『鬼神』
『それで、誰から来る? 儂としてはいっぺんに来て構わんぞ、小童ども』
「待ってください」
マクリの前に出たのはタソガレだった。
「マクリさん……でしたかね? なぜ私達と戦うのです? 見たところ、あなたは洗脳されているようには見えませんが」
『洗脳? あぁ……なるほど、それでか』
「……それでか、とは?」
『どうにも記憶が朧げでな。儂はなぜここに居るのかも曖昧じゃ。ただ――どうしようもなく苛立っておる』
「それなら、まず頭を整理して……」
『いや、そういうのは要らん』
マクリは低く唸るように遮った。
「……?」
『儂には“本能的に解ること”があるのだ』
「ですから、まずは状況を――っ!?」
刹那、タソガレは肌を突き破るような殺気を感じ、咄嗟に腕をクロスして防御姿勢を取った。
だが――何も来ない。
「(今のは……攻撃!? いや、何も……!)」
『言ったはずだ。“要らん”と』
――龍牙道場、中級奥義【幻影】
わずかな動きだけで相手に「必殺の一撃が来る」と錯覚させる威嚇の技。
鍛錬された者ほど鮮明に“幻”を見てしまう。
『儂が本能で感じることはひとつ……“儂こそ正義で、貴様らが悪だ”』
「……何を言っているのか、理解できませんね」
『フッ……悪に染まった貴様らに、到底理解できるものではないだろう』
マクリの声が低く響いた次の瞬間__
『……もう、時間切れだ』
ドンッ!
離れた位置にいたタソガレの胸を貫いたかのように衝撃が発生し、吹き飛ばされた。
「!?!?!???」
何が起こったか理解できず空中で身を翻し地面に着地したが__
『寝ていろ、小童』
いつの間にか回り込んでいたマクリから軽く手刀を打ち込まれタソガレの意識は途切れ、地に崩れ落ちた。
『さて……次はどいつだ?』
「殺さないとは……優しいおじいちゃんじゃ無いか」
ナオミが2本の大剣を構え、ゆっくりと前に出る。
タソガレを助けに行かなかったのは――マクリが“殺すために攻撃したわけではない”と見抜いたからだ。
『こうするのが一番いいんじゃ』
「……へぇ? なぜだい」
もしかすれば付け入る隙があるかもしれない。
そう思った矢先、マクリの口から告げられたのは予想をはるかに超える最悪の答えだった。
『__人間の肉を、新鮮なまま食うにはこれが一番良い』
「どうやら、アンタは本当に生きてちゃ行けない奴みたいだね!!!」
【ナオミスペシャル】発動。
筋肉が爆発的に膨張し、彼女の体躯はさらに巨大化する。
『ほう……女のくせに、儂を見下ろすか』
「ガァァァァァアリャァァア!」
2本の大剣が風を裂き、大地を震わせながらマクリへと振り下ろされる。
――だが。
『力はある……悪くない』
「なっ!?」
マクリは片手ずつでその大剣を受け止めた。
『こんな料理包丁で何をしようとしてたんだ』
そのまま指の力だけでマクリは代表騎士の大剣を折った。
「ガァァァァァア!!」
『ホッホッホ……次は相撲か? よろしい』
武器を捨て、肉体そのもので挑むナオミ。
2人は組み合い、巨獣同士のような押し合いになる。
『ほれ、押してみい』
「ぐ、ぐ……おおおおおおおお!!!」
ナオミは渾身の力で押し込み、なんとかマクリの巨体を1メートル動かした。
だが――そこから先、びくともしない。
「く……ぐぅ!」
『うむ、惜しいのう。……もう少し若ければ、儂の嫁に迎えておったわ』
「っ!?」
言葉と同時に、マクリの拳が腹にめり込んだ。
バゴッ、と肉と骨が砕けるような音。
「う、ぐ……げはっ!」
『ほれ。内臓が少し潰れた程度でフラつくな。……そんな隙だらけでは死ぬぞ』
もう一発。
さらに重く、深い衝撃が身体をえぐる。
「ぐ……っ!」
それでも、ナオミは倒れない。
『……なるほど。お主の真の戦い方は“耐えること”か。耐え、相手の隙を伺う……嫌いじゃ無い』
「……ぐふっ……!」
3発目。
4発目。
「ぐぁっ!!」
ナオミの頭から“攻撃”の二文字は消え、残ったのは“意識を繋ぎとめる”ただ一点だけ。
『さぁ……何発まで耐えられる? 魔王ですら五発が限界だったぞ?』
――5発目が振り下ろされようとしていた。
『……これで終わりじゃ』
マクリの拳が唸りをあげ、ナオミに迫る――
「【目撃護】!」
だが次の瞬間、マクリの拳はナオミの目前で止まっていた。
地鳴りのような波動だけが部屋に響き渡る。
『……ほう。もう起きたか』
「……はぁ……はぁ……っ」
先ほど気絶していたはずのグリード代表騎士・タソガレ__彼女の手には【黄金の盾】が燦然と輝いていた。





