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宴 親子

  「……」


 リュウトから許可をもらい、私は彼らの使っているテントの奥へと足を踏み入れた。


 「確か……この部屋に」


 指差しで教えてもらったドアには、可愛い丸文字で《ユキのへや》と書かれている。

 胸が締めつけられる。そう、ユキ――私の娘。今の私が生きる意味。


 「……ふぅ……」


 思わず呼吸を整えてしまう。まるで強敵に挑む前の儀式みたいに。こんな時に使うなんて、おかしな話だ。


 「はーいです」


 トテトテと小さな足音が近づいてくる。その一歩ごとに、私の鼓動も速くなっていった。


 「アンナさんです?」


 ギィ……と扉が開かれる。


 「あ……」


 「……」


 「おかえりくださいです」


 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 思わず手を伸ばす。


 「何です?」


 「少しだけ……少しだけでいい、話を聞いてくれ」


 「…………」


 ユキは俯いたまま、長い沈黙のあとで小さく答えた。


 「……はい、です」


 了承の言葉が落ちた瞬間、胸が熱くなる。


 「ありがとう」


 「少しだけです」


 「あぁ」


 中へ足を踏み入れる。そこは“子供の部屋”ではなかった。


 机には魔皮紙と走り書きの資料。棚には薬瓶と、調合に失敗して焦げ跡の残る木板。壁には大小の武器が立てかけられ、片隅には血の染みが乾いた布まである。


 ――これは冒険者の部屋だ。

 まだ幼い娘の部屋であるはずなのに____


 「……」


 普通じゃない……小さい子供が、こんなにも努力して……。


 「泣いてるです?」


 「え?」


 気がつくと、頬を伝って涙が落ちていた。


 「すまない、少し昔を思い出してね」


 本当は抱きしめたかった。だけど今は逆効果だ。彼女はもう立派に成長している。

 ――父としてではなく、まず一人の女性、一人の冒険者として接するべきだろう。ルダもそう言っていた。


 「ごほん……あー、えーっと」


 「?」


 「その《シクランボ》はですね、タネを割って中の粉を【フルーツアブルデ】の魔皮紙に満遍なく振りかけて……それから果汁を通してコップに注ぐとうまくいくんだ」


 「へ?」


 「その調合跡は、シクランボを使った魔力回復のジュースだろう? 私も最初は苦いのが嫌で工夫したものだ」


 「っ!そうなんです! みんながくれるのは苦くて……出来るだけアンナさんに魔力を使わせないようにって飲むんですけど、どうしても」


 どうやら、掴みは成功したらしい。


 「うむ。ウチの補助魔法士が言っていたよ――どんなに効く薬でも、飲んでくれなきゃ意味がない。だから大事なのは、効力を落とさず飲めるよう工夫することだ。そこに気づくとは……将来、君はきっとすごい冒険者になる」


 「えへへ……そうです?」


 ユキは照れ笑いを浮かべ、顔を赤らめる。その表情は幼くもあり、しかし確かに成長した娘の顔だった。

 本当は――冒険者なんて命を懸ける職業についてほしくない。だが今は、その道を歩もうとする姿を誇らしくも思ってしまう。


 「私はこれでも、グリードという国を代表していた身だ。知識は持っている。他に何か聞きたいことはあるかい?」


 「……」


 ユキは少し考え、本棚から一冊の参考書を取り出して差し出した。


 「その……ここなんですけど……」


 「あぁ、ここはな……」


 それから私は、ゆっくりと娘に冒険者の知識を語っていった。

 ――そう、急ぐ必要はない。真実をすぐに話す必要もない。

 少しずつ、時間をかければいい。


 もう魔神は、消え去ったのだから。


 ……そう信じていた。


 だが、まさか次の戦いが、こんなにも早く訪れるとは――

 その時はまだ、誰一人思っていなかった。




 

 

 

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