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ユキちゃん絶体絶命

 「あら、かわいい」


 女吸血鬼は、ユキの姿を見つけるなり花が綻ぶように笑みを浮かべた。

 けれど――ユキの目に映るその笑顔は違った。


 ……裂けた口が耳元まで伸び、目が笑っていない。

 皮膚の奥から何か別のモノがにじみ出てくるような、不気味な“それ”だった。


 「ひ、ひぃ……」


 ユキの喉が震え、足がすくむ。

 背中を伝うのは、冷たい汗。空気が張りつめて、まるで時間が止まったようだった。


 「ねぇ、あなた。どこから――聞いてたの?」


 「な、何もわからなかったです……!」


 「ふーん。“何も《解らなかった》”、ね。……じゃあ、やっぱり聞いてたのね?」


 「あっ……」


 女吸血鬼は一歩ずつユキに近づく。その足音はまるで、心臓の鼓動を代弁するかのように響く。


 コツ……コツ……コツ……


 「ほんと、可愛いわね。人間の子供って……怯えるたびに、表情がとっても豊かになるもの」


 「あ、あぅあぅ……っ」


 ユキの小さな体はぷるぷると震え、両手でスカートをきゅっと握りしめた。


 心臓がどくん、どくんと早鐘を鳴らす。

 耳の中で反響して、何も聞こえなくなりそうだった。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。でも……体が動かない……!


 「人間の子供って、まだ血が濁ってないから――美味しいのよね」

 女吸血鬼はうっとりと目を細めながら、ユキの頬に指を這わせた。


 「舐めると、サラサラした舌触りからゆっくりと舌にとろけて……あぁ、甘い……」

 「興奮してきちゃった♡」


 「ユ、ユキは美味しくないです……っ」


 震える声でそう返したユキの頬を――

 するりと、女吸血鬼の針のような爪が撫でた。


 「――っ!」


 かすかに、頬から赤い雫がひとつ。


 そして……ぬるり、と。


 「レロん♡」


 本当に舌が伸びてきた。

 まるで蛇のようにくねる長い舌が、ユキの頬の血を――舐めとった。


 「っ!?!?!?ぐ、ぐぐぐ……あぁぁあ!!!」


 「……?」


 舐めた瞬間、女吸血鬼の表情が激変した。


 ――悲鳴。


 舌を伸ばしたまま、女はのけ反り、壁に背中を打ちつけるとトイレの洗面台に駆け込んだ。


 「ど、どうしたのですか!?幹部様!」


 人間に化けたばかりの男の子が慌てて駆け寄る。


 「うるさい!見るな!!」


 ドンッ!


 叫ぶように怒鳴り、女吸血鬼は男の子を片手で突き飛ばす。

 その身体は小さなユキの倍ほどあるにも関わらず、まるで紙人形のように吹き飛ばされた。


 「熱い……熱いっ、なにこれっ……あの血は……!」


 洗面台の蛇口をひねり、女吸血鬼は狂ったように自分の舌を水でこすり洗い続けた。


 「はぁ……はぁ……っ……」


 数分が経ち、ようやく女の動きが止まる。


 「くっ……やっと……落ち着いた……」


 荒い呼吸の合間にそう呟く彼女の目が、再びユキに向いた。


 「はぁ、はぁ……っ……殺す……」


 「!?」


 ぐらついた足でフラフラと立ち上がる女吸血鬼。

 血走ったその瞳は、間違いなく“本気”の殺意を湛えていた。


 「ご、ごめんなさいです!ごめんなさい……ゆるして……ふぇ……ヒッ」


 ユキの小さな身体が震える。

 恐怖でくしゃくしゃになった顔に涙がこぼれ、声にならない嗚咽が溢れ出す。


 「うぇ……ひっ……たすけて……たすけてです……っ……」


 腰が抜けて立てない。

 ずりずりとお尻で後退しようとするが、すぐに背中が冷たい壁にぶつかった。


 「や……だめです……こわいこわいこわいこわい……だれか……たすけて……」


 「アンタみたいな……訳の分からない人間――」


 女吸血鬼の尻尾が高く振り上げられる。


 「殺しておいて損はないわ!!」


 「おかぁさぁああああんっ!!!」


 ――そして、その瞬間。


 「うぇー……頭いたい……吐きそう……」








 扉がバタンと開いて、そこに立っていたのは――ルコサ先生でした。










 「え?何?どういう状況?」



 




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