遠くに見える黒い影
「………」
ユキナは木の根で作られた巨大な玉座に腰掛け、目を閉じて静かに思考を巡らせていた。
(――圧倒的に有利な世界。相手に情はない。ならば、するべきことは一つ)
胸元で光るハート型のバッジを強く握りしめる。
(魔力転送装置……これさえあれば、私は“全ての能力”を扱える)
ユキナ――山亀の最大の弱点は、その燃費の悪さにあった。
巨体を動かすだけで莫大な魔力を消費する生物。
本来なら一週間活動すれば、数百年の眠りが必要となる存在。
だが今は違う。
転送装置から注ぎ込まれる無尽蔵の魔力が、山亀を常に“フル稼働”の状態へと押し上げている。
つまり――
「……確実に殺せ、と命じられている」
現在、ユキナを中心に広がる自然の要塞は、町一つを丸ごと呑み込むほどの規模に達していた。
「急げ」
「ーーー!」
ユキナの号令に応じ、植物の兵士たちが次々と生まれ、持ち場へと駆けていく。
もしこの世界が“普通”なら……ここで暮らす種族は、きっとこの植物たちだろう
「確実に」
だが――それは“普通”の世界の話。
ユキナには絶対に殺さなければならない敵がいる。
そうしなければ、この世界を作った神――『アオイ』に、今度は自分が殺される。
「……」
壁となる樹木。足場となる根。毒を放つ花。牙を剥く捕食植物。
時間が経つごとに要塞は拡大し、ユキナの有利は盤石に思えた。
――それでも。
「……胸騒ぎ。鬱陶しい」
勝利を確信できるはずの状況で、心の奥底がざわめいていた。
____そして、その予感は、的中する。
「ーーーーー!!!」
「ーーー!!」
「ーー!!!」
要塞を構成する植物たちが一斉にざわめき、ざくざくと根や枝を軋ませて騒ぎ出した。
「……来た」
ユキナはすぐに植物を媒介に外の景色を覗き込む。
そして――その光景に、思わず息を呑んだ。
「……何、これ……」
大要塞から数キロ先。
海の地平線を覆うように、真っ黒な雲が渦を巻いている。
それはただの嵐ではない。
____ミクラル王国を恐怖に陥れた元凶。
【ブルゼ】――その軍勢が、進軍を開始していた。





