貨を取り出した後、続けてもう一枚金貨を取り出し、カウンタ―の上にそっと乗せる。


心意気(チップ)です。また、よろしくお願いします」

「これはこれは。ありがたく受け取っておくよ」


 ヒナカは籠手(こて)と言っていたのだが、この男、ヒナカが(ろく)な装備をしていないのを見てか籠手以外にもいろいろと持ってきていた。

 それ含めてこの値段だったので、ヒナカは飛びついたのだろうか。

 男は急にヒナカの長袖に覆われた右手を凝視し始める。


「それ、どこで拾ったんだい?」

「……?どれのことですか?」

「君の右腕の、それ」


 顎で俺が装着されている場所を指す。


「闘剣場の倉庫で。そこにあるぐらいですから、あなたが興味を示すほどではないと思います」

「うーん……そうか。僕の見間違いだったのかな……。そうだ、君が買った防具、着ていかないかい?奥に更衣室があるんだ。使っていってくれ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 ほう。生着替えと。これは滾りm(殴

 やめよう。

 若くても大人なんだ。

 みっともない事はしないでおこう……


 当のヒナカは俺の事など歯牙にも掛けず、部屋の右手にある更衣室に向かって行く。

 ドアを閉めようとした時、ピリピリとした感覚が背筋に走る。

 他人が魔術を行使する時特有の感覚。


「戻れ」


 男が言葉を発した数拍後、地面に転がっていた商品達が、見えない糸に引かれて元々置かれていた場所に戻っていった。

 ドアの隙間から覗いていたので、今更だがファンタジーの世界に来たんだなという場違いな感想が脳に浮かぶ。

 ドアは今度こそ閉まった。


 再び開いたドアから出てきたのは、少し古びているが比較的軽そうな胸鎧に身を包んだヒナカだった。

 ヒナカが着替えている最中に「胸、無いのな」と思ったことをそのまま口に出したのがまずかったのか、ヒナカは少々不機嫌だ。その証拠に、尻尾の先端がぴくついている。


『なかなかいいんじゃないか?』

 〔ありがとうござます〕

『その……すまん』

 〔……〕


 だめだな。

 触れぬ神にはなんとやらか。


「着心地はどうだい?」

「けっこう、いいです」

「動いてみてよ」


 くるくるとその場で回ったり、剣を振る動作をして、その機能性を確かめる。

 ヒナカ的には上々だったらしく、うんうんと首を上下に動かしている。


「水薬はどうだい?」

「遠慮しておきます」

「ちぇ」


 口をすぼめる。

 部屋にちりんちりんと鈴の音がおもむろに鳴った。


「む。新しいお客さんだね。うちの人たちは、良い人たちなんだけど色々面倒を抱えている人が多いからすぐに出ていったほうがいいかもね。それじゃ、また」


 さいですか。ならここに長居する必要も薄いか。

 ぺこりと一礼し、そそくさとドアの一つ左の通路からドアに向かう。

 がちゃりと入り口のドアが開く。

 幸いまだドアには辿り着いていなかったので、開きざまにドアにぶつかることはなかった。


 俺たちが見たのは、三メートルはあろうかという棚と肩を並べる巨人のそれだった。

 身体が硬直して、棒になったような気分だった。

 ヒナカも似たような状態で、猫らしく狭めの額から冷や汗をどばどばと流していた。


「いらっしゃい。今日はどういった趣で?」

「そうだな、いつものが――」


 巨人は男の声に答え、部屋の奥に進んで行った。

 これ幸いと全力かつ極めて静かにドアを左手で引き、最初に籠に置いていった武器もひったくるようにして回収して外に逃げ出した。

 少し走り別の路地に行きつき、一息つく。


「……なんなんでしょう、あれ」

『さぁな……とりあえず、テルルさんのとこ行こうか』

「ですね……」


 不思議な道具商との出会いと、それが売るものを求めてやってくるそれ以上の不思議。

 浮遊感に包まれたまま、テルルの家に進路を取り路地裏を後にする。

 昼下がりの優しい日差しが路地裏を照らしていた。


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