『アンナ死亡』
「……それにしても、長い洞窟ね」
「アア」
暗く湿った通路をひたすら進む。
どうやら侵入したことは、まだ気づかれていないらしい。
「……ルダのおかげね」
外では今も、あの異形の姿となったルダが山亀を食い止めているはず。
だが、時間の猶予はない――核を破壊するまで。
「……っ」
焦燥に駆られ、自然と足が速くなる。
そして――
「……?」
広大な空洞。
今までの道が無くなり一つの部屋へ来た。
「《光源》」
灯りが放たれ、周囲を照らし出した瞬間――
石壁に絡みつく、黒ずんだ根のようなものが蠢いた。
「この部屋……魔力供給の中枢……? まさか、ここは……っ!!」
「無駄」
その声と同時に、背後の入口が轟音と共に塞がれた。
アンナは息を呑む。聞き覚えのある声。
「ユキナ……」
「……」
現れたのは、人の姿をしたユキナ。
「アアアア!!」
黄金のブルゼが危険を察知し咆哮を上げて飛び出す。
「黙れ、愚物」
ユキナが囁いた瞬間、無数の“黒い薔薇”が床から咲き乱れ、蔓が蛇のように絡みついてブルゼを拘束する。
「イッ……!?」
抗おうとする巨体すら容易く縛り上げ、黒薔薇は軋む音を立てて締め付けた。
「……黒髑髏薔薇……ここは、アンタの……胃袋ってことね……」
「正解」
ここは話で時間を稼いで何か脱出する手口を見つけないと!
「私はおびきだされたってわけ?」
「正解」
ここで魔皮紙を構えたりして刺激をすると即座にアウトね……
「……降参よ、命だけは助けてくれないかしら?」
「無理、命令、逆らえない」
ユキナはそう言って少し悲しそうな顔をした……この子、もしかして……
「ユキナ……少し昔話でもしない?」
「時間稼ぎ、無駄」
「違うわよ、私も奴隷だったの……アナタと同じ命令に逆らえない人間の形をした道具」
「……」
ユキナは何もしてこない。
「私はアカネやアオイ達と違って本当にしょうもない理由で奴隷になったのよ、普通に生きててちょっと運が悪くてね」
「……」
「だけど、私にとって人生がガラリと変わる出来事だった、最初は泣いたし、悔しんだわ……命令されてそれをしないと奴隷刻印が反応して痛い思いするし」
「……」
「だけど、私は諦めなかった、普通の生活を」
「普通?」
「そう、普通の自由な生活よ」
「自由……」
「アンタ、山亀の時はどうだったか知らないけどヒロユキさん達の所にいた時はどうだった?」
「それは……」
「幸せだった、でしょう?」
「っ!」
「解るわよ、私もそうだったから……良いわよね、自由って」
「……」
「私は自由を手に入れるために頭を使って抵抗したわ、必死に奴隷という鎖を外そうとした」
「……」
「アンタはどうなの?」
「私?」
「アンタは抵抗してるの?」
「……」
「結果がどうであれアンタは自由を手に入れるために抵抗したことあるの?」
「黙れ……」
「それだけの力を持っていてどうして抵抗しないの?一生強制的に命令されながら生きて行くのが楽しい?」
「黙れ……黙れ……」
「言っとくけど上の人は何も考えてないわよ、働かせて働かせて最後、私達が何も出来なくなったら捨てて次のを用意するだけよ!」
「黙れ!」
気がつくと私は逃げる事を忘れてユキナに話していた。
「そんなんで良いの?私は私でしょ?ユキナはユキナなのよ!」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!」
ユキナは涙を流しながら両手で耳を塞いで座り込む。
逃げるならば今だ、だけど、私は……
「ちゃんと向き合いなさいよ!アンタは自由が欲しいのよ!」
ユキナの片腕を掴んで怒鳴っていた。
「!!」
「泣いて俯いても何も変わらないのよ!全てを失うくらいの覚悟で!自分の為に動くのよ!」
「……」
彼女の顔は人間より人間らしく涙を流してボロボロになっていた。
「もう言わないわよ、今決めなさい、足掻くか、そのまま命令に従い続けて死ぬか!」
「私は!我は!」
『ほーんと、私って抜け目ないわ〜♪』
「!?」
この声!
「アオイ!?」
「!?」
声だけがこの洞窟に響き渡ってくる。
『ご名答!アンナ先輩☆私の魔力を使ってるんだからこんな事するなんて朝飯前よ〜♪キャハッ♪アオイちゃんてーんさーい』
「ご主人様、マスター、神様!」
「っ!?」
私の周りに黒い薔薇がまとわりつく!
「今、今すぐこの女を……」
「ユキナ!」
「うぐ」
私の声でユキナは止まる。
『…………どうしたの?』
「い、今……すぐに……命令、実行……」
『うん♪して?ほら、早く?アンナ先輩を殺しなさい?♪』
「ユキナ!私は抵抗したけどダメだった!でも今ここに居る!でも後悔はしてないわ!アナタは後悔する気!?」
「我は!」
私に絡まってたバラは解けていった。
「我、山亀、違う!ユキナ!」
『ふんふん♪なるほどなるほど、命令違反?そうしてそうしてそのまま退職届だしちゃうみたいな〜?♪いや〜……独り立ちしてくれて嬉しいよ、君達の芽生えた友情には負けた!娘を連れてどっかいけ〜……………………………とか、甘い展開あると思う?』
「っ!?」
「が、はっ!」
気がつくと黒髑髏薔薇が私の心臓を刺していた。
『言ったでしょ、この身体に通ってる魔力は全て私が与えた物、身体を操るなんて簡単なのよ、私は抜け目がないの……情が移ってハッピーエンドなんて、アニメだけの世界でリアルはこんなもんよ』
「はぁ……はぁ……」
私の魔力を吸って周りに黒髑髏薔薇が咲く。
酷い魔力酔いを起こして、アオイが何を言ってるか考えられなくなった頭がグラグラする……
ユキナは……
「あ……が……」
最後に私が見たのはユキナも自分の身体の中にあるはずの薔薇に串刺しにされた所だった。
『さようなら、アンナ先輩♪今度サインあげるね?♪キャハッ!』





