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Act.12 道具商人

 翌日。


 俺たちは、テルルに面会を求めてヤコブの許可の元、町の外れにあるというテルルの家に向かっていた。

 昨日の夜、ヤコブから聞いたことは主に二つ。

 皇帝誕生祭の最終日にある大きな戦いに向けて、水面下での貴族や権力者の動きが活発化してきたこと。

 ヒナカと最初に戦った時の相手の恐竜に施されていた薬物が、一般には流通していない種類のものだと鑑定で発覚し、この時点で一定以上の地位についている人物たちの関与がほぼ確実になった。

 だが事件について捜査している人たちによると、これ以上の追及は難しいという判断に至ったらしい。

 ひとえに権力者と言っても、かなりの数、種類のヒト達がここには出入りしているそうだ。


 二つ目は、ヒナカのこれからの処遇について。

 昨日までは『奴隷』という階級に身を置いていたヒナカだったが、今日付で『使用人』という扱いになったそうだ。


 奴隷の身分のままヒナカを外、つまりはコロシアム以外の場所に出すとなると、一々ヤコブに申し立てしなければならないことが激増してしまうかららしい。

 そんなわけで実質的な自由外出権を得た俺たちは、気の向くままに街を散策していた。


 一度テルルの屋敷があると伝えられた場所に赴いたのだが、門番に嫌な顔をされながらテルルが今はおらず、夜には帰ってくる旨を聞いた。

 今日は戦いのない平日ということだったので、血と鉄の匂いから離れるべく街をぶらぶらとしているわけだった。


『そういや、ここってどういう所なんだ?王都?的な感じ?』

 〔王都、ですか。あながち間違いではないですけど、そういう呼び方はしませんね。兄者の言い方で言うのであれば、『遺都』がそれかなと〕

『いと?』

 〔世界各地に点在する『遺跡』の周りに形成されたヒトの住まう場所。実質的な自治国家ですね〕

『その遺跡、ってのは?』

 〔簡単に言うのならば、遺跡の中だけで発見される人工物『虚遺物』の眠る超古代の建物、ですかね。実際は、まだ分かってないことが多すぎて〕


 ヒナカはどこか楽し気に白い息を吐きながら、人の行き交う大通りから一本外れた道に入る。

 頭に揺れる栗毛の猫耳が、ピンと前を向く。

 やはりというか、猫って狭いところが好きなんだな。

 とてとてとノスタルジックな階段を上がり、一息つく。

 ヒナカが腰に手を当て、昨日貰った片手半剣をぽんぽん、と指し示す。


 〔昨日ヤコブさんからもらったこれも、虚遺物なんですよ〕

『武器も見つかるのか?』

 〔いいえ。あくまで『人工物』ですから。使い道が全く分からないもの、それだけで外交の手札になるもの。色々です〕

『へぇ』


 付け加えると、ヒナカが目指している白鐘は、その遺跡で一定以上成果を上げたらなれるそうだ。


 〔まあ、今はその遊探家になれるかどうかすら怪しいんですけどね〕

『そうなのか?てっきり誰でもなれると思ってたんだが』

 〔本来はそのはずなんです。けど、ここは特に差別が酷くて一筋縄では行かなくて。『一定以上の実力が認められないので、申請を却下する』って申請に行ってくれたヤコブさんが言われたらしいです〕

『ただの嫌がらせじゃないのか?』

 〔それで済めばいいんですけどね。実の所、遊探家になると貰える『鐘』がないと、この街からは出られないし他の遺都にも入れないです〕


 なるほどな。身分証明書代わりになってるのか。

 つまりそれは言い換えれば、遊探家が世界規模で展開している競争率の高い職だということが推測される。


 〔隣国――エスラット共和国では、この『鐘』の使用を止めようとしたらもの凄い反発が起きたらしいです。それで幹部の一人が居なくなったそうで〕

『勉強してるな』

 〔いえいえ〕


 ヒナカが、また気になる裏道を見つけたようだ。ここの道は非常に入り組んでいて、正直帰れそうもない。

 まあ、最悪屋根を伝っていけば何とかなるかな。

 ようやく謎が一つ解けた気分だった。

 前々から闘剣場の窓から見えていた巨大な壁は遺跡とやらを囲うものだったのか。

 すっきり。


 まだ日は登り切っておらず、まだあと数時間は頂点に辿り着くまではかかりそうだった。

 最早迷路かと疑ってしまう路地裏をのらりくらりと歩き回る。

 建て増しに建て増したあばら屋を繋ぐ頼りない木橋を渡り、路地裏にひっそりと佇む通な居酒屋らしき建物を通り過ぎ。

 マイペースな性格でよかったと今ほど思ったことはないだろう。

 そんな空虚だが満たされた時間を味わう。


 そんな悠々自適な旅に区切りをつけたのは、一つの店だった。

 文字が掠れて読めない木の看板に、錆びたドアノブと十字にはめ込まれた窓枠。

 窓枠の奥から光が漏れてきていたので、一応何らかの店だということは辛うじて理解できた。

 ヒナカの反応は割と好意的で、少し興味を惹かれているようだった。


『怪しそうだけど、入ってみるか?』

 〔とりあえず、武器だけ構えておきましょうか〕


 腰に横にして取り付けてある細めの万能ナイフを左手に、警戒を減にして冷えたドアノブを右に捻り、ドアを押す。

 相当年季が入っているのか、ドアは耳障りな悲鳴を上げながら内側に開いていく。

 ドアの奥に広がっていたのは、一畳ほどのスペース。

 奥にあるドアには、張り紙がされていた。


『注意:一切の武器、武具の持ち込みを禁ず。持ち物は全て籠の中に入れろ。さすれば扉は開かん』


 赤と黒の塗料で、そう書かれていた。

 怪しさのパラメーターがこのおかげでかなり上がった。

 だが、武器や武具をこの古びた籠に入れないと、奥には進めないらしい。


『どうする?罠かもしれないぞ』

 〔うーん……〕


 ヒナカの顔は好奇心と警戒心の狭間で揺れ動いている。

 それは尻尾にも表れており、先端がゆっくりと左右に揺れている。


 〔兄者は?〕


 暗に意見を聞いてくる。

 が、俺の腹はもう決まっている。


『罠だろうな。丸腰にして抵抗できなくするのが狙いのな。けど、俺はヒナカの判断に全力で従う』

 〔そう、ですか〕


 ヒナカはまた尻尾の先端をゆっくり揺らす。

 意を決したのか、警戒状態を解き、身に着けている武器や武具を取り外し、籠に放り込んでいく。


 〔兄者は、装飾品だから大丈夫、かな?〕

『そうだと願うよ』


 ありがたいことに、扉の鍵が開くカチャリ、という音が微かに聞こえた。


 〔開きましたね。ちょっとびっくりしました〕

『あれで――あ、そうか』


 猫は人間の三倍ほどの聴力を持っていると聞いたことがある。

 ついでに高くて小さい音を好むとも聞いたことがある。

 俺の元の声と相性最悪だなぁ……


 開いたドアを更に押す。

 ドアの奥は薄暗い、木材に囲まれた高校の教室ほどの、広めの部屋だった。

 天井まである大きな棚に入り切らず、床に散乱している魔力を秘めた道具たちが元の広さを感じづらくさせてしまっていた。

 興味の向くままに、獣道のように自然と出来た道を辿り、部屋の最奥に辿り着く。


「いらっしゃい。見かけない顔だね。今日はどういった趣で?」


 カウンターの奥から聞こえた、二十半ばほどの若いが落ち着いた男の声。

 目じりは少し垂れており、どこか優し気な雰囲気を醸し出していた。

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