『__ね』
《ミクラル城 地下シェルター B1》
「それにしても、広いわねぇ」
ミクラル城と同じ規模の巨大な地下シェルターに、エンジュ達は足を踏み入れていた。
「しかし、姉御……いいんですかい?」
「何がだい?」
「いや、その……」
部下の一人が複雑そうに言葉を濁す。
「“お得意様の仕事”を断った件かねぇ?」
「へい……」
お得意様――もちろんアオイ達のことだ。
「指定された場所で待機する」という内容だけの曖昧な依頼。
「契約更新期間だったからねぇ、肩入れする義理はないよ。地獄みたいな仕事ばかりだったけど、その分一生遊んで暮らせるだけの金も手に入った。十分さ」
「それもそうっすね」
それ以上は何も言わずに散歩するエンジュに黙ってついていく。
広大なシェルターの中は、冒険者用のテントで埋め尽くされていた。
ミクラルから支給されたもので、中は家具が揃い、一戸建てほどの広さがあるので、何もない地下シェルターで苦になる事は無い。
「……」
ふと目に入ったのは現状を知らぬ無垢な子供たち。
テントの合間を笑いながら駆け回っている。
親の姿がない。
……こっそり抜け出したのか、それとも親はもう__
「姉御?」
「いや……駄目ね。職業柄、どうしても“獲物”に見えちまう」
「へへっ、確かに隙だらけの子供ですぜ。無理もねぇです」
「……」
「姉御?」
エンジュは黙って愛用のナイフを抜き【隠れ歩み】を発動させ、子供たちに忍び寄る。
「こんにちは、お嬢さん達」
「ひっ!?」
遊んでいた五歳ほどの少女を後ろから掴み、頬に冷たい刃を押し当てる。
「あ、ぅ……」
「泣いたら殺すよ」
他の子供たちは声も出せず固まった。
「駄目じゃないか、勝手にテントを抜け出したりしちゃぁ……怖いお姉さんに連れてかれちゃうんだよねぇ?」
「あ、あ……」
だが次の瞬間、エンジュは少女をぱっと解放した。
「……今回は見逃してあげる。とっとと帰んな」
「うわぁぁぁぁあん!!」
子供たちは泣き叫びながら、全速力でテントの奥へと駆けていった。
「姉御、暇つぶしですかい?」
「まぁ、いいじゃないかい、この最悪な状況が終われば私達は金持ち。これから先、暇潰しを探すのがメインだからねぇ」
「それじゃぁ《人さらい回避教室》でも開きますかい?」
「いいねぇ、元同業者を邪魔するのは楽しいだろうねぇ」
そんな冗談を言い合いながら歩いていると――
「あ」
「お?」
エンジュ達の進む先、数メートル先のテントの前。
そこに“でっぷりとした醜い男”と、それを囲む獣人達の姿があった。彼らは資料を手に、笑顔で何やら話し込んでいる。
「あらぁ、懐かしい顔じゃないか」
「確か、あれは……何年か前にミクラルで襲った奴らですね」
「モグリ、だったかしらねぇ。今じゃナルノ町の町長……あの時はエスに邪魔されて逃がしちまったけど、それもいい思い出だよ」
「へへっ、たしかに。まさかその後、エスさんと一緒に仕事するなんて思いませんでしたけどね」
「ま、アイツらは私達の顔なんて見たくもないだろう。ちょっと迂回して――」
その時だった。
「!?」
和やかな空気が、一瞬で凍りつく。
「どういうことかしらねぇ、あれは」
エンジュの視線の先――囲んでいた獣人の一人が、突然モグリ町長の首を両腕で締め上げ始めたのだ。





