『あ、居たんだ』
『
《ミクラル城 最下層》
『さぁ、選びなさい?』
にやりと口角を吊り上げ、紅い瞳が怪しく輝く。
『――結界を解いて、魔物に民を食い殺されるか。
それとも__仲間割れで自滅するか♡』
「ワシは__」
『キャハハっ!なーんてね?』
「!?」
『答え合わせ〜♡正解は“どちらも選ばれる”よ♪』
「き、貴様どういうことだ!」
『キャハハハっ!もう手遅れなの!上では混沌が始まってるわよ♡』
「っ!」
『仲間割れで上は全滅かくて〜い♪後はアナタを殺して結界を解けば人類は終わってしゅ〜〜りょ〜〜キャハハハっ!♡』
「貴様ぁ!」
アレン国王は怒りに任せて行動しようとするが、咄嗟のところで平常心を取り戻した。
『さっすが王様ね〜……いや、それとも【神】から聞いてたのかしら? “怒り”の感情に身を任せて行動すると、どうなるか』
「……グラン!」
「はい」
「こいつに何を言われても、決して感情を揺るがすな」
愛染の女王を乗っ取っているピリオドは余裕そうにその言葉を聞き__
『そうよーグランちゃん、覚悟はできてる?』
アレン国王ではなく、グランの方に問いかけた。
「……」
『じゃぁ言うよ〜?』
「何を……」
『あなたの子供、私がついさっき殺しました♪』
「っ!?」
「グラン!」
「えぇ、解ってるわ……」
『うそ、すっごーい! 自分の愛する子供を殺されてるのに良く耐えられるわね? それともあれかしら? “どうせセ◯クスしたらすぐに次が出来る”とか考えてるタイプ? だとしたらアナタこそ女神の才能あるかもね〜?』
「見えすいた挑発ね。アナタ言いましたよね? “獣人を操れる”と……子供達が居るのは特別な部屋、獣人は愚か一般人ですら入れな…………!」
だが、そこまで言ってグランは重要なことに気付いた。
『あ、気付いちゃった? へぇ、なるほどねぇ、確かに特別な場所だわね』
場所の特定。
人は無意識に、近くに対象があればそれを目で見たり、足のつま先を合わせたり、身体が反応してしまう。
『慢心』……相手が強大であれば強大であるほど、自分より強い相手を騙せていると思い込み、ボロを出してしまう。
『何も、感情っていうのは怒りだけじゃないのよ』
普段なら絶対にあり得ない失言。
だが、女神が近くにいることで引き出された感情の一つだった。
「女神様ともあろうお方が知らないとは思わなかったわ」
『キャハハハッ♪ 面白いことを言うわね? その“特別な部屋”を、神の力を使って私から見えなくしたアナタの旦那の努力を無駄にしたのは他でも無いアナタよ?あーあ〜アレン国王可哀想〜こーんな無能な妻を持ってかわいそ〜♡』
「ぐ……」
「良い、グラン。気にするな」
『それにしても〜?国王様こそ、何を考えてるのかしら?そんなに余裕があるのは賞賛があるってことよね〜?この私に?あり得ないけど聞いてあげるね⭐︎』
「私には優秀な部下がいるから信じているだけだ」
『………………あぁ、なるほ__』
その瞬間だった。
轟音とともに、突如現れた巨体が女神にタックルを浴びせ、その身体を吹き飛ばした。
「――でかしたぞ、ナオミ殿!」
「遅くなってすまないね」
ピリオドを弾き飛ばしたのは、この国を代表する騎士――ナオミ。
『キャハッ♪ 存在が薄すぎて忘れちゃって__』
「__【光の槍】」
ピリオドが起き上がろうとした瞬間、もう一人の女が現れ、詠唱を終える。
四方から光の槍が飛び、ピリオドの四肢を地に縫い止めた。
『あー……こんな所に居たんだ……タソガレちゃん』
「あなたは絶対に許さない」
その女性はキールの後を継いでグリードの代表騎士になったタソガレだった。
「すまないね、アレン国王。まさか外から戻ってきたら、こんな事態になっているとは思わなかった」
「良い、来ると信じていたぞ」
「悪い予感がして来て正解だったよ。少し話を聞かせてもらったが、大体の状況は理解した」
『キャハハハハ!盲点だったわ〜……確かに勇者達の超人パーティーを除けば、この世で一番強いのはアナタ達だものね』
四肢を貫かれ血を流しながらも、ピリオドは笑っていた。
「お褒めにあずかり光栄だね。ここでアンタを拘束できれば、王様達にはもう手出しできないだろう?」
「上の避難民達も、我がグリードとミクラルの騎士達が鎮圧を開始している」
『キャハッ♪ 二人とも格好つけて言ってるけど……もう手遅れなんじゃないの?』
「……」
ナオミもタソガレも黙り込む。
代わりに、アレン国王が静かに口を開いた。
「………………ナオミ……避難民は……どうなった」
ナオミは大剣の柄を強く握りしめ、押し殺すように呟いた。
「…………避難民の二割は死亡…………」
短い報告。
だがナオミの表情と声色から、それがどれほど悲惨な光景だったかは容易に想像できた。
「…………そうか」
『ふ〜ん、流石は猛者達ね。2割死亡ってここにいる全人類の2割が絶滅したんだよ?なのに感情の揺らぎが全然ないないて……つまんな〜い』
ピリオドは心底物足りなそうに肩の力を抜き、天井を仰いだ。
『代表騎士二人に国王夫婦……とりあえず、人間で重要人物はここに揃ったかな〜』
「……何か、また企んでるような言いぶりだね。まるで、あたし達がここに集合するよう仕組んだみたいにさ」
『あれ?言わなかったっけ? 正直、あんた達みたいな小物じゃなくて、把握してない戦力が来ると思ったんだけど……まぁ、これ以上は来ないみたいだからいいかな〜って♪』
「何を企んでいる、ピリオド!」
『キャハハハハハっ』
アレン国王が声を荒げると、ピリオドは喉の奥から笑いを漏らした。
そして__
「え? わ、私は……一体……」
笑いが終わると愛染の女王が意識を取り戻した。
「__っ!?」
自分の身体を取り戻した彼女はすぐに異変に気付く。
動かない四肢。遅れて襲う、焼け付くような激痛。
「う、うそ……いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!! いやぁ! 痛い! 痛いぃ! 助けて! 誰かぁぁぁ!」
「!?」
「タソガレ! 早く解け! それと治療の魔皮紙を!」
「は、はいっ!」
タソガレは慌てて光の槍を解除し、治療の魔皮紙を彼女の四肢に巻きつける。
だが――
「ど、どうして……」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! いやだぁぁ! 助けて! アカネちゃん助けて! いたいよぉ!」
治癒魔法は確かに発動している。
それなのに血は止まらず、逆に流れ出る量は増すばかり。
「……ぁ……」
次の瞬間――心臓が皮膚を突き破って飛び出した。
「離れろ、タソガレ!」
「っ!」
血管を引きちぎりながら、心臓は生き物のように回転し、周囲に血潮を撒き散らす。
タソガレが後方へ飛んで避けた瞬間、視界に飛び込んできたのは――
「……これは……魔法陣?」
愛染の女王の亡骸を中心に、血液が奇妙な模様を描き、鮮やかな赤で魔法陣を形成していた。
「ナオミ! ピリオドは何かを仕掛けるつもりです! この部屋から国王様達の退避を!」
「…………残念ながら、タソガレ。それは出来ないね」
「あ……」
そうだ。この部屋は町の結界を制御する最後の砦。
王がここから離れた瞬間、結界は維持できず、崩壊してしまうだろう。
「ならば! 【空気の盾】!」
タソガレは国王たちの前に透明な防壁を張り巡らせる。
「すまない、タソガレ殿」
「あの魔法陣……転送魔法に似ているが、こんな模様は見たことがありません」
「転送……だと……」
「【ミリタリーシールド】!」
続けざまにグランが複数の盾を召喚し、タソガレの魔法をさらに強化する。
「グラン様!」
「夫と子供を守るのは妻の役目。私も戦う!」
そして全員の最前列に、ナオミが大剣を構え立ちはだかる。
「最後はあたしが自ら盾になるよ。爆発でも何でも来な!」
「……っ」
ビクリと、魔法陣の中心に横たわる血まみれの愛染の女王の死体が震える。
次の瞬間――
「____!」
心臓のあった胸部が裂け、そこから一本の逞しい腕が突き破った。
肉を引き裂きながら、死体を“出口の媒体”として這い出てくる影。
『ふぃ〜……苦しかったわい』
現れたのは、鍛え抜かれた筋肉に覆われた三メートルの巨躯。
無数の古傷が刻まれた、歴戦を物語る肉体。
初老の男の姿だった。
「……」
そこに居合わせた誰一人として、この人物を知らない。
だが――この男こそ、かつて世界を変えた存在の一人。
ただ一人で、人類全てを滅ぼせるほどの実力を秘めた怪物だった。
『……もう準備は整ったようじゃの』
初老の男はゆっくりと立ち上がり、構える。
『六英雄……マクリ。お前たちを殺す名前だ。覚えておけ』
――その名はマクリ。
かつて龍牙道場を率いたアオイ達の師範であった男だ。





