『殺しちゃえ』
「はぁぁぁあ!」
『ほぁぁあ!』
お互いに利き足を踏み込み、その反動を利用して裏拳を放つ__相殺。
『まだまだじゃ!』
「此方も!」
すぐさま回転蹴りへと派生。
しかし、マクリも同じ型を使い、これも相殺される。
互いの技は無駄がない。
攻撃はまるで鏡写しのように潰し合う形となる。
『ホホホホハハハハ!やるのぅ若いの!』
「くっ!」
力の強さがそのまま優位になるわけではない。
むしろ強ければ強いほど、それを利用される――そういう型なのだ。
だから最後にものを言うのは、体力と気力。
その差で言えば、まだマクリには余裕があった。
「(少しでも技のキレを落とせば……殺られる!)」
『ハハハハハ!面白い!面白いぞ!まるで自分と戦っているみたいだ!』
「くっ!」
『こんな感覚、何年ぶりだ?アイツとの戦い以来だ!』
「……っ!」
『ほれ、集中せんかい!』
一瞬気を抜いてしまいギリギリの所で攻撃を受け止める。
だが、それこそが破滅への道。
『ほれほれほれ!立て直しはできんぞ!』
「しまった!」
同じ型同士の闘いでは、決定打が生まれにくい。
ギリギリで防いだということは、以降の攻防もすべてギリギリで凌ぐしかなくなるのだ。
『キャハハハ!つまらん事を考えるからじゃ!』
「くっ!」
奥義には必ず予備動作がある。
それを瞬時に察知して迎え撃つ――それだけの闘い。
一秒にも満たぬ攻防。少しでも雑念が入れば、身体は置いていかれる。
『今はこの戦いを楽しめ!』
「何を!」
『ハハハハハ!楽しいのう! 本気で闘うのは! いくぞ!』
「っ! 究極奥義!」
――まるで技のしりとり。
初級から始まり、中級、上級、超級……そしてついに究極奥義の応酬へ。
『ガハキャハハハハ!』
唾を飛ばし、獣のように笑いながら叩き込まれる一撃一撃は凄烈。
周囲の空気ごと揺さぶる暴風。
「こ、このままでは……!」
『ほれ、終わりじゃ!』
「しまっ――!」
ついには足を払われ、アイは無様に転倒した。
『詰みじゃ』
「…………」
ギリ、と奥歯を噛み締める。悔しさがにじむ。
『安心せい、お前もすぐに『こちら』に来る__して、お主』
マクリの視線は動かない。だが気配だけで、ミカが何かを仕掛けようとしたのを察していた。
『余計な事はせん方がええ』
「……」
ミカは両手を上げ、握っていた魔皮紙をぱらりと落とす。
「……私たちの、完全敗北だ」
『潔いのぅ。我が孫は女でありながら、正面から立ち向かってきたぞ? お主も“男”なら立ち向かってみぃ』
「私はこの通り、男だけど女なのでね。それに、直接戦うのは不得手なんだ」
『つまらん奴め。ならば最後に我が孫の応援でもしておれ』
興味を失ったマクリは、転がるアイに向けて腕を振り上げるが__
「__なるほど。それは良い案だ。だから、トドメは待ってくれ」
『む?』
マクリの動きが止まる。
「“応援”をしていいかい?」
『ぐ?ガハハハハハ!何を言い出すかと思えば!面白い奴だ!それで何か変わると思うのか?』
「さぁね。でも、応援をしてろと言ったのはアナタだ。約束は守ってもらうよ」
『好きにするといい、結果はどうせ変わらぬのだからな』
マクリは腕を組み、余裕を見せた。
「……」
アイは目を閉じて未だ起き上がらない。
完全に敗北を受け入れたのだ。
「さて……奇妙な状況に見えるだろうが“病は気から”という言葉がある。ならば気の持ちようで戦況も変わるはずだ」
「……」
「聞こえるかい? それとも、まだ夢の中かな」
「……」
答えは返ってこない。だが、ミカは言葉を投げる。
「“今こそ、夢から覚める時”だよ」
「____っ!」
その言葉を聞いたのは、初めてではなかった。
「フ……」
『(ほう……雰囲気が変わったな)』
「なるほど……夢か。あの時よりも、ずっと……起きやすい」
アイは、ゆっくりと立ち上がっていく。
『応援の効き目……確かめさせてもらおうか』
「……」
『フンム!』
マクリは正拳を構え、渾身の力でアイの胸を撃ち抜いた――はずだった。
『__っ!?』
拳に走る違和感。
その拳には、鋭く光る“クリスタルの欠片”が突き刺さっていた。
【鉄壁】――偶然にも、アイが発動した適正魔法はかつて愛したキングと同じものだが__彼女の肉体は【クリスタルの身体】になっていた。
「……アオイ。私は確かに……まだ夢の中に居たようだ」
『ホホホホ! ハハハハハ! 面白い!』
マクリは獣のような笑い声を上げ、怒涛の攻撃を畳みかける。
だが、いくら殴りつけても、アイは微動だにしない。
「……すぅ……はぁ……」
『そのような強固な身体を得て……やることが深呼吸か?』
「アナタはやはり、若い」
凄烈な連撃を浴びながらも、アイは静かに目を閉じ、もう一度深く息を吸い込む。
『何を――!』
その瞬間、アイの身体は一瞬で沈み込み、低く鋭い構えへ。
「【絶】」
全身がクリスタルに輝く身体へと変貌し、放たれた渾身の一撃がマクリの鳩尾を貫いた。
『が――っ……!』
鈍い音が響き、巨体が折れ曲がる。
「【深呼吸】……全ての基礎であり必殺の一撃を作り上げる初まりにして最強の奥義」
アイは静かに、師へ語りかけるように告げる。
「アナタが龍牙道場を開いた当時、嫌というほど私達に言っていたでしょう……“呼吸を忘れるな”と」
『…………』
マクリは何も言わず、そのまま前のめりに倒れた。





