『____殺__』
《ミクラル城 避難所 モグリ町長達》
「今回増えたのは、この子達か?」
モグリ町長は狐獣人のドーロ、狸獣人のブロック、兎獣人のルクス、馬獣人のウマズラと共に資料を確認していた。
「はーいー……今は落ち着いてテントの中で寝てますー」
ドーロが柔らかい声で答える。
「うむ……」
現在、彼らの孤児院は規模が拡大し、ミクラル城から特別に支給された大きなテントが割り当てられていた、と言うのも__
「親が魔物に襲われて孤児になった子供たちか……」
モグリの言葉に、皆が黙り込む。
今回増えた子供たちは奴隷ではない。
結界が破られた町から逃げ延びてきた、普通の家庭の子供達だった。
ウマズラが難しい顔をして言う。
「親の愛を知らずに育った奴隷の子供ならまだしも……親に大切に育てられ、目の前で失った子供達です……心の傷を癒すには、相当な時間がかかりそうです」
それに続き、ルクスも深刻そうに呟いた。
「元々ウチらの所に居た子らも状況が理解できん子が大半やな……今は“冒険者用のテント”が珍しくて目を輝かせとるけど、何日持つか分からんで」
「ふむ……ブロックの方はどうだ?」
モグリが一人ずつの報告を整理していく。
彼も今はナルノ町の長という立場で忙しい身だが、それでも長年育ててきた孤児院のことは気にかかって仕方がなかった。
「今のところ、孤児院に敷いた転送魔皮紙で食材は補充できます。ですが……やはりそれも時間の問題かと。避難者が増えた分、持ってあと一週間ですね」
「ふむ……」
「「「…………」」」
場はまるで通夜のように静まり返る。
「いかんな、これでは……」
「はい……このままでは――」
「いや、この“雰囲気”がいかんのだ」
「……え?」
「いつか、あの子が子供たちに言っていただろう。“暗い雰囲気になると負のオーラで悪いことが起きる”と」
「……アオイですね」
「初めて会ったときから、あの子は俺たちとは違う何かを持っていた……綺麗な顔や声ではなく、もっと深い……“魂”の輝きのようなものを」
モグリが最初にアオイを見たのは、心が砕けて感情を失っていた頃だ。
だが彼女は克服し、すぐに子供たちに懐かれ、素晴らしい先生となっていった。
「でもーアオイちゃんは危なっかしいと言うか……大雑把だったわねー」
「うむ。アオイが壊した皿や遊具の数は、数えきれん」
ドーロとウマズラが苦笑混じりに語ると、ルクスが慌てて口を挟む。
「で、でもアオイちゃんのおかげで上の子らが責任感を持つようになったし、えっと……たくましくもなったやんな!」
「ルクスちゃん?アオイちゃんが好きなのは分かるけど、フォローが雑すぎるわよ?」
「なっ!?べ、別にアタイは――!」
「お前が男に興味がないのは、みんな知っている」
「ブ、ブロック!」
「じゃなきゃ俺が諦めきれんだろう?」
「うぅ……」
兎獣人のルクスは女性だが、アオイを恋愛対象として見てしまっていた。
ミクラルでは性別を魔法で変える手術も一般的であり、同性愛者は特別珍しくもない。
そんなアオイを中心としたやり取りに、重苦しかった空気も次第に和らいでいった。
「ハッハッハ、そうかそうかルクスはアオイが好きなのか。どちらが男になるんだ?」
和やかな空気。
____だが、『奴』は時も場所も選ばない。
「モ、モグリ様まで……そこはアオイちゃんとよく話し合ってから――__『お邪魔しま〜す♪』
本人の意思とは無関係に。
「……ルクス?」
『キャハッ♪』
ルクスは突如モグリの首を絞め始めた!
「ル、ルクス!?」
体型が幸いしてモグリの太い首まわりにルクスの細い手では力不足だった。
『モグリちゃん太りすぎよ〜?全然手が回らないじゃない♪みんな手伝ってぇ〜♡』
『『『……!』』』
「お、お前たち!?」
ルクスの掛け声でウマズラ、ドーロ、ブロックの三人までもが操られ、モグリの巨体を押し倒し、その手足を抑えつけ始める。
「ど、どうしたと言うのだ!?」
『〜♪』
ルクスは仰向けに倒され押さえつけられているモグリの顔のすぐ横へ鼻歌混じりに来て__
そして__
「むがっ!?」
迷いもなく“モグリの口に手を突っ込んだ”
歯で皮膚が裂け、血が溢れてもお構いなしに、腕は喉の奥へ奥へと突き進んでいく。
「んがががが!」
『あ!そうそう!この子の手ぇ、噛みちぎってもいいわよ?私、全っ然痛くないもん♪』
「!?」
モグリの呼吸が完全に塞がれ、顔が赤黒く染まっていく――まさに窒息の寸前。
その時。
「……仕事だよ、あんた達」
「「「「へい、姉御!!!」」」」
『!?』
エンジュの掛け声で部下たちが一斉に動いた。
獣人たちを取り押さえ、モグリの周囲を一瞬で制圧する。
「げほっ、げほっ……」
『へぇ〜?だれかと思えば……てっきり死んでたかと思ってたわ、あなた』
ルクスは拘束されても尚、余裕の笑みを浮かべてエンジュに視線を向ける。
「昔から悪いことばっかしてるのに、しぶとく生き残るタチでねぇ……よっぽど“女神様”に気に入られてるのかしら?」
『キャハッ♪ 安心して?あなた達の言う“女神”は私のことだけど……あなたなんてモブすぎて、眼中にないわよ♪』
「……だから、生き残ってるのかもねぇ」
「げほっ、がはっ……い、一体……何が……どうなって……」
モグリが喉を押さえてうずくまるのを見て、エンジュは小さく鼻を鳴らすと懐から魔皮紙を取り出し投げつけた。
「治癒の魔皮紙はサービスしといてあげるねぇ」
「ルクス達はいったい……」
「まーだ解らないかねぇ?こいつらはもう、あんたが知ってる奴じゃない。ここに居るのは正真正銘の__『女神』」
「め、女神……」
『キャハハ!どうも初めまして♪ 女神ピリオドです♡ ひょんなことであなた達を全て消しに来ました♪ 世界最後の日を、せいぜい楽しんでね?』
ルクスの顔に浮かぶ、不気味なまでの無邪気な笑み。
それに呼応するように、ウマズラやドーロの表情も次々と歪んでいく。
「そ、そんな……」
絶望するモグリを他所にエンジュが話す。
「何をする気だい」
『ん〜?なにが〜?』
「しらばっくれるんじゃないよ。私は女神のやり口はよぉ〜く知ってる。こんな簡単に取り押さえて終わりなはずないだろう?いっそ何か起きる前にここで__」
『あら?殺すの?私は死なないけどこの子は死ぬわよ?』
「私の知ったこっちゃ無いねぇ」
エンジュがナイフを構えると、その前にモグリが立ちはだかった。
「ま、待ってくれ!中に女神が居たとしても……ルクス達はルクス達だ!きっと__」
『はい♪ 予想通り♡お疲れ様♪』
次の瞬間、モグリの巨体をミクラルの上位魔法【サンダースピアー】が貫いた。
「「!?」」
「お前達!拘束をなぜ解い__っ!?」
『さっすが六英雄の血筋ねぇ。この子だけ魔力がずば抜けてる♪ 使いやす〜い!』
モグリを貫いたのはドーロ。
そしてこの場で最も“才能”がある人物。
彼女を抑えていたエンジュの部下たちは、すでに『魅了』にかかっていた……
「ちっ!」
エンジュはすぐさま飛び込もうとしたが、ドーロの前に部下達が立ち塞がる。
『まぁまぁ♪安心して?目的はもう果たしたから意識はみんな返してあげる♡』
「……目的?」
『あら?あのクソ生意気なアオイから聞いてない?』
「……何をだい……」
『あなた達の言う『女神』……まぁ私なんだけど、その力の源は人間達が死ぬまでずーーっと切っても切れない物____』
『感情よ』
そう言ってドーロ達は“ピリオドから解放された”
』





