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虫愛づる平安京女子高生  作者: John B.Rabitan
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結びの巻

 大騒ぎの中に、私たちはいた。どよめき、叫び、人の足音。

 私と隆浩は抱きあってもつれこんで倒れたまま、ただ顔を見合わせていた。

 たちまちにどこかのお屋敷の、下人たちにとり囲まれる。

 夜明け前から始まっていた戦争の、その真っ只中に放りこまれた――私の頭の中に、そんな考えが一瞬浮かんだ。

 「幕! 幕!」

 「照明、落とせ!」

 そんな声が聞こえる。

 また、バタバタと駆けてくる足音。

 「大丈夫? けがはない?」

 見あげると、和服を着たおばさん。どうかで見たなあ……。私はキョトンとして、あたりを見まわしてみる。降ろされた巨大なカーテン。上を見上げると、照明のライト。

 「隆浩」

 「ああ」

 「戻って来たんだ!」

 「そうだよ、戻って来たんだよ。現代に!」

 もうほとんど悲鳴をあげて、私はひっくりかえったまま、隆浩ときつく抱きあっていた。

 「戻ってきたんだな、ミッコ」

 隆浩の方からゆっくり立ち上がり、そして私を起こしてくれた。今の私はあの薄いうちかけじゃなく、重い十二単を着ていた。やっとのことで立ち上がると、それから二人でまた、手をとりあった。

 「ヤッター! やったね!」

 「ああ、やったよ!」

 その時また、足音がこちらに駆けて来た。

 「美千子!」

 「お母さん!」

 私はもう何も考えずに、お母さんに抱きついていた。顔は涙でびしょびしょで、言葉も出ない。

 「ばかだね。階段から落ちたくらいで、何を大げさに」

 お母さんは、呆気にとられてるみたい。

 「けがは、なかったの?」

 「帰れた。私、帰れた」

 泣きじゃくりながらそればっかし繰り返し、私はお母さんにしがみついていた。

 「なに、ばかなこと言ってんの。早く楽屋に戻って。次のプログラムがあるんだから」

 それでも私、涙が止まらなかった。

 「おふくろーッ!」

 隆浩も涙声で叫んで、カーテンを押し上げて観客席の方へ走りこんで行った。

 

 ――二週間後

 「中間テストを返します」

 教室中がどよめく。オールドミスの古文の教師は、咳払いなんかしている。

 「実は今回のテストで、突然変異が起こりました」

 何よ、古文の教師のくせに、生物学用語を使わないでよ――なんて思っていると……。

 「小島美千子さん」

 いきなり私の名前が呼ばれた。

 「古文オンチのあなたがねえ」

 席を立って、答案を取りにいく。

 「え? 九十二点?」

 間違えたのは文法問題のうち、文法用語で答える問題だけ。

 またまた、教室中がどよめく。

 「ま、こんなもんよ」

 私は照れ隠しに大きな声で言ってから、ガハハと笑ってみせた。

 「ミッコちゃん、すごーい! どォしちゃったのーォ?」

 隣の席のルンちゃんが、かん高い声をあげてのぞきこむ。

 「まあね。これが私の、ほんとうの実力ってとこかな」

 「ミッコに何があったか、こりゃ詮索してみる必要ががあるよ」

 相変わらず、ナギは口がへらない。

 「だってミッコ、あんなにいやがってた佐々木と、今ラブラブだもんね。」

 「えーッ! ウソォ! なんでェ?」

 「え、ルンちゃん、知らなかったの?」

 「ぜーんぜん。もう、知らなかったーあ!」

 その時、全員の答案の返却が終わった。

 「はい、話やめて!」

 クラス全体が先生のことばどおりになるまでに、十数秒かかった。

 「さっきの突然変異ですけどね。小島さん、あなたは今まで古文は、二十点以上とったことなかったじゃありませんか」

 「あ、もう、ヤダ。ムカつく。ばらさなくったっていいじゃん」

 「誰でも知ってるって」

 ナギが小声で、ちょっかいを入れた。クラスじゅう、大爆笑。

 「でも、いいじゃない。今回はがんばったんだから」

 めったに笑わない先生が、今日は微笑んでる。まさか、自分の教え方がよかったからなんて、思わないでよね。

 「じゃあ、お手なみ拝見で、小島さんに読んでもらいましょう。前にやったところで、今回のテストの範囲からははずしたけど、二十七ページ。『堤中納言物語』ね。」

 私はすぐに立ち上がってページをめくった。そして、とにかく大きな声でそこに書かれていることを読み始めた。

 「テフメドゥルフィメギミノ、スミタマフカタファラニ、アゼチノダイナウゴンノオンムスメ、ココロニクク、ナベテナラヌシャマニ、オヤタチ、カシドゥキタマフコト、カギリナシ……」

 エ、エ、エ……ちょっと、待って! そのあとを私、立ったまま黙読。

 「うそォ!」

 思わず私、叫んでた。だって、だって、この「虫()づる姫君」って……。

 「どうしたの? 小島さん。たしかにすごく流暢に読めるようにはなったけど、歴史的仮名遣いがわかっていないのは相変わらずね。それに、アクセントもちょっとへんよ」

 しばらく黙ってうつむいていたあと、私は顔をあげた。

 「これでいいんですウ! 先生、何も知らないくせに! 読むのもこのままでいいんですウ!」

 先生はたじろいじゃって、何も言えなくなっていた。その間、私はもう一度、教科書の文章に目を落とした。

 「大納言」の三文字が、目に飛び込んでくる。

 それと同時に、あの人のよさそうな蜂好きのお爺さんの、優しい顔が思い出された。

 笛を吹いてくれたっけなあ、私を慰めるために。蜂をあやつった手柄話をしてくれた時は、まるで子供のように無邪気だった……。

 ――されば、まろこそ竹取りの翁にならめ――

 そう言ってくれた大納言様は、あのあとどうなったのだろう。そして大夫の君も……。

 急にまぶたの裏が熱くなってしまいそうになったので、私はあわてて席に座った。

 

 「なんか、ミッコ、へん!」

 ナギが授業のあとの廊下で、私を捕まえようとしたけど、その瞬間に救いの声。

 「ミッコ!」

隆浩が駆けて来る。

 「あーあ、彼氏のお出ましじゃ、お邪魔虫は消えるしかないね」

 やっとナギはルンちゃんを連れて、いなくなってくれた。

 「屋上、行かねえか」

 「でも、次の授業、はじまっちゃうよ。それに屋上は立ち入り禁止……」

 「いいから、いいから」

 三階の教室から、屋上はすぐ上。空はよく晴れていて、梅雨はまだこれから。

 「なあ、日本史の中村先生に頼んで、調べてもらったんだよ。俺たちが行っていた時代のこと」

 「え、やだ。しゃべったの!?」

 「バカ。言うわけねぇじゃんか。だいいち、言ったからって信じてもらえっかよ」

 「そんで、なんだって?」

 「あの戦争なあ、保元の乱だった」

 「いつ頃?」

 「平安時代の終わり頃だよ。イイコロ狙って保元の乱っていうから、一一五六年。シンウィンってのは新院で崇徳上皇のこと、左大臣は藤原頼長だった。で、結局俺たちが見てきたとおりの歴史になってるよ」

 「てことはさあ、やっぱ私たちが行ったから、歴史がそうなったってことだね。あの右馬佐という人が、言っていたとおりに」

 「そうだな。もし行かなかったら、逆に歴史は変わってたよ。先生の話聞いて、本当にそう思った。いいか、たとえば六波羅っあっただろ」

 「うん」

 「あれって、平清盛だったんだよ」

 「平家物語の」

 「よく知ってんじゃん」

 「そんくらい! いくらなんだって」

 「清盛もあの頃はまだ安芸守で身分は低かったんだけど、最初は大納言といっしょに、新院方につくことになってだろう。それがあの暗記カードのせいで、大納言が内裏方につかせたんだよな。もしそのまま新院側についていたら、新院側が勝っていたかもしんねえ。そうしたら少なくとも、後白河院政はなかったってことになる。そんで負けてたら、清盛は戦死か処刑。その後の平氏政権もなかったし、鎌倉幕府だってできなかったかもしんねえってことになるんだよ。そうなったらほんとうに、歴史が変わっちまってたよ」

 「歴史にもしもは許されない! アハ、右馬佐がそう言ってたじゃん」

 「そうだな」

 「で、大納言様は?」

 「系図によると蜂飼大納言藤原宗輔ってのが、保元の乱の直後に右大臣になってるんだって。そんで次の年には太政大臣になって、あの時から教えて六年後に八十六歳で没」

 「そうかあ。でも、大往生だね。よかった。一応出世したんだ」

 「この暗記カードの、お蔭でな」

 隆浩はポケットから、暗記カードを出した。

 「あれ? どうしたの? それ」

 「この時代に戻った時は、ちゃんと(ふところ)に入ってたよ」

 隆浩がそう言ったあと、二人して手すりに手をかけ、思いっきり平成の東京の町を眺めた。隆浩の顔は、急にマジになっていた。

 「なあ、右馬佐は地球の浄化がどうのこうのって言ってたけど、これから世の中、どうなっていくんだろうな」

 「でもどうなっても、隆浩といっしょなら……」

 「だよな。あんな時代をいっしょに体験してきたんだもんな」

 「ンもう、それだけじゃないよ……鈍感!」

 私はわざと、すねてみせた。隆浩は笑っている。

 でも、二人の心は通じ合ってるって私は信じてる。見つめているものが同じなんだ。

 もう、前の私とは違う。人を愛するってことが、やっと分かったみたい。

 「よ、御両人!」

 うしろで声がした。

 「あっ、先生!」

 いつのまにか白衣を着た山崎先生が、ニコニコして立っている。

 「ほら、次の授業、始まるぞ」

 「はーい」

 「返事は短く」

 「はいはい」

 「一回でよろしい」

 三人で笑ったあと、先生の言うとおりに私と隆浩は、教室に戻ろうとした。それなのに先生の方から、なんだかんだと話しかけてくる。

 「小島の観察日記も、ずいぶんさえてきたなあ。なんで見たこともないはずの種の、蝶の幼虫と比較できるんだ?」

 「ヒ・ミ・ツ」

 でも先生は、何かを納得したようにうなずいている。そして私たち二人を、同時に見た。

 「君たち、忘れるなよ」

 「は?」

 いきなりそんなことを言われても、なんのことだかわからない。先生の表情は、急に厳しくなってる。

 「無事に帰れて、よかった」

 「あ、京都?」

 はたして、無事だったかなあ。でも、無事に帰ってきたのはたしか。

 だけど、この先生、なんで急にこんなことを?

 「そういえば先生。京都に行く前に、京都に行くって言ったら、急に態度が変わりましたよねえ。あれ、なんで?」

 「いい、勉強になっただろう」

 隆浩はもう、顔をこわばらせていた。

 「右馬佐の言ったこと、忘れるなよ」

 「え?」

 私までもが顔をこわばらせて、隣の隆浩をつっついた。

 「しゃべったの?」

 「言ってねえ、言ってねえ」

 先生はかまわず、淡々と話し続けた。

 「君たちは、新真二十一聖紀霊主文明建設の種人として、魂霊の修錬に努める使命があるんだぞ」

 それから先生は、白衣のボタンをひとつはずし、ズボンのポケットをさぐりはじめた。

 「右馬佐に連絡しておいたのは、ぼくなんだ」

 先生がポケットから取り出した小さなカードには、「時際救助隊隊員証」と、書かれてあった。

 

 

 (虫愛づる平安京女子高生  おわり)

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