『よく頑張ったわね』
「……」
天高くそびえるビルの中__ユキはエレベーターに乗り込み、ゆっくりと上層へ昇っていく。
「封印されていても……都市の機能はまだ生きているみたいですね。助かりました」
{最上階です}
アナウンスが鳴り、静かにドアが開いた。
「…………やっと来たか」
「はい……最後の魔王__アビさん」
最上階の部屋は、まるごとひとつのホール。
床一面に敷かれていたはずのレッドカーペットは、いまや無残に裂け、黒く煤けた破片が点々と散らばっていた。
中央に置かれた豪奢なはずの椅子もボロボロになっている。
そこに座していたのは魔眼を発動させ続けているアビだった。
嫌な汗が滲み、呼吸も荒い。
「待っていたぞ」
「単刀直入に聞きます……【始まりの審判】の儀式場はどこですか」
「この上、屋上だ……あの階段を上がれば行ける」
「そうですか」
ユキが歩み出そうとした、その瞬間__
「っ……!」
脳内に“未来”の映像が流れ込んできた。
「……」
「……アビさん」
「なんだ」
「まだ、人を抱えて歩けますか?」
「……どういうことだ」
「アナタが魔眼で止めている敵……私が相手をします」
「!?」
「……いえ。私が相手をしなければならないみたいです」
「お前、死ぬぞ」
ユキは否定しなかった。
その沈黙のまま、アオイの身体をアビの前に置き__深く頭を下げた。
「お願いします」
「…………まさに、この部屋、この場所で俺はコイツに敗北した……その怒りを、怨みを忘れたことはない」
「解っています……でも、もうアナタしか居ないんです」
「……」
「お願いします……未来を……お母さん達を……お願いします」
本当に、この選択しかなかった。
「…………どいつもこいつも、仕事を押し付けやがって……俺は魔王だぞ」
そう毒づきながらも、アビはアオイを抱き上げた。
「ありがとうございます」
「………………《プルン》だ」
「……はい?」
「報酬のない仕事は御免だ。全てが終わったら__ミクラルの《トマトゥプルン》を三十個、買ってこい」
「フフッ……分かりました。約束します」
「フン……」
短く鼻を鳴らすと、アビはアオイを抱えたまま階段を上がり__闇に消えていった。
「………………」
取り残されたユキは、静かに拳を握りしめた。
そして――
{最上階です}
起動するはずのないエレベーターが、ゆっくりと音を立てて上昇してきた。
「……」
ユキは即座に杖を構える。
扉が開いたその先に現れたのは――
『____』
「……『サキュバス』」
ピンク色のスライムの球体だった。





