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小学校の時、クラスに霊感の強い子が必ず一人はいたように思います。
ごくっ。
給食を噛まずに飲み込んだような音が、あちこちから聞こえた。
うちの班だけではなく、教室中、しいんと聞き耳を澄ましているようだ。
例外は、一番後ろ、最も出口に近い場所で好きな者同士くっついて食べている、ヒエラルキー上級者たちだ。
ぎゃははげらげらと唾を飛ばしながら給食を食べている。
この女子たちは、自分たちが虐めているコロンブス子について、実に詳細なオモシロ設定をでっちあげるくせに、本人から真実を聞こうと言う気がない。
「え、なに、ブスブス子がなんか言った」
程度だろう。
いつもより静かな教室に、給食の間だけ流れる音楽と、勝気な女子たちがげらげら笑う声がよく響く。
愛ちゃんはごはんを食べながら、「この馬鹿」という目でわたしを睨んでいた。
わたしは「いいんだよ」と睨み返すと、俯いてぶるぶるしているコロンブス子に、音量を抑えた声で再度聞いてみた。
すると、蚊の鳴くような声で「コロンブスって良い名だと思ったからって言われた」という返事が返ってきた。
どよーん。
コロンブス子が発言した瞬間、重たく灰色のオーラが、まるで静寂な水面に石を落としたかのようにぶわっと広がり、班を、教室を――否、学校中を覆い尽くしたようだ。
これは重い。
なにごとかと思う程重い。
班の子たちは使っていた先割れスプーンを次々に落とし、ちゃりんちゃちゃりんと床に当たって派手な音を立てた。
隣の班の子たちは次々に牛乳を口と鼻から吹き出し、この牛乳には異物が混入しているのに違いないと訴え始めた。
ちかちかちかっ。
蛍光灯が唐突に点滅を始める。
おまけに屋上から「ぐがーぐがー」と、烏が鳴く声が聞こえた。
「悪霊よ。悪霊が入って来たわ」
自称霊感少女の有田さんが、いきなり立ち上がって叫び、目を閉じてお祈りを始める。
すると、有田さんの信者の女子数人が、わっと沸き立ち、霊よ、霊がいるのよ、みんな指でクロスを作って、と騒ぎ始めた。
(こないだ放課後でコックリさんをやって、翌日、まだコックリさんがお帰りにならないと騒いでいた連中だ)
すごい波紋に気後れしながらも、わたしは周囲の動揺を眺めていた。
おまけに、このタイミングで、お昼の放送の音楽が、なぜか恐怖映画のワンシーンの様な怖いものに切り替わった。
デロデロデロデロ……。
「ひゃあっ」
「ぎゃっ」
隣クラスの方からも悲鳴が上がった。
多分、機材の不具合か、放送委員のミスだろう。
嫌な音楽は数十秒ほど流れたが、いきなりぶつんと切れ、がちゃがちゃ耳障りな音が聞こえたかと思うと、また楽しく穏やかな選曲に切り替わった。
「えー、今のは間違いです。すいません。引き続き給食を楽しんでください」
放送委員長の羽黒君の淡々とした声が放送で流れた。
だけどわたしたちは、羽黒君の背後で、お昼担当の放送委員の子たちが焦った声で、なんだったの今の、怖い、と言い合うのを、ばっちり聞いてしまったのである。
(怪奇現象を引き起こす、コロンブス子の声……)
「ぎゃはははは、なにこれウケルー」
件の上級ヒエラルキー共は余裕で笑い転げている。
もう給食を食べてしまっているようだ。
がたがたと立ち上がり、配膳車に食器を片づけてしまうと、みんな数珠つなぎになって教室を去っていった。
去り際、コロンブス子の側を通り抜け、連中はじゅんばんに、
「ブスブス子」
「猫もまたいで通るブス」
「犬も食わないブス」
「頭隠してブス隠さず」
などと、聞こえよがしに呟き、くすくすと楽しそうに笑っていった。
班の子たちや、その呟きを聞いてしまった子たちも、やっぱり無言で俯いて、聞かなかったふりをした。
しばらく呼吸すらできないような沈黙が落ち、がらがら、ぴしゃっと彼女たちが教室から去ってしまってから、ふうーと、みんな息を吹き返したようである。
(やっぱり、みんなコロンブス子を虐めたいとは思っていないんだよな……)
いつものことなので、コロンブス子は反応しない。
俯いて黙っているだけである。
わたしが茫然とし、周囲の子たちがスプーンを拾い上げたり、噴いた牛乳を綺麗にしたりしている間に、愛ちゃんは自分の給食を平らげてしまっていた。
そして、ちょいちょいと指で合図し、唇だけを動かして
「あとでちょっと話そう」
と、言った。
愛ちゃんの目に、不穏なものが宿っている。
わたしはちょっとだけ、わくわくした。
放送委員ってかっこいいな、と思っていました。