『絶望の幕開け』
『
《ミクラル城》
「くっ……! このままでは……!」
ミクラル城の地下深く。
城の広さとほぼ同じ巨大な部屋の中央には、特別な石を核にした複雑極まる魔法陣が刻まれ、そこから光が脈打つように広がっていた。
「王よ! 結界が……結界が限界です!」
「まだだ……! ここが落ちれば、人類はピリオドに蹂躙される……!」
アレン国王の生命力そのものを原動とする特別な結界――
今や世界で最強の防壁となっていたが、その代償もまた苛烈だった。
「ぐっ……!」
変身魔法はすでに解け、かつて黒々としていた髪は白髪へと変わり、若さを失った顔には深い皺が刻まれていく。
「私のことは構わん……民を優先せよ!状況を!」
報告をしようと転移して来たギルド員が慌てて魔皮紙を読み上げる。
「は、はい! 現在、城下に避難している住民に異変はなく、皆協力的です。余裕のある冒険者パーティーには外への救助と避難民の誘導を手伝ってもらっています!」
その報告を受け、補佐官たちは次々と資料を確認し、他のギルド員たちも現場の報告を始める。
「……モンスターの大虐殺……」
魔神が死んだその日から、世界中の魔物はまるで『見えざる意思』に操られるように人間を襲いはじめた。
そう__目的のためなら自分の命すら捨てる様な異様な光景。
まさに『終わり』が迫ってくる様な恐怖を抱く光景……
いくら結界があっても限界はある。
守り切れなかった町や村は、次々と蹂躙され、無惨に殺されていった……
「以上です!」
最後の1人が言い終えた。
「……分かった。生き残った者たちには補給を惜しまず……最後まで、人の心を絶やすな」
「はっ!」
報告が終わり、ゆっくりと人影がアレン国王に近づく。
「あんた……」
「……グランか」
彼の妻――女王グラン。
「子供たちは?」
「何も知らずに遊んでいますよ。……いつものように」
「そうか……」
国王の背を、グランはそっと後ろから抱きしめた。
震えるような腕の温もりに、アレンは目を閉じる。
「……人間は、どうなるのでしょう」
「…………それは、神のみぞ知る」
短い沈黙。
だがその沈黙を破るように、魔法陣の光が揺れ、もうひとりの人物が転移してきた。
「失礼……お邪魔でしたか?」
現れたのは赤髪に猫耳を持つ獣人の女――かつて“愛染の姫”と呼ばれ、今は“愛染の女王”として君臨するアバレー王国の女王。
「いえ、大丈夫ですよ。愛染の女王様」
グランはそっと夫から離れ、女王を迎える。
「……肩書きなんて、今さら意味があるんですかね。この状況で」
「いいえ。アバレーの獣人たちがこの町へ来て協力的なのは、貴女のカリスマがあってこそです」
「……ご冗談を。獣人たちが私をどう噂しているか、ご存じでしょう?――“親殺しの女王”と」
「フフ……噂は所詮、噂です。私だって変身魔法で見た目だけ若さを保っているのに、“不老不死の魔法を独占している”なんて囁かれてますからね」
「……」
「ですが、貴女が『女神』を裏切ってくれたおかげで……まだ人類は生き残れている」
「……」
愛染の女王は言葉を返さず、ただ静かに視線を落とした。
その横顔に宿るのは、罪悪感か、決意か――誰にも分からない。
「それで、なぜここに来たのですか?」
「それは____」
その瞬間、先ほど報告を終え転移していった、ギルド員が慌ただしく戻ってきた。
「大変です!獣人たちが――」
だが、最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。
ズドンッ!
「な……!?」
ギルド員の首から上が、跡形もなく吹き飛んでいた。
放たれた魔法の主は……愛染の女王だった。
「愛染の女王!? 何を!」
「…………」
彼女は無言で振り返る。
だがその顔は、先ほどまでの複雑な表情ではない。――無邪気で、底知れない悪意に満ちた笑みだった。
「まさか……!」
『キャハッ♪ おっと、動かないでね〜?』
「……女神……」
『やめてよ〜“女神”なんて記号で呼ぶのは♪ 私の名前は神から聞いてるでしょ?』
「……ピリオド!」
愛染の女王の身体を乗っ取った『ピリオド』は、魔法陣を展開しながら愉快そうに笑う。
『まさか【神の使徒】の最後の一人がアナタだったなんてねぇ。どこかおかしいとは思ってたけど、これは面白い☆』
「……どうしてここに」
『あら、グラン女王。お初にお目にかかるわね♪ お子さん達は元気?』
その言葉に、グランの目が怒りで染まる。
「まさか……アナタが私たちの子供を!」
『あら〜♪ 光栄ね。……そうよ、アナタ達の子供の器をちょ〜〜っと形を変えて“虫”にしたのは、この私♡』
「____!」
「動くな、グラン!」
激情で攻撃しかけたグランを、アレン国王が必死に静止する。
『キャハハッ♪ 正解だよ〜♡今、怒りに任せて“人を殺しても良い”なんて負の感情を受け入れたら私に入られてたもんね?キャハハハハハ♪』
「……いつから……その身体にいた」
『最初から、よ♪』
「だが、今までのサクラ女王は__」
『ねぇ知ってる? “獣人”って、もともとは普通の人間だったのよ』
「何が言いたい?」
『なぜ、あんな姿になったのか?気にならない?』
「話が噛み合っていない!今まで神の使徒として見てきたがサクラ女王から女神の気配など出てこなかったと言ってる!」
『キャハハハ!話し変わってないんだよねぇ〜バカだなぁやっぱりアレン坊ちゃんは♡______むかーし、昔にこの『私』が人間をいじって“作った”……だから獣人は全部、私の“端末”なの♡』
「……!」
『解る?アナタが産まれるずーーっと前から獣人は女神なのよ!だーかーらーこの世界で産まれて途中で神の使徒になって私の事を疑っててももう遅いの♡キャハハハ受ける〜自分が特別になって監視してたとか無駄な努力ごくろーさん!』
「…………それで、何しにここへ来た」
『フフフ、決まってるじゃない』
ピリオドの笑顔が、不気味なほどに花開いた。
『“アナタ達を含め”人類を――根絶やしに来ました♡』
「っ! グラン!【エアーシールド】!」
次の瞬間、ピリオドの魔法陣から毒々しい液体の塊が飛び出す。
それはグランを呑み込もうとしたが、アレン国王の張った防御魔法に阻まれた。
『フフッ♪ さっすが国王様。……妻を護る姿、最高にかっこいいわねぇ♡ほれちゃいそう!』
「この私を倒してからではないと人類を終わらせてたまるものか!」
アレン国王は残りの魔力を全て解放し、出口の転移魔法陣を封鎖した。
『あはっ☆ いいセリフ!かっこぃぃよぉ〜♡そうなのよね〜……この“愛染の女王”の身体じゃ、アナタには勝てないみたい♡』
“この身体では”……その意味を理解するのに時間はかからなかった。
「…………まさか!獣人!」
アレン国王の表情が一変する。
『キャハハハハッ! ご名答!』
女神ピリオドは端末と言った。
だが、それが同時に全て女神の意識が入るとしたら避難民は!
「このっ……女神がぁぁあ!!」
怒りに震え、アレンが魔力をさらに高める。だが、ピリオドはそれすらも愉快そうに眺めていた。
『さぁ、選びなさい?』
にやりと口角を吊り上げ、紅い瞳が怪しく輝く。
『――結界を解いて、魔物に民を食い殺されるか。
それとも__仲間割れで自滅するか♡』
』





