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Act.11 波乱

 悪い夢でも見ているようだった。

 というかいっそ、悪い夢であればよかった。

 十分前の記憶がフラッシュバックする。


 俺たちが戦っていた時よりも遥かに多い観衆の目、遥かに大きい歓声、最早怒号と言っても差し支えないほど。

 ヤコブは最初から様子がおかしかった。

 足取りは少しふらついていたし、顔色もあまり優れてはいなかった。

 だが筆頭自由闘剣士の意地が、誇りが、それを強引に覆い隠してしまっていた。


 実況の男が開始を宣言する。

 相手は奴隷剣闘士の中でも噂になっていた自称王。

 体格は二メートルはあろうかというヤコブに引けを取らない巨漢で、ヤコブと比べると少し細身だった。


 戦いは互角。のように見えたワンサイドゲーム。

 実際ヤコブが剣の技術や体捌きなどは勝っていたが、明らかにそのステップは重かった。

 対する自称王は軽快そのもの。明らかにヤコブ本人を狙った何らかの細工が施されていた。


 戦いはジリ貧そのもので、時間が経つにつれヤコブの身体に生傷が。

 実況の声が会場をつんざく。

 ヤコブは濃く、くっきりとした影を闘剣場の土に躍らせていた。


『行くぞ、ヒナカ』

「……はいっ」


 闘剣場の通路には松明が立てかけられている。

 めらめらと揺れる炎を一瞬たなびかせ、医務室へ急いだ。


 これが十分前までの記憶。


「ヤコブさん!」


 時は戻って今現在。扇状に成形された石のアーチに手をかけ、ヒナカが中をのぞいた。

 返ってきたのは五名ほどの視線。

 その中には、前に共闘した男とその女主人もおり、真剣な眼差しでヤコブを見つめていた。

 ヤコブは肩の致命傷らしきところから血を流し続けており、顔は青白く、貧血そのものだった。

 三人の白い服を着た男か女か分からないような人たちが、両腕を前に差し出して必死の形相で魔術を使っていた。


「大丈夫、なんですか?」

「恐らくな。こいつの身体は全くどうかしてるよ」


 ヒナカの問いに答えたのは、褐色の肌を持ち、腰まで伸ばした黒髪を無造作に纏めた若い女性だった。

 丸メガネの奥に光る、どこか朧げに澄んだ水色の瞳でヒナカを見つめる。


「君がコイツの奴隷かい?」

「えっ――あ、はい。ヒナカと申します。よろしくお願い致します」

「テルルだ。テルル・エディントン。君が前共闘していた奴隷の主人だ。よろしく」


 そう言って、テルルのほうから握手を求めてくる。

 だがヒナカは少し戸惑っているようだった。


「奴隷だということを気にしているのか?」

「……はい」

「ヒナカ、一ついいことを教えてやろう。――美しさとは何だ?」

「えっ……?き、機能美、だったり、顔立ちが整っていることだったり?」

「確かに。だがそれは外面的、即物的な美に過ぎない。私の眼を見ろ」

「きれい、ですね。それこそ、美しい」


 確かにテルルの眼は澄み切った水色で、どこまでも吸い込まれて行きそうだった。


「その通り。美しさとは『眼』だ。『眼差し』と捉えてもらっても構わない」


 その眼には、光が灯されていた。

 一拍置き、テルル。


「眼差しは、その者の美しさを如実に反映する。身分、立場、名誉、姿形。そして自信さえも美の本質ではない」


 顔を徐々に徐々に近づけ、その眼を、眼差しをヒナカに見せつける。


なぶられようが、理不尽に苛まれようが、立ち上がることさえ否定されようが。睨み、足掻き、憧れ続ける。その眼差しこそが、美しさの本質なんだ」


 続ける。


「光は、暗闇の中にしか現れない。闇を知っている者でないと光を見つけることは不可能だ。君には、その光が見えている。それだけで、十分だ」

「ご高説中悪いが、誰か水を持ってきてくれないか?喉が砂漠みたいに乾いてやがる」

「間の悪いやつだな。ほれ」

「ペースは崩すもんだとあんたの姉貴に言われたもんでね」


 ヤコブがそれまでぐったりとしていた体を起こし、軽口を叩きながらテルルに水の入った革袋を渡される。


「うえ不っ味……」

「人にもらっておいてその台詞か?」

「へいへい」


 ヤコブはへらへらと答え、革袋をテルルに返す。

 俺もヒナカもいまいちこの二人の関係性が掴めていない。

 姉貴って言ってたし、ヤコブの師匠の妹ってことなのか?


「はぁ……糞が。また寄付金は入れとく。ほれ、ヒナカ、戻るぞ」

「えっ、あ、はい」

「そんじゃ、また世話になるときは頼む。達者でな、おばあちゃん」

「五月蠅い、終わったのならさっさと失せんか」


 ヤコブはテルルをからかいながら、左手を振って俺たちの入ってきた石のアーチをくぐる。


「傷、大丈夫なんですか?」

「まあな。テルルお抱えの治療団が治してくれたんだ。ヘマをするような連中でもあるまい」

「心配したんですよ?」


 ヒナカが真剣な口調でそうヤコブに言いつける。

 まあ、あれだけの傷を負ってたんだ。

 そう思うのも仕方のないことだろう。

 俺なんて死んだと思ってたし。


「そいつはすまんな。まさか、連中がここまでやるとは思ってもいなかったんでな」

「やっぱり、何かあったんですか?」

「立ち話もなんだ。部屋に一回戻るぞ」


 部屋に戻ると、ヤコブは黒板の前にある大きなソファにどっかりと腰掛けた。

 ヒナカもその反対にちょこんと座り、落ち着かなさそうに尻尾を触っていた。

 ヤコブは両手をソファの肩に持たれかけ、話し始める。

 相当疲れているようで、感情的になることも何度かあった。

 ぶはぁー、と大きく一度ため息をつき、より深くソファにもたれこむ。


「……というわけだ。今日はもう疲れたろう。さっさと飯食って寝ろ」

「そうさせてもらいます」


 部屋を出て、ヒナカもまた一度ため息をつく。

 こちらも体力的にはいざ知らず、精神面のほうが参ってしまっているようだった。


「明日、もう一度テルルさんの所に行きましょうか。聞きたい話が沢山出来たので」

『同感。今日は、寝るか』

「ですね。……疲れました」


 ヒナカは一度誰もいない食堂に戻り、適当につまんでから共用寝室に戻った。

 その疲労度は驚くべき程で、ベッドに入って毛布にくるまった数秒後には寝息が聞こえてきた。

 寝顔は年相応のもので、まだ白かった。


 回らない頭で、明日のことを考える。

 明日は、テルルに会いに行かないとな。

 貴族を叩き潰すために。


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