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仏典の勝手な脚色ノベルシリーズ

てきとー訳 阿弥陀経 ~ 極楽ってどんなとこよ?

作者: 阿僧祇
掲載日:2018/03/21

シリーズ第六弾は「阿弥陀経」です。浄土三部経の中でも内容がストレートで比較的短く、法要などで読唱されることも多い、浄土思想の入門編と言えそうな内容ですが……そんな経典の中でブッダはいったいどんなことを語ってるのでしょうか? 例によっておばかっぽくてきとーに訳してみました(汗)。


梵語→漢訳:後秦亀茲(クヂャ)国三藏法師 鳩摩羅什《クマーラジーヴァ》

漢語→和訳:日本国そこらの素人(笑) 阿僧祇《あそーぎ》


シロウトによるてきとー訳なので翻訳の正確さは保証しません。

正確さを求める方は自分で研究していただき、こちらでは雰囲気だけお楽しみくださいませ;


それでは、日本でもっともその名が知られているファンタジー世界(?)へ、れっつ・ごー!であります。

南無阿弥陀仏(なんまいだ)~。

 

 

佛説阿彌陀經


 如是我聞一時佛在舍衞國祇樹給孤獨園……



 わたしゃこんなふうに聞いたんだけどが。

 あるときブッダ(ゴータマ=ブッダ、釈迦牟尼仏)が舎衛《しゃえ》国(サーヴァスティ、ガンジス川の中流あたりにあった王国)の祇樹《ぎじゅ》給孤独《ぎっこどく》(アナータピンディカ)園にいた。



 ……スダッタ長者という商人が、ジュータ太子からいろいろ苦労して買い取り、ブッダの弟子たちの修行場所として寄付した修行場です。そのへんのいきさつは今回は関係ないのでまたの機会に。

 で、仏教経典のお約束として、まず「如是我聞《にょーぜーがーもん》(このように私は聞きました)」、次に「一時佛在《いちじーぶつざい》(ある時ブッダは○○という場所に居て…)」と事件の場所が示され、三番目には登場人物の紹介となります。が、この経典では物語に登場しない人物もズラズラと列記されております;

 ちょっとめんどくさいけど、名前だけでは味気ないので簡単なご紹介を加えててきとー訳してみましょう。



 えーと、そこには1250人の比丘(出家した修行者)たちがいて、この人たちはみんな阿羅漢(ブッダと同レベルの悟りを開いたお坊さん)だった。


 智慧に優れた哲学者で長老(弟子たちのリーダー)の舎利弗《しゃーりーほつ》(サーリプッタ)。

 その旧友で神通力に優れた摩訶目乾連《まーかーもっけんれん》(マハー=モッガラーナ)。

 人格者でみんなから慕われた摩訶迦葉《まーかーかーしょう》(マハー=カッサパ)。

 論議に優れた摩訶迦栴延《まーかーかっせんねん》(マハー=カッチャーナ)。

 問答に優れた摩訶拘絺羅《まーかーくーちーら》。

 小欲知足で知られた離婆多《りーはーだ》。

 物覚えが悪かったけれど掃除の修行で悟りを開いた周梨槃陀迦《しゅーりーはんだーか》(チュリ=パンダカ)。

 ブッダの弟で、インドゾウの屍骸を腕力で移動させた力持ちの難陀《なんだ》(ナンダ)。

 ブッダの従弟で、記憶力が良かったけれどイケメンすぎて時々トラブった阿難陀《あーなんだ》(アナンダ)。

 ブッダの実子で、周囲が引いちゃったほど厳しい修行を自分に科した羅候羅《らーごーら》(ラーフラ)。

 戒律をよく研究し厳守した憍梵波提《きょーぼんはーだい》。

 神通力自慢を叱られてから反省し、修行者たちのおはようからおやすみまでを見守るいい先輩となった賓頭盧《びんずーるー》頗羅墮《はーらーだ》。

 黒身比丘という異名をもった迦留陀夷《かーるーだーい》。

 星の動きにとんでもなく詳しかった摩訶劫賓那《まーかーこーひんな》。

 ものすごく寿命の長かった薄倶羅《はーくーら》。

 天眼通(千里眼)の力に優れていた阿■樓駄(あーぬーるーだ)(アヌルッダ)。


 こういった有名な弟子たちのほか、大乗の修行者である菩薩の皆さんも。


 姿は少年だけど智慧者として有名な文殊師利《もんじゅしーりー》法王子《ほうおうじ》(マンジュシリー=クマーラプータ)。

 ゴータマ=ブッダの次にブッダになると予言された弥勒《みろく》菩薩(マイトレーヤ)こと阿逸多《あーいった》菩薩。

 香象菩薩こと乾陀訶提《けんだーかーだい》菩薩。

 それに常精進《じょーしょーじん》菩薩。

 といった大修行者たち。

 そして帝釈天《たいしゃくてん》(インドラ)をはじめとする天部《てんぶ》(ディーバ)の神々も無数にたくさん、給孤独精舎にあつまっていた。


 さてそのときブッダが、長老の舎利弗《しゃーりーほつ》(サーリプッタ)に言った。


「こっから西、ブッダ(普通名詞)のいる世界だけでも十万億(=十兆)個ほど向こうにね、極楽《ごくらく》って名前の世界があるんだけど。そこには阿弥陀《あみだ》(アミターバ、無量光)と呼ばれるブッダがいて、今現在も教えを説いてるンだ。」


挿絵(By みてみん)

(山梨県甲府市金手 来迎寺)


「ねえサーリプッタ。そこがなんで極楽っていうのかっていうとね、その国の衆生(命と心のあるものすべて)はみんな、苦しみがなくていろいろな楽しいことだけを受けてるから、極楽って呼ばれてるンだよ。


「あのねサーリプッタ、極楽国はね、どれも四宝でできてる、七重の欄干つき塀と七重の網や並木に囲まれてててね、これもその国が極楽って呼ばれてる理由のひとつ。

「でね、サーリプッタ。極楽国土には砂利が七宝でできてる池があって、その中は八功徳をそなえた水に満たされて、池の底の砂はすべて砂金なんだヨ。」


 四宝とは金《こん》/銀《ごん》/瑠璃《るり》/玻瓈《はり》(色つきガラス)のこと。

 七宝はそれに硨磲《しゃこ》/赤珠《しゃくしゅ》/瑪瑙《めのう》の3つを加えた宝。

 八功徳とは、澄浄(清潔)/清冷(冷たい)/甘美(甘い)/軽軟(軽い)/潤沢(充分にある)/安和(安らげる)/除息(渇きや苦痛を除く)/養根(健康を保つ)といった、水の理想的条件のこと……のようです。

 (よく知らないので今調べました;)


「池の四隅には階段があって、それも四宝でできてる。

「階段を上ると楼閣(高い建物)があって、これまた金/銀/瑠璃/玻瓈/硨磲/赤珠/瑪瑙の七宝で飾られてる。

「池の中には車輪のようにでっかい蓮の花が咲き乱れていてね、青い花は青い光、黄色い花は黄色い光、赤い花は赤い光、白い花は白い光、と輝きを放っていて、その香りの素晴らしさといったらもう何とも表現できないほどなンだ。

「サーリプッタ、極楽国土はこのような功徳と荘厳さでできているンだよ。


「でね、サーリプッタ。この国はいつも天上の音楽が流れていて、大地は黄金でできていて、昼夜六時(日没/初夜《しょや》(宵の口)/中夜《ちゅうや》(真夜中)/後夜《ごや》(未明)/晨朝《じんちょう》(夜明け)/日中(正午))にそれぞれ、マンダラ華の花が雨のように降るんだ。

「この国の人々は早朝からそれぞれの衣にその花を拾い集めて、十万億(=一兆)人の異世界のブッダたちに捧げに行く。そして朝食の時刻までに帰ってきて、食べたり経行《きんひん》(一種の軽い運動、歩きながらの瞑想)をしたりするんだ。

「サーリプッタ、極楽国土はこのような功徳と荘厳さでできているンだョ。


「それからね、サーリプッタ。この国にはいろいろな色をした奇妙な鳥、白鵠《ぴゃっこう》/孔雀《くじゃく》/鸚鵡《おうむ》/舍利《しゃり》(九官鳥に似た鳥)/迦陵頻伽《かりょうびんが》(人間の声で歌う伝説の人面鳥)といったものたちがいてね。昼夜六時にはそりゃもう雅やかに鳴くンだよ~。

「その声は、五根(信/精進/念/定/慧)、五力(悪を退ける五つの力)、七菩提分(択法/精進/軽安/念/捨/定/喜)、八正道分(正見/正思惟/正語/正業/正命/正精進/正念/正定)といった、仏教の修行に必要な要素を表現しててね。

「この国の人々はその声を聞くと、みんな仏《ブッダ》(目覚めた人)を念じ法《ダルマ》(真理の教え)を念じ僧《サンガ》(修行する人たち)を念じるンだ。


「おっとサーリプッタ。この鳥たちはネ、罪の報いで畜生に輪廻転生しちゃったわけじやないんだヨ? なぜかっていうとね、この国には三悪趣(畜生/餓鬼/地獄)なんてものは概念さえ存在しないんだもの、ましてやその実態なんかあるわけない。この鳥たちはみんな、阿弥陀仏が、法《ほう》(真理の教え)をみんなに理解してもらうために、変化《へんげ》して現れたものなんんだ。



「でねサーリプッタ、その仏国土はね、そよ風が吹くと、金銀宝石でできた、木々やそれを覆っている網ががえもいわれぬ音を奏でるんだ。数百数千の楽器が合奏を始めたような素晴らしさで、これを聞いた人は自然に仏を念じ法を念じ僧を念じる気持ちが生じちゃうンだ。

「サーリプッタ、極楽国土はこのような功徳と荘厳さでできているンだ。


「サーリプッタ、わっかるかな~ぁ? そのブッダが阿弥陀《アミター》仏って呼ばれてるワケを。

「それはねサーリプッタ。そのブッダは無量無限に光を放って、何にも遮られることなく十方の諸国を照らす。だから無限大《アミター》の光《アバ》・ブッダ(無量光《むりょうこう》仏)っていうのさ。

「それからね、サーリプッタ。このブッダとその国のみんなの寿命は、無量(ありえない数、数学的には10の64乗)×無辺(無限)×阿僧祇(未来の可能性の数、数学的には10の56乗)劫(1劫=約48兆2千万年)以上、もう想像もできないほど長いんだ。だから無限大《アミター》の寿命《ユス》・ブッダ(無量寿《むりょうじゅ》仏)っていうのさ。



「あのねサーリプッタ、阿弥陀仏が悟りを開いて成仏してから今まで十劫(約482兆年?)くらいでね。無量無辺のものすごい数の声聞《しょうもん》(ブッダの直弟子)がいて、それがみーんな、誰にも数えられないほど多数の阿羅漢《あらかん》なんだ。

「菩薩(大乗仏教の修行者)たちもまた同じくらいの数がいる。

「サーリプッタ、極楽国土はこのように功徳と荘厳さとでできているンだ。


「それからね、サーリプッタ。極楽に生まれたものはみーんなアビバッチ(生まれ変わったら悟りを開くことが決まっていて二度と挫折しない境地)に達しちゃうンだ。その中には次の一生で悟りを開きブッダとなる菩薩が、数えることもできないくらいいる。それは、無量(10の64乗)×無辺(無限)×阿僧祇(10の56乗)劫の時間をかけたらその数のおおよその概念だけはようやく説明できるかできないか、というほどの数の多さだヨ。


「さて、サーリプッタ。こんな話を聞いた人は、当然、その国に生まれたいと願うよね? これほど多くの聖人や善人と一ヶ所で会うことができちゃうんだもん。

「でもねサーリプッタ、ちょっとやそっとの善根・福徳を積んだくらいじゃ、かの国に生まれるのは無理なんだヨ


「ところがね、サーリプッタ。もし善男子か善女人がいて、阿弥陀仏についての教えを聞き、その名を唱えたとしようか。あるいは一日中、あるいは二日間、あるいは三日間、あるいは四日間、あるいは五日間、あるいは六日間、あるいは七日間、一心不乱に。

「するとその人の命が終わるときには阿弥陀仏が菩薩たちやお弟子さんたちと一緒に、目の前に現れてね。その人は取り乱すことなく落ち着いて人生を終え、すぐさま阿弥陀仏の極楽国土へ往生《おうじょう》(生まれ変わり)できるんだ。

「こんな利益《りやく》があるって知ってるから、私はこのことについて説明してるんだ。この話を聞いた人は、その国に生まれ変わりたいと願うよね?


「ねえサーリプッタ、私と同じように、阿弥陀仏の、想像もできないようなスッゲエ功徳を褒め称えているブッダたちはたくさんいるんだヨ。

「東方にもまた、

 阿閦鞞《あーしゅくびー》仏(不動の(アクショー=ビヤ)ブッダ)

 須弥相《しゅーみーそー》仏(須弥《スメール》山のように大きく見えるブッダ)

 大須弥《だいしゅーみー》仏(それより大きなブッダ)

 須弥光《しゅーみーこー》仏(須弥山のように輝くブッダ)

 妙音《みょうおん》仏(妙なる音を奏でるブッダ)

そのほかいろいろ恒河沙(ガンジス河の砂の数、数学的には10の52乗)人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌(=説得力)で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言っている。


「サーリプッタ、南方世界にも、

 日月燈《にちがつとう》仏(日月のように照らすブッダ)

 名聞光《みょうもんこう》仏(名が光のように聞こえるブッダ)

 大焔肩《だいえんけん》仏(肩に大きな火が燃えてるブッダ)

 須弥燈《しゅーみーとう》仏(須弥山のように大きく照らすブッダ)

 無量精進《むーりょうしょうじん》仏(無量の努力をするブッダ)

そのほかいろいろ恒河沙人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言ってる。


「サーリプッタ、西方の世界にも、

 無量寿《むーりょうじゅー》仏(アミター=ユス…阿弥陀仏本人? 別人説もあり(汗))

 無量相《むーりょうそう》仏(たくさんの姿を持つブッダ)

 無量幢《むーりょーどう》仏(たくさんの旗布で飾られたブッダ)

 大光《だいこう》仏

 大明《だいみょう》仏

 宝相《ほうしょう》仏(宝石のような(ラトナ=サンバ)ブッダ)

 淨光《じょうこう》仏

「そのほかいろいろ恒河沙人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言ってる。


「サーリプッタ、北方の世界にも、

 焔肩《えんけん》仏(肩で火が燃えてるブッダ)

 最勝音《さいしょうのん》仏(いちばん優れた声のブッダ)

 難沮《なんそー》仏(誰も邪魔できないブッダ)

 日生《にっしょう》仏(太陽の生んだブッダ)

 網明《もうみょう》仏(網で救うような智慧で人々を救うブッダ)

「そのほかいろいろ恒河沙人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言ってる。


「サーリプッタ、下の世界にも、

 獅子《しーしー》仏(ライオン・ブッダ!)

 名聞《みょうもん》仏(みんな聞いたことある有名なブッダ)

 名光《みょーこー》仏(輝くほどよく知られたブッタ)

 達磨《だつまー》仏(真理のブッダ)

 法幡《ほーどー》仏(真理の旗のブッダ)

「そのほかいろいろ恒河沙人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言ってる。


「サーリプッタ、上の世界にも、

 梵音《ぼんのん》仏(世界の創造者のような音を奏でるブッダ)

 宿王《しゅくおう》仏(運命を支配して自由に操れるブッダ)

 香上《こうじょう》仏(すばらしい香りをもって語りかけるブッダ)

 香光《こうこう》仏(香りが輝いて見えるほどのブッダ)

 大焔肩《だいえんけん》仏(肩ででかい炎が燃えてるブッダ)

 雑色《ざっしき》宝華《ほうけー》巌身《ごんしん》仏(いろんな宝石で体が飾られてるブッダ)

 娑羅樹《さーらーじゅ》王《おう》仏(もっとも美しい木・沙羅樹のようなブッダ)

 宝華徳《ほうけーとく》仏(宝で飾られる徳のあるブッダ)

 見一切《けんいっさい》仏(あらゆるものを見ることのできるブッダ)

 如須弥山《によーしゅーみせん》仏(須弥山のようにでかいブッダ)

「そのほかいろいろ恒河沙人のブッダがいて、それぞれの世界で、三千大千世界を覆うほどの長い舌で真実の教えを説いて、『衆生のみなさん、この想像もできないほどの功徳を賞賛する、全てのブッダたちが念じ護ってるこの経典を信じなさい』と言ってる。



「サーリプッタ、わっかるかな~? なんですべてのブッダがこの経典を念じ護っているといわれるのか」

「それはねサーリプッタ。もしこのお経を受持《じゅじ》(持ってていつも唱えてる)してる善男子や善女人がこれらのブッダの名前を聞くとね、この善男子たちや善女人たちはみんな、それらのブッダを念じ護ってるのと同じことになり、みんな、阿耨多羅三藐三菩提《あーのくたーらーさんみゃくさんぼだい》(究極の最後の悟り)を求める不退転の(挫折することのない)境地を得ちゃうからなんだ。

「だからねサーリプッタ。君たちはみんな、私の語った、全てのブッダが説いてるこの経典の教えを信じなさいな



「サーリプッタ、もし阿弥陀仏の国に生まれたいと、すでに願ってたり、今願ったり、これから願おうとしたりしてる人がいたらね、全員がその国に、すでに生まれてたり、今生まれたり、これから生まれたりして、阿耨多羅三藐三菩提を求めて不退転の境地を得られるンだ。

「だからサーリプッタ。善男子や善女人の皆さんでこれを信じる人は、かの国に生まれたいと願いなさいナ。


「サーリプッタ、私が今、他のブッダさんたちの不可思議な(スッゲエ)功徳を賞賛したように、他のブッダさんたちも私の不可思議な(スッゲエ)功徳を賞賛してくれてるんだ。『釈迦牟尼仏はほんとに難しくてすごいことしてる。五濁《ごじょく》、つまり劫濁(時間経過で汚れる)、見濁(見ることで汚れる)、煩惱濁(欲望や悪意によって汚れる)、衆生濁(悩み多く生きてることで汚れる)、命濁(命があるというだけでもお前はすでに汚れてる(汗))、のあふれる悪世な娑婆《サーバ》世界で、阿耨多羅三藐三菩提を得て、そこの衆生に、信じることの難しい宇宙の真理を説明してるんだ、こいつぁスゴイぜ!』と。


「サーリプッタ、わかってくれるヨね、この難しさを。私がこの五濁の悪世で、阿耨多羅三藐三菩提を得て、そこの衆生に、信じることの難しい宇宙の真理を説明することがどれだけ難しいことだったかを……」


 ブッダはこうしてこの教説の説明を終わった。


 って、ラストはまさかグチでありますか、ゴータマ=ブッダ先生!!?

 まあ気持ちは理解できるけども、、、


 それはともかく、そこにいたサーリプッタほかの比丘たち、そして天/人/阿修羅など人でないひとたちも含めた全ての人たちは、ブッダのこの教え(阿弥陀仏に関する説明)をたいへんに喜んで、それぞれ挨拶をして去っていったのであった。


 以上が、ブッダの説いた阿弥陀についての伝えるべきこと(仏説阿弥陀経)なのである、えんいー(おしまい)。

 

阿弥陀経は、理屈の難解な般若経や専門用語大洪水な法華経あたりと違ってストレートかつわかりやすく、かつ、途中を省略せずに全文をゆっくり唱えても15~20分くらいで終わるということもあってかけっこう普及してまして、観光地のお土産屋さん兼仏具屋さんや、ときには100円ショップとかでもお手軽に漢訳経本を入手できたりします;

書かれている修行法も「阿弥陀仏の教えを聞いていっぱい名前を唱える」という単純なものだったり;


手元の資料によると、浄土真宗ではこのお経は「方便」と位置づけられているようでここに書かれていることは仮の極楽描写でしかないともありましたが、お西さん(本願寺派)のお寺でも経机にこのお経が置いてあるのを目撃しましたので、少なくとも否定はされてないのでしょう。

一方の浄土宗では浄土三部経(無量寿経/観無量寿経/阿弥陀経)を等しく重視しているそうで、葬儀や法要では一般的に阿弥陀経を読むと、浄土宗の和尚さんからお聞きしました。


後半にいろんなブッダの名前を唱える印象的な部分があるから、タイトルを聞き逃したとしても、少し気をつけて読経を聞いてたら「お、阿弥陀経じゃんか!」とすぐにわかるのではないかと♪

 

追記:テーマ曲(!?) https://utaloader.net/music/20201215133010263143

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