死ぬべき命
「これから貴方にやってもらうのは、生きる価値のない人間探しです」
ホワイトボードと飾り気のない机だけの会議室で、私はメモ帳を片手に上司の話を聞いていた。
「この検査キットを対象に向けると、10秒ほど、はい、そうですね、それくらいで診断が始まります。はい、それ、手にとって見て」
手元に3インチほどの小さなモニターが付いた銃を持ち、しげしげと眺める。医療器具らしく白く、質感はプラスチックのようだった。
「対象に向けて、トリガーを引く、すると診断が始まりますので、暫く待つ。で、ピピピッと音がしたら画面に診断結果が出ますので、それで、可、と表示されていたら、もう一度トリガーを引く。ままま、実際にやってみたらすぐわかると思いますので、早速上の階に行ってみましょうか」
病院の質素な会議室から出て、受付のお姉さん達に軽く会釈しながら病室へと向かう。廊下には患者は歩いておらず、延命治療している老人たちのうめき声だけが響いている。
病室に入ると、ベッドが所狭しと並べられ、その垣根にはカーテンすら見当たらない。ベッドで寝ているのは全てが自分で起き上がることができない老人達だった。
「ほら、まずは端からやっていきましょうか、えーっと……田中美咲さん、はい、この方からやっていきましょう。ほら、検査キット向けて」
寝たきりの田中さんに検査キットを向けてトリガーを押して少し待つと、液晶画面に診断中の文字が浮かび上がった。
「この方の場合、多分結構早く結果出るんじゃないかな、あっ、ほら、言っている間に」
手元の検査キットから甲高い音が3度鳴った。思っていたよりも早い。液晶には「可」の一文字だけが移っている。
(あっ、引かなきゃ)
トリガーは軽く、少し力を入れるだけで簡単に引くことができた。カチリという小気味の良い音がする。田中さんは少しビクリと痙攣したが、それ以外の変化は見当たらない。
「はい、元から動いてないんでわかりにくいと思いますが、これで初仕事終了です。おめでとー」
上司がぱちぱちと軽く拍手をした。
「じゃ、この調子でよろしくお願いしますね。私も別の階の方を診断して来ますんで、この階の方は全員お願いします」
上司はそう言うと、さっさと部屋から出ていってしまった。私、新卒の初仕事なんだけど……。
「まっ、いっか。簡単な仕事みたいだし」
寝たきりの老人達に検査キットを向け、トリガーを引いて、少し待って、また引いて、そんな作業をしているとあっという間に、その階の人たちを粗方診断し終えてしまった。
手持ち無沙汰になったので、ふと興味本位に検査キットを自分に向けてみる。10秒ほどすると、ピピピと甲高い音がして、不可の文字が表れた。
「そりゃそうかー」
廊下では看護婦さん達が忙しそうに死体を運び、次の寝たきり老人を運ぶ準備をしていた。ああやって運ばれた死体は全てまとめて火葬され、埋められるらしい。
そんなこんなでお昼時間になったので、上司と一緒にランチに行く。無人券売機で券を買い、自動調理器から料理を受け取る。
「疑問に思ったんですけど、この検査キットって何を基準に判断しているんですか?」
「そうですね、私も詳しくは知らないんですが年齢と、家族がいるかどうかのようですね」
「家族?」
「はい、家族。子供がいるかどうか。孫がいるのかどうか……。ま、子育てしてた人はこんなところには来ませんが」
「へー……」
食事が終わり、午後からは別の病院で孤独な老人を検査していく。可、可、可。
「長年生きて、誰からも試みられない終わり方かぁ……。寂しいように思えるけど、この人達は一人が好きだったみたいだし、むしろこれで満足なのかな」
可、可、可。
孤独に生きて、孤独に死ぬ。この国には誰からも価値を感じて貰えない、死ぬべき命がとんでもなく多い。