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【クロエ】

 夕陽が赤く染め上げる空の下、荒野を見下ろす崖の上。

 そこに、小柄な少女が一人、風に揺れる赤黒の装備を纏い立っていた。

挿絵(By みてみん)

 「たくっ、ルコさんじゃねぇけどよぉ......めんどくせぇなぁ」


 明るい金髪のショートヘア、その一房には赤いメッシュが入っており、どこか獣のようにギラついた瞳と鋭いギザ歯が印象的だ。


 【しっかしよぉ、マスター。これも“仕事”なら、仕方ねぇんじゃねぇの?】


 少女の背よりも大きい漆黒の大鎌が、どこか軽薄な口調で喋り出す。

 この声が聞こえるのは、持ち主であるクロエただ一人だ。


 「うるせぇ、そんなこたぁ分かってら。殺すぞ」


 【相変わらず口が悪いぜ、マスター!】


 クロエはその大鎌をひょいと肩に担ぎ、崖の下を見下ろした。


 砂煙をあげて、何か黒い塊がこちらへ向かってくる。


 「……おいでなすったみてーだな。数は?」


 【視──目標数、六万四千五百二十。

 個体レベルは人間基準でプラチナからダイヤモンドランクってとこだな。つまり――】


 「つまり、魔神の命令で群れてるザコどもってわけか……よーし。

 今回は骨が折れねぇ、楽な仕事で助かるぜ」


 ニヤッと笑って、クロエは小さな身体を沈ませる。

 風に靡くマントの奥で、漆黒の大鎌が鈍く光を放った。


 ――狩りの時間だ。


 


 「んじゃ、とっとと行くか」


 その言葉と同時に、クロエの姿は崖の上から消えた――否、音速で駆け出したのだ。


 そして、魔物の大軍の眼前に姿を現すや否や、彼女は叫ぶ。


 「【デスヒール】!」


 魔法詠唱と同時に、クロエを中心に直径八十八メートルの魔法陣が地を這うように展開される。


 「ほらぁ!【回復魔法】だぜ! ありがたく思いやがれぇ!」


 「ギィィィィアアア!!」


 魔法陣の中にいた魔物たちは、次々と傷を負い、悶え苦しみ始める。


 【グァヘヘハハ! 良く言うぜマスター!

 “デスヒール”の中で“回復”された対象は、逆に古傷が開いてどんどん裂けてくって仕組みだろ?

 これ、マスターと俺専用の魔法じゃねぇか! 回復なんて出来るわけねぇんだよ、ゲラゲラゲラ!】


 「はぁ!? ご丁寧に解説してんじゃねぇよ!」


 【どうせ俺の声は、マスターと神様にしか聞こえねぇからいいんだって。ゲラゲラ!】


 「ガアァァッ!!」


 突如、体長八メートルの【レッドドラゴン】が咆哮を上げ、クロエへと襲いかかる。


 「うるせぇなぁ……殺すぞ、ごらぁっ!!」


 その瞬間――


 クロエの鎌が閃き、【レッドドラゴン】の首が綺麗に刈り取られる。


 斬られたことに気付かぬまま、なお数秒動いていたその巨体は、やがてスイッチが切れたように崩れ落ちた。



 「キシャァァア!」

 「ガルルルルッ!」


 その光景を見た魔物たちは、ついに【クロエ】を完全な敵として認識した。

 普段なら、こんなにも多種多様な魔物たちが統率をとることなどあり得ない――まるで、誰かが指示を出しているかのようだった。


 「あーあー、なんだなんだ? みんなで合唱コーラスか?……うるせぇって、さっきから言ってんだろ」


 クロエは一閃。

 気づけば、その小さな身体は魔物軍団を一直線に駆け抜け――気づいたときには、彼女はすでに軍団の背後に立っていた。


 「今ので……ざっと五千体ってとこか」


 肩に担いでいた漆黒の鎌を軽く振るう。

 刃に付着していた夥しい量の血が、地面に叩きつけられた。


 「ガ……!」


 直後、クロエが駆け抜けた軌道上にいた魔物たちは、揃って首を刈られていた。

 断ち切られた首がずるりと滑り落ち、刹那の静寂とともに地面へ重く沈む。

 数千体の魔物の首から噴き出した血が空へと舞い、赤黒い“雨”となって染め上げる。


 血の雨に濡れながら、クロエはにやりと唇を釣り上げた。


 「ククク……ゲーッハッハッハッハッハ!! 気持ちいぃねぇ! この感覚……! あー……気持ちいぃ!」


 全身から沸き上がる興奮のまま、クロエはくるりと踵を返し、

 【デスヒール】によって開かれた無数の傷口へ、まるで血の渇きを満たすように鎌を滑り込ませる。

 うねるような動きで、再び魔物の群れへと斬り込んでいく。


 【いいじゃんマスター! のってきたねぇ!!】


 「ゲハハハハハ!! 殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す……殺すッ!」


 【殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!】


 その姿はまさに“死神”。

 苦しみもなく命を刈り取るその様は、むしろ慈悲すら感じさせる“死”の美しさだった。


 「殺し尽くしてやるよッ!】


 


 ──それから三十分後。


 血の泉と魔物の死骸で築かれた丘の上に、ひとりだけ立っていたのは、

 返り血で真紅に染まった【クロエ】だけだった。



 「……チッ」


 【今回も最高だったぜ、マスター! あんた、クールでロックだよ! じゃあな!】


 クロエの手に握られた大鎌が、音もなく霧のように消えた。

 【武器召喚】の効果が切れたのだ。


 再び崖の上へと戻り、血の匂いが漂う静かな荒野を見下ろす。

 クロエは、ゆっくりと息を吐いて呟いた。


 「……俺たちが、魔王どもの魔物から人間を護ってやってんだ。

 だったらよ、さっさと【勇者】は【魔王】全員ぶっ飛ばしてこいや」


 誰に言うでもなく、地面に投げるように吐き捨てる。


 クロエはそのまま世界地図を広げ、次の仕事の座標に指を置いた。

 転移魔法が発動し、まるで風に消えるようにその場から姿を消す。


 


 ──その後の荒野には、何事もなかったかのように、静寂だけが残されていた。


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