龍牙道場!
真っ白――ほんとに真っ白。でも、目は痛くない。
例えるなら、のぼせた時に目の前が真っ白になるあの感じ。だけど、頭はクラクラしてない。
「……」
あ、あれ?
視界がじわじわと戻ってくると、そこは見慣れない個室だった。
「えと、これってこのドア開けていいのかな?」
ガチャガチャ……
ドアノブを回そうとするが、鍵がかかっているのか開かない。
「ま、まぁ……人が来るよね」
……………
………
……
……あれ?こない?
「このまんま誰も来ないなんて事……」
……………
………
……
ないよね?ほんとにないよね!?
閉鎖された空間にいると、少しずつ不安が胸を締めつける。
「ヤバい、閉所恐怖症になりそう……」
気づいてもらわないと!
「すいませーん!」
シーン……
「すいませーんっ!」
大きな声を出すと、自分の高い声が反響して聞こえ、まるで他人の声みたいでちょっとビビる。
でも、返事はない。
「入ってますよー!!」
ドアをガンッガンッと叩いていると――いきなり、扉が開いた!
うわっ、やべっ!
結構な勢いで叩いてたから止まらなくて、まずいかも!って思ったけど……俺の拳は、しわくちゃな手でピタリと止められた。
「ご、ごめんなさい!」
「何をそんなに焦っていたのだ?」
目の前の人物は、つるつるの頭に糸のような目をした、お爺さん。黒い柔道着を着ている――が、それよりも衝撃だったのは、
「浮いてる!?」
そう、座禅を組んだまま宙に浮いてる!?
ふぇぇ……なんで!? 忍者か!?いや、いや、ちょっと落ち着け……もしかして、
「魔法……ですか?」
「ホッホッ、これは魔法じゃないぞ?」
「うぇえええ!?」
ど、どういう原理!?
「ふむ、今回の入門者は喜怒哀楽が激しいのう」
「あはは……ごめんなさい」
「ついて来い」
師匠(仮)はスイーッと空中を滑るように進んでいく。廊下はざっと二十メートル。俺は地に足をつけて、慌てて後ろをついていく。
「あ、あの……」
「質問は後にせい」
「は、はい……」
案内された小部屋は、ほんのり甘い香りが漂っていた。
……はちみつっぽい?いや、ちょっと違う?でもそんな感じ。
「お主、身体は何ともないか?」
「はい、大丈夫です」
「ほぅ……これはこれは……合格じゃ。これを」
気づけば手にしていた魔皮紙を渡される。
え、え?合格? 何が? なんか知らんけど合格したらしい。
「この魔皮紙は特別製で、魔力を通すと獣人に変化できる」
「ほぇ〜」
「もちろん、この魔皮紙は国も把握していない代物じゃ。絶対に他言無用じゃぞ?」
「っ__」
言った瞬間、喉がキュッと締まった感覚が走る。なにこれ、喋れない!? これが……魔法……!?
「わ、わかりました、イエスマイロード」
「分かればよろしい」
師匠の糸目がすっと緩むと、さっきの喉の感覚がスッと消えた。
「今のって__」
「まずはそれを使え」
「は、はい」
魔皮紙に魔力を流すと、それはふわりと俺の胸に張り付き、そして身体へと吸い込まれていく。
……不快感はない。例えるなら、消毒されたみたいにスースーする感じ。
「うぅ……?」
周囲の音が細かく聞こえるようになり、視界もぐっと広くなっていく。
「うむ、ちゃんと【獣人化】できたようじゃな__!?」
言われて頭を触ると……耳がある!
「耳!おぉ、本当に獣人になってる!」
人間の耳はあるけど頭にふわふわの獣耳が生えてる!そ、それじゃあ尻尾は――
「何じゃこりゃ!?」
お尻を見ると、なんと二本の尻尾が!
「これって……ね、猫!?」
Oh my god……俺が猫耳装備とか、誰得だよ……!
「何かの間違いか……これを尻尾に使うんじゃ」
もう一枚、魔皮紙を渡される。言われた通りに、尻尾に――
「うにゃん!?」
ナニコレ!? なんかゾクッときた!
やばい、年甲斐もなく変な声出しちゃったよ! は、恥ずかしい!!
「ホッホッホ、尻尾は獣人にとって性感帯じゃ。デリケートなので気をつけるようにな?」
「は、はい……」
それ、先に言ってくださいよぉ……
慎重に魔皮紙を貼ると、二本の尻尾はスッと一つにまとまった。
「ようこそ“龍牙道場”へ。この後は弟子に案内させる。そこにある女性用のを着て、ここで待機しておけ」
“女性用”って面と向かって言われると、まだなんか慣れないな。……まぁ、下着はとっくに女性用なんだけど。
「は、はい! よろしくお願いします!」
ぴしっと背筋を伸ばして挨拶をすると、師匠は「ウム」と頷いて、スイーッと部屋を出ていった。
「えーっと、女性用って……これか」
スパッツっぽい生地のやつを先に履いて、その上に――え、なにこれ、柔道ドレス? いや、なんか花魁が戦う時に着てそうなやつ……えろっ。
ファンタジー世界ってこういう服、多すぎじゃない?文化なんだろうけど……あ、リボン。
「髪も結ぼう。走る時、鬱陶しかったし」
長い髪って大変だなぁ……って、いや俺も長いんだった。ええい、てりゃ!
「……それにしても、強くなるにはまず一歩から、だよね」
着替えを終えて、部屋の隅にあった全身鏡の前に立つ。
弱そうな身体だよなぁ……
いや、前の身体も別にマッチョじゃなかったけど、これは華奢すぎる……
……………
……
モデルみたいな体型だな……
え、映画だとこんな感じで――こう? このポーズとか?
「…………」
「おーい、新い____何してんだ?」
「ふ、ふへぁ!?」
ポーズをしてる所を後ろから金髪でショートの女の獣人に見られていた……
はずかし!