宴 ヒロユキパーティー
《ジュンパク席》
「いえーっい! またミーの勝ち!」
ジュンパクの前の机には、山のように積み上がった空の木製ジョッキ。
ここではどうやら“飲み比べ大会”が行われており、その主役はもちろんジュンパクだ。
「ホワイト団リーダーの右腕として、ここで負けるわけにはいかないんだよねー! へいへーい!」
酔い潰れた男冒険者たちは、仲間に肩を貸されながら席を離れていく。
「さぁ! 席が空いたよー! 次はだれぇ?」
本人もかなり酔っているようで、頬は赤く、声も弾んでいる。
「次は私がいくよ!」
「おー? 女の子〜? 名前は?」
「マキです! よろしくお願いします!」
スラリと背が高いマキは、憧れの人を前に目を輝かせていた。
「ふふん、女だからって手加減はしないよ? だってミーはどっちもだから!」
「はい!(あぁ……憧れのジュンパク様が目の前に……! 酔ってるジュンパク様も、可愛いしかっこいい……!)」
ミクラルの冒険者なら誰もが知るヒロユキパーティー。
今やそのメンバー一人ひとりにファンクラブが存在し、マキもその一人だった。
「よーし! 注いで注いで!」
「(あぁ、幸せ……私、ここで死んでもいいかも)」
「ほら! えーっと、マキちゃんだっけ? やるよー?」
「は、はい!」
こうして始まった勝負。
マキはジュンパク相手に驚くほどの健闘を見せ、散って行った。
《ヒロユキ席》
「……」
「…………いきます!」
「……来い」
そこでは木刀を手にした模擬戦闘が繰り広げられていた。
木刀といっても、形は普通の剣ではなく、太刀をイメージして作られた長身の武具だ。
「はぁっ!」
「……甘い」
ヒロユキは最小限の動きで相手の木刀を弾き、首元で寸止めする。
「くっ……参りました!」
「「「「おおおおおっ!」」」」
「すげー! これでヒロユキさん、二十人抜きだ!」
観客たちは歓声を上げながら酒を煽る者、真剣に剣筋を目で追う者と、思い思いにその光景を楽しんでいた。
「……名前は?」
「カブって言います……!」
「……お前は強くなる」
「っ! はい! アニキ!」
「……アニキはよせ」
短くそう告げると、ヒロユキは背を向けて歩き出す。
ふと、空を見上げると、夕闇の中に星が瞬き始めていた。
「(アニキ……か。あの時、俺の名前を呼んだのは……)」
胸の奥に小さな棘のような感情が引っかかる。
「次! お願いします!」
「……」
そのモヤモヤを振り払うように、ヒロユキは再び挑戦者へと向き直った。
《たまこ席》
「ありがとね〜、レナノス♪」
「ふん……」
お祭りの喧騒から少し離れた砂浜の端。波の音と焚き火のはぜる音だけが二人を包み、たまことレナノスは料理と酒を手に静かに腰を下ろしていた。
「それより〜、これからどうするの〜?」
「魔神が死に、魔族が消え、魔物の大半も滅んだ……これからは人間の時代が続くだろう」
「不満〜?」
「あの方――ウジーザス様がそう決められた。私はそれに従うだけだ」
「そうね〜」
たまこは木のジョッキを軽く掲げ、レナノスへと向ける。
「……」
「飲めるはずよね〜?」
「飲めはするが……酔えぬ。私は魔法機械だからな」
「馬鹿ね〜。こういうのは味じゃなくて、雰囲気を飲むのよ〜」
「…………」
短く息を吐き、レナノスも静かにジョッキを手に取った。
「私は魔族と人間の中立の立場……今回の勝利を素直には喜べぬ」
「喜ばなくてもいいのよ〜。この場では、死んでいった魔族たちを思いながら飲みましょう」
「……うむ」
カシン――。
焚き火の光の中、二つの木のジョッキが静かに触れ合った。