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第八話:邪悪の島

 目と、目と、目。

 いくつかある篝火の周りに、薄らと光る目がうろついている。

 炭のような肌を持ち、背の低い上に腰の曲がっている小鬼が、桃太郎達を見返しているのだ。

 灰まみれの鬼ヶ島と海の(きわ)、黒い岸が近付く。篝火は黒い(かね)の棒を組んだ台に焚かれている。

 何匹もの小鬼が顔を寄せ合い、しゃがれ声で囁き合う音が聞こえる。長老の言っていたとおり、大きさは人の子供と同じくらいだ。群れを成す数は十か、二十か。


 犬は大きく唸って舟の先に乗り出す。威嚇の声を太くする。

 岸に集う小鬼の数が増える。新たな篝火が灯される。小鬼のしゃがれ声に、しい、しい、という威嚇のような音が交じりはじめた。

 桃太郎は漕ぎ続けていた()を手放し、ずんずんと舟の先へ向かった。こわい思いはひとつもなかった。


 「俺は、桃太郎! かつてこの鬼ヶ島を封印した英雄の子である! 悪事を続ける鬼共を成敗しにまいった!」

 小鬼達はざわめき、興奮しはじめた。鬼のかたきがやってきた、桃太郎、鬼のかたきの桃太郎!

 舟が岸につき、岩に当たって止まる。

 桃太郎はずわと刀を抜いて、切先を鬼達に見せつけた。

 「俺はお前達の親玉を討つ! 命が惜しくば、道を開けよ!」

 桃太郎が舟から飛び降りたと同時に、群れの中から数匹が飛び出した。


 小鬼はそれぞれの方向から桃太郎へ向かって、水を跳ねさせて突き進んできた。前のめりに走る姿は猿に似ていてすばしこい。

 桃太郎は間合いを見極めながら右足を引き、腰を落として敵を待つ。

 犬が一匹の小鬼に吠えかかって肩に噛みついた。小鬼は悲鳴を上げて転がり、慌てて犬から逃げていった。

 別の一匹の前へは、猿がけたたましい怒声を上げて走り出る。小鬼は猿に掴みかかろうとしたが、身軽な猿は容易くかわす。そこに雉が飛び込んできて、踵の鋭い爪で小鬼の脇腹を蹴り上げた。


 桃太郎の前へは二匹だ。まっすぐに向かってくる小鬼達は刀をこわがっていなかった。おそらく、桃太郎の刀に邪気を斬る力が備わっているとは思っていないのだ。

 二匹の動きがよく見える。桃太郎に近いのは右の鬼。小鬼が大きく跳ねたとき、桃太郎は右足を前へ踏み出した。

 足首まである水が桃太郎に蹴散らされて弾ける。川より浅く、流れもない水。桃太郎の動きを妨げるものにはなりえない。

 この小鬼が斬られる姿は桃太郎の頭の中に浮かんでいた。

 そのとおり、桃太郎の刀は小鬼の左肩へ入っていく。


 刃を受けた鬼の身体は、瞬く間に灰混じりの邪気の霧と化した。黒い霧は空気に溶けるように薄くなっていき、あとには舞う灰だけが残る。桃太郎は小鬼の身体が散っていく様を眺めながら左の足を大きく踏み出す。

 桃太郎の体は左の前から来ていた小鬼を正面に迎えた。小鬼はいまさら止まれず、黒い石のような牙を剥き出しにする。

 振るわれた刃は、小鬼の腹を真横に過ぎた。

 二度目の灰を被ってなお、刀は違う世界の物のように清らかなままだった。


 犬達が相手にしていた小鬼は既に仲間のもとへ引き返している。岸から様子見をしていた小鬼達の間に驚きと戸惑いが広がっていた。

 猿が鼻を鳴らした。

 「お猿の子供達の方が、よほど上手に力を合わせられるってもんだ」

 桃太郎は「行くぞ」と言って駆け出した。小鬼達に考える暇を与えたくない。

 あとじさりをする小鬼の群れに桃太郎達が迫っていく。小鬼達はどう動くかを決めきれず、しいしいと威嚇の声を重ね合うばかりだった。


 桃太郎は小鬼達の威嚇をかき消すような大声で言い放った。

 「俺を通せ! 退()かねば斬る!」

 それに続いて犬が勇ましく吠え、桃太郎の前へ出る。「噛むぞう!」と白い牙を見せつけると、小鬼達はたまらず散っていった。

 小鬼達はさぞ混乱していることだろう。受けた傷が治らないという、陥ったことのない状況に。これまでは傷つけることはあっても、傷つけられることはありえなかったのだ。


 桃太郎はできるだけ早く岸を離れようと走った。

 このように開けたところでは、四方から大勢に襲いかかられるとやりにくい。岸に居た数くらいなら全て斬り払える自信はあるが、その間にどこからか別の小鬼が集まってきてしまうかもしれない。どこまで増えるか分からない小鬼を相手に体力を削り続けるわけにはいかない。

 島の地面はごつごつとした岩の面と、それを覆う灰ばかりで、草や土はどこにもない。桃太郎は岩の細かな凹凸や砂利の粒を足の裏に感じながら走り、島の真ん中を目指した。小鬼達は威嚇の音を聞かせながら遠巻きに追ってきていたが、あまり足が速くなかったためにだんだんと遠ざかっていった。


 岸を離れて進むうち、地形は徐々に険しく変わっていった。地は起伏を増し、あるところに緩やかな傾斜があれば、あるところには砂利が流れ落ちるほどの急な崖がある。地面がずれて段々になっているところや、高低の差が広がって壁のようになっているところも見られる。そちらこちらにはいろいろな大きさの岩がごろりと転がっていて、桃太郎達を走りにくくさせていた。

 大きな岩の陰に鬼が潜んでいないか、雉が先回りをして確かめていく。桃太郎達はところどころにある篝火の灯りが届くところを進んでいく。


 「鬼がおらんな」

 いつ鬼が飛び出してくるかと気をつけていたが、陸に上がってからはまだ鬼を見ていない。小鬼はみな岸に集まっていたということだろうか。

 できればこのまま何からも見つからずに進みたい。そう思いつつも、何も居ない楽な道ばかりを行ったとして、その先に鬼の親玉がいるということはないだろうとも思っていた。

 道はもっと荒くなる。のぼったり下ったりの傾斜よりも、道を狭める大岩の方が桃太郎の進みの妨げになった。桃太郎の腰の高さまである大きな岩や、背よりも高い柱のような岩。また、足元に転がる大小の石が、前だけを見て走り続けることを許してくれない。

 岩が増えると岩の陰も増える。雉はより忙しくなって、何度も羽を休めながら、岩の陰をひとつひとつ確かめていった。猿も桃太郎の前を走って、鬼の気配に耳を澄ました。


 猿が雉に叫ぶ。

 「この岩、ずっと続くのか!」

 「見える限りは続いている! 待て、そちらは下りだ」

 雉は高く飛べないながらも懸命に羽ばたいている。島を薄らと覆っている霧のせいで、空からでも遠くの方までは見通せないようだ。

 桃太郎は犬を呼んだ。

 「犬や、鬼の気配を嗅ぎ取れぬか! 畑で見つけた金の輪の匂いはどうだ」

 「臭いぞ! どこもかしこもくっさい! みんなくっさい!」

 「ううむ!」


 来た道は既に霧に紛れて見えなくなっている。起伏の大きな荒々しい地形が続き、前と後ろも分かりにくい。しかし頂上のある方向は分かる気がした。走り続けるうちに、島の全体がひとつの大きな隆起となっていることを体で感じられたからだ。雉の目も頼りにして進めば迷ってしまうことはないだろう。

 「桃太郎殿、篝火が減っているように見えます。足元にお気をつけくだされ」

 雉の言葉に頷いて返しながら、桃太郎は焦りを覚えはじめていた。この岩場はいつ終わるのか。走りにくくて気が逸れる。足元に転がる重たい石を蹴らないために、桃太郎は小走りになってしまっている。

 この石や岩はどうやってここまで転がってきて、なぜここにばかり溜まっていったのか。火山とはこうも険しいものなのか。

 これは、自然に生まれた地形なのか。


 「一度、道を外れたい!」

 危険を感じて言うと、猿はすぐに意を察して下りの傾斜へ進んだ。

 小さな崖をふたつほど滑り下りると、篝火は更に減ったものの、意地悪な岩もぐっと少なくなった。やはり、篝火に沿ったあの難しい道は鬼達が敵を誘い込むために仕掛けたものだったのかもしれない。

 「だめだ、桃太郎さん。なんだか臭くなってきたぞ!」

 「なんだと、この先か?」

 「この先か、下の道のような気も……うう、分からない!」

 桃太郎はざっと周りを見る。暗闇に動くものは今のところ見当たらない。

 「雉よ、何か見えるか!」

 「暗くてよく見えませぬ!」

 「猿よ、上へ戻って……ううむ、しかし」

 「ふん! 悩んだらまっすぐだ!」

 猿はまっすぐに行った。桃太郎は猿に従った。

 「分かったぞ!」犬が吠えた。「上と下、どちらも臭いのだ!」


 そのとき、上の道の方から鬼のしゃがれ声がした。

 桃太郎め、鬼のかたきの桃太郎め、もう少しだったのに――。

 鬼達は走る桃太郎達を見下ろし、崖の向こうに姿を隠した。

 そして、反対の側、下の道から起こるのは威嚇の声だ。上の鬼達と挟み撃ちにするつもりで潜んでいたのだろうか、犬に気付かれた途端に鬼達は気配を露わにし、桃太郎達のもとへ一散に詰めかけてきた。

 桃太郎は走った。早く、どこか戦いやすいところを見つけなければ。

 鬼達の気配が近付いてきている。桃太郎に敵意を飛ばして走ってくる。連なるたくさんの足音が背に迫る。

 前を駆けていた猿と犬が身を翻し、吠えながらびゅうと桃太郎の背後へ飛びかかった。身の打ち当たる音、小鬼の怒声。


 「桃太郎殿!」

 「分かっている!」

 桃太郎は辿り着いた大岩の前で反転し、振り向きざまに刀を振り下ろして小鬼を()った。見開かれた鬼の目がさらりと消える。

 雉が「左に!」と鋭く鳴く。

 桃太郎は左へ足を出す。手首と刃先が向きを変える。振り下ろされたばかりの切先は、襲いかかってくる小鬼を斜めに斬り上げた。

 見えているぞ。桃太郎はまた手首を回し、刀を真正面に高く振りかざした。灰と化していく小鬼の後ろで、別の小鬼が片手に持った石を振り上げていた。

 踏み出された桃太郎の足が地を打つ音と、刃が空を切る短い音。漂う邪気ごと叩き斬り、石だけが地面にごとりと落ちた。そのあとに続こうとしていた鬼は踏みとどまった。

 やや離れたところで猿が荒々しく吠えた。小鬼に爪を立てて怯ませ、くるりと振り返って桃太郎のもとへ走ってくる。猿に飛びつこうとした小鬼を雉は見逃さず、勇ましく鳴いて蹴りつけた。


 小鬼達が、刀を避けろ、刀を避けろと言い合っている。

 避けられるものならば、だ。桃太郎はもう、小鬼の動きをだいぶ覚えてきている。

 小鬼達はまっすぐに飛びかかってくるのをやめ、桃太郎の脇や背に付け入ろうとしはじめた。

 「諦めて退け!」

 数の力で押し切ろうとする小鬼達に対して、桃太郎は気をたゆめず刀を振るう。振るうほど頭は冴えていく。斬るほど動きは磨かれる。

 背は大岩に守らせている。脇は猿達が守ってくれる。

 鬼の数はなかなか減らなかった。上の道で待ち構えていた鬼が下りてきているのだろうか、それとも、他のところからも新たに集まってきているのだろうか。倒す数より増える数の方が多いのならば状況は苦しくなる一方だ。


 「ああ! 上です!」

 雉の悲鳴。桃太郎が空を仰ごうとしたとき、犬が猛々しい吠え声を轟かせて桃太郎に飛びかかった。桃太郎は刀を下に向け、犬へ肩を差し出した。

 肩を足場に犬が跳ね上がる。頭上の高くで小鬼の叫び声がした。桃太郎はそちらを見ず、雉の後ろに迫っていた小鬼の胸を貫いた。

 雉の後ろに灰が散る。犬の牙を受けた小鬼は地面にどたりと落ち、這いずって逃げる。

 猿が雉へ「()けるな!」と怒鳴る。雉はふるふると頭を振って、己を叱るように強く鳴いた。


 「桃太郎さん! あちらから人の匂いがした!」

 「ひ、人だと!」

 犬からの思わぬ言葉に桃太郎は鬼から目を離してしまいそうになり、慌てて気を取り直した。

 「そうだ! 少なくとも、鬼の匂いではない!」

 その匂いは桃太郎の背にしている大岩の向こうに続いているという。桃太郎は言葉を返せず、無言になって小鬼を蹴散らした。どこかに人がいるのか、それとも人の匂いのする物があるだけなのか。いや、考えてもしかたがない。行くに決まっている。

 猿が叫んだ。

 「桃太郎! 上のやつら、石を投げるつもりだ!」

 崖の上から小鬼の目が覗いていた。あちらには大きな石がいくらでも転がっている。

 「走るぞ!」

 桃太郎達は大岩の裏へ回り込み、石の雨が降りだす前に逃れた。小鬼達に背を向ける間際、犬に噛まれたあの鬼がまだ立てずにいる様子が気にかかった。


 迷わず走っていく犬の後ろを桃太郎はついていった。

 行く先にも小鬼はいたが、群れになっていないために弱気だった。猿が威嚇をするだけで道を開け、距離を置く。

 後ろから追ってくる小鬼の群れの威嚇は、またしてもはやばや遠ざかった。

 「人の匂いも何かの策ということはないだろうな」

 先回りをしてどこかで待ち伏せをするつもりかもしれない。桃太郎は辺りに妙な気配が無いか、よく目と耳をはたらかせながら走った。

 篝火はわずかで、見通せる距離は先程までより短い。だが、走るのに困ることはなかった。平らな地面に散らばるのは細かな砂利ばかりであり、危ないような岩はない。


 犬はとっとっと走っていく。暗闇の中をまっすぐ、まっすぐ。桃太郎達は、ぽつんと見えたひとつの篝火へ向かっていた。

 篝火の台の隣に細長く黒い棒が立っているように見える。(かね)の杭だろうか。

 更に近付くと、犬がその杭へ吠えかかった。

 杭の根本に目を凝らす桃太郎。そこに見えたのは、篝火の灯りを受ける人肌の色だった。


 ああ、と桃太郎は悲鳴をこぼし、横たわる若い男に駆け寄った。

 「起きてくれ、起きてくれ!」

 杭の根本に両手を縛られ伏していたのは、鬼に村を襲われて賊に成り下がっていたあの男だった。鬼に手を貸し、それを隠して桃太郎に詫びたあの男だ。

 男は肩を揺すられると、小さく呻いて目を開けた。

 「お前、桃太郎……」

 生きている。

 「そ、そうだ、桃太郎だ! お前はなぜこのようなところに」

 男は桃太郎を見、犬や猿や雉を見、徐々に目を見開いていった。


 男の手首を縛る縄に猿が噛みついている。太い縄は灰で汚れていたが真新しいもので、噛み切るのは大変そうだった。

 桃太郎が縄を断ってやろうと腰を浮かしたとき、男が勢い良く起き上がった。

 「桃太郎、逃げたんじゃなかったのか!」男は声を潜めて怒鳴った。「鬼が村に行ったときにはいなかったんだろう! どうして戻ってきた!」

 「鬼が来ると分かって村を出たわけではない。分かっていたら、出たはずがない!」

 「でかい声を出すな! はやく逃げろ!」

 「俺は逃げぬ!」

 そのときだった。猿が恐ろしげな叫び声を放って桃太郎の胸に飛びついた。よろめく桃太郎の頭上を、何か大きなものが飛び越えていった。

 それは桃太郎が立ち上がるのを待たずに地面と打ち当たり、大きな音を立てて砕け散った。

 わずかの間、みなの息が止まる。砕けた岩、その破片がばらばらと落ち、地を鳴らす。

 あの岩を投げたのが小鬼であるはずはない。桃太郎はぐっと気を入れ、岩の飛んできた方を静かに、速やかに振り返った。


 遠くで、ひとつの火が揺れていた。火は黒い手の中にあった。

 岩を投げたのはあの手の主か。あそこから投げたのだとしたらとんだ腕ぢからだ。桃太郎はじりじりと足をずらし、捕らわれている男を隠すように立つ。

 黒の手が握っているのは燃える木片だった。それの放つ明るい火がゆらりと持ち上げられ、その先で大きな炎を生み出した。篝火の台に火が灯されたのだ。

 盛る炎に照らされて、煤を塗ったような黒い肌が浮かび上がる。赤い炎が鬼の目を光らせる。篝火の高さと比べて考えるに、鬼の背丈は人よりもずっと高いように見えた。背はいくらか丸まっていて、腰はそう曲がっておらず、丸太のように太い腕や首が力強く張っている。


 桃太郎は目を動かさず背後を気にした。縄を断って男を逃がしたいが、桃太郎が背を向けている間に鬼が待ってくれるはずはない。

 桃太郎は強い声色で男へ問うた。

 「答えよ。ここに小鬼共はいないのか」

 「小さい方の鬼はほとんどこない。気性の荒いあの鬼をこわがっていて、この辺りには近寄らないようだ」

 「あれは鬼の親玉か」

 「……違う。大鬼はあんなもんじゃない」

 「分かった」


 犬が前へ出て低く唸る。

 すると鬼はもっと低く大きな唸り声を響かせた。声に表れる暗い気色(きしょく)は桃太郎への敵意を示している。

 犬は鬼の放つ怒りに負けてしまい、声が弱く、尻尾が低くなった。

 桃太郎は鬼を睨みながら、早口で言った。

 「猿よ、縄を千切ってこの男を逃がせ。雉よ、近くに小鬼がいないか見回ってから猿を手伝え」

 猿はすぐに縄に噛みつき、雉は音もなく走り去った。


 鬼の目がぎらりと燃える。鬼は言葉なく、一歩を踏み出した。

 桃太郎は腹の底に力を込めた。

 「犬よ、恐れるな! 俺は恐れておらぬぞ!」

 犬は尻尾を高く立て、ありたけの声で吠えた。



 真正面から走り込んでくる桃太郎に、鬼は大きなこぶしを振りかざす。桃太郎は足を緩めて調子をずらし、鬼のこぶしを何もないところで振り抜かせた。伸び切った腕の横を駆け抜けて背に回り込もうとするが、鬼の長い腕は魚の尾のようにぶるりとうねって引き返し、岩石のような肘を突き出して桃太郎の背を狙う。

 犬が鬼の腕に牙を立てんと跳ね上がった。鬼の動きがわずかに迷い、桃太郎は地面に飛び込むように転がって鬼の肘を逃れた。

 鬼は腕を高くして犬の牙をかわした。犬は腕の下を飛び抜けた勢いのままにまっすぐ走り、勢いを殺さずぐるりと反転した。

 鬼は犬から目を外し、桃太郎へ体を向けた。犬が騒がしく吠えるが気に留めない。桃太郎の刀から目を離したくないのだろう。


 あの長い腕に捕まるわけにはいかない。

 桃太郎は腰を落とした低い姿勢で、またも正面へ走り込む。できるかぎり体を小さく、守りを強く。こぶしでも腕でも、間合いに入ったものから斬るつもりだった。

 鬼は自分が手を出せば刃を受けてしまうと察したか、ぐうと声を呑みこぶしを引いた。しかし、足は引かなかった。鬼は桃太郎を睨み、前に出した左足に重みをかけ、待った。

 桃太郎はすぐに鬼の狙いが分かった。だが、間に合わない。


 鬼は弾くように地面を蹴り上げ、灰混じりの砂利を高く撒き散らした。桃太郎はぐっと目を細くして顔を背ける。頬や額に小石が叩きつけられる。息も吸えない。

 避けなければ。鬼の腕はどこにあるのか。どちらへ飛べばこぶしをかわせるのか。左、右。それとも後ろか。ぼやけた視界は頼れなかった。音や匂いに意識を傾け、鬼の動きを探る。

 右の上の方で腕を振りかぶる気配。では、飛ぶべきは左か。

 「こちらです!」

 雉の声に桃太郎は鋭く地を蹴り思いきり右へ飛んだ。


 鬼が苦しげな叫び声を上げた。桃太郎は雉が羽ばたき去る音を聞きながら横に転がり、起き上がる。

 鬼は左腕を高く掲げ、肘に食らいついている犬を振り落とそうとしていた。桃太郎は刀を握り直しながら走り寄る。

 目を剥いてしがみつく犬に鬼の右手が伸ばされる。桃太郎が離れろと叫ぶと、犬は口を離して地に落ち、急いで起きて距離を取る。桃太郎もいくらか後退し、顔に浴びた砂利を素早くはたき落とした。

 低い呻き声。鬼の左の肘から、霧のようなものが薄く立ちのぼっていた。


 やはりだ、効いているぞ。桃太郎はかたわらの犬へ言った。

 「犬よ、お前の牙は鬼に傷を与えられるようだ。わずかながら桃の力がはたらいているのだ」

 鬼の呻き声に、おどろおどろしい怒りが混ざりはじめる。鬼も、犬の牙が自身を脅かすものだと理解したのだろう。敵意の向く先は桃太郎だけではなくなった。鬼の目はしかと犬を見据えている。

 犬の牙を気にしなければならないとなれば鬼は動きにくくなるだろう。桃太郎は動きやすくなるかもしれない。しかし、桃太郎は犬にもこぶしが振るわれるようになることが不安だった。

 犬が、ごう、と太く吠えた。

 「おれは、もっと役に立てるということだな!」

 自信のみなぎる強い声に桃太郎の心配は打ち消される。気をかけてやる必要は無かったのだ。犬は強く、桃太郎より素早いのだから。

 「そうだとも、犬よ! 頼りにしているぞ!」

 犬と並び、桃太郎は駆け出した。


 鬼は守るばかりとなった。右のこぶしや大きな足を振り回し、桃太郎の刀と犬の牙を遠ざける。特に桃太郎との間合いを気にしていて、後ろへ引いたり横へずれたり、逃げに偏って動いていた。

 桃太郎は近付いたり離れたりを繰り返して鬼の間合いを掴みきろうとしていた。あの腕はよく伸び、よく曲がる。肩も腰も広く回るので、見た目の腕の長さしかないと思って動くと捕まってしまう。左の腕はいくらか勢いを失っているものの、犬が牙を剥こうとすれば力強く動いて犬を追い払った。

 最も気をつけるべきは岩をも掴み上げた手の力だ。あれに一度でも掴まれてはいけない。鬼がこぶしを開いて桃太郎達の隙を狙っている間は、すばしこい犬もあまり近寄れなかった。桃太郎が刀を盾のように身に添えて刃を見せつければ、鬼は嫌そうに呻いて手を引っ込ませた。

 鬼の動きはよく分かった。それでもふところに入ることはできず、腹にも胸にも刃は届かない。首を狙って飛び上がるのは桃太郎の胴を明け渡すようなものだ。

 あとひとつ、鬼の隙がほしい。


 犬が鬼の左腕に飛びかかる。鬼は身をよじってかわしながら犬へ左腕を振り下ろそうとした。犬は鬼の足を踏み台にして跳ね、外へ逃げる。

 鬼は手を伸ばして追いかけようとしたが、顔を歪めて肘を引く。痛めた肘では激しい動きを続けられないのだろう。桃太郎が刀を振りかざして詰め寄ると、鬼は砂利を蹴り上げながら後ろに下がった。

 鬼の背の向こうに光が見えた。鬼が灯した篝火だ。

 雉の羽ばたく音が近付く。

 「縄はもうすぐ切れますぞ!」

 「よし!」

 桃太郎は間を開けず鬼に迫った。雉も鬼の頭へ突き進む。

 鬼は雉を払いのけようと腕を上げつつ、桃太郎が近寄るのに合わせて一歩下がる。犬が吠えかかり、また下がる。桃太郎は攻める勢いを強める。


 もう一歩だ。桃太郎は大声で鬼を威嚇した。

 鬼の踵が、篝火の台に音を立ててぶつかった。

 足踏みを強いられ、鬼は目を歪める。桃太郎はなお叫び、大きく刀を振りかぶった。

 体勢を悪くした鬼は避けることができなかった。鬼は吠え、左の腕で胴を庇う。

 振り降ろされる刃。手首が落ちる。

 鬼は叫び、崩れていく腕の先を振るって桃太郎を押し飛ばした。

 投げ倒された桃太郎は、胸の中身が揺れるような衝撃に耐え、二の太刀を狙って走る。

 鬼は倒れなかった。足に噛みつこうとする犬を避けることもしなかった。

 鬼は足元に右手を伸ばし、篝火の台を掴んで振り上げた。


 燃える木片が撒き散らされる。雉が喉を破くような叫び声を上げた。桃太郎ははっと上を見る。雉は天地を見失ったように羽の動きを乱していた。

 鬼の頭上に掲げられた(かね)の台。それが、空高く投げ飛ばされた。

 台は雉のわずかに上を過ぎていった。雉は羽をばたつかせながら地面に落ちる。

 桃太郎は後ろを振り返って叫んだ。

 「逃げろ!」

 重い金の台は高く高く飛び、杭に繋がれた男のいる方へまっすぐに向かっていた。

 男が猿へ何かを叫んでいるが、猿は逃げない。がちりと咥えた縄を引き千切ろうとして体をめいっぱいに突っ張らせている。

 男は宙を舞う台をきっと睨み、叫んだ。

 「前見ろ、桃太郎!」

 桃太郎は真後ろに迫る気配に気付いて飛びのいた。重いこぶしが空を切る音が鳴る。鬼の方へ向き直る直前、猿が男に蹴り飛ばされる姿が見えた。


 鬼の右腕がまた迫る。桃太郎は足の踏ん張りを利かせられず、転びながらかろうじてかわした。

 動きが速くなっている。鬼はもう刀を恐れていないのだ。そのような目ではなかった。犬が足に食いついてきても構わず、力任せに引きずっていた。

 桃太郎は後ろ向きに走って距離を取ろうとしたが、長く背を見せていた不利は消せない。刀を両手で構えることもできなかった。

 食らいついて粘っていた犬が投げ出され、高い声で小さく鳴く。

 視界の外、桃太郎の後方で、重い何かが地面に落ちた音がする。がしゃりと跳ねて、転がる。


 桃太郎は胸の冷える感覚に呻きながら歯を食いしばり、右手のみで刀を振り上げた。鬼の右腕を狙って下ろした刃は、届かない。

 斬らされたのは肘までしかない左腕だった。刃筋は狂い、力も足りず、刀身は鬼の腕を断ち切れずに止まった。

 声を上げて力を込めても及ばず、刀の柄は桃太郎の手を離れた。鬼が左腕を後ろへ振り切って、大切な刀が、鬼の背のずっと向こうへ飛ばされる。鬼の左腕は更に崩れ落ちる。

 無傷の鬼の右手が、桃太郎の左肩へ伸びる。息が止まりかける。

 桃太郎は恐怖を追い払うように息を吐き、鬼の目を睨んだ。

 ぐいと身をよじって左肩を引く。桃太郎の体は鬼の腕の内側へ入り込み、鬼の右手は着物を掠めて行き過ぎる。

 桃太郎は鬼の勢いに合わせて後ろへ飛びつつ、伸びた肘に抱きつくように腕を回した。


 鬼は右腕を引き戻そうとしたはずだ。

 鬼は、なぜ右腕が勝手に前へ進み続けたのかが分からないでいるはずだ。

 なぜ大きく重い身体が浮き、地面へ飛びついてしまったのか。


 桃太郎は鬼を投げたわけではない。勢いが止まらないよう、止められないよう支えてやっただけだった。

 ひっくり返った鬼に背を向け、桃太郎は刀のもとへ走ろうとした。

 だが、しぶとくも鬼の右手は桃太郎の足首に届いた。

 ざらりとした感触に怖気(おぞけ)立つ。

 悲鳴を喉の奥に押し留めた次のときだ。甲高い猿の鳴き声が桃太郎の足元に飛びかかった。

 鬼の指が緩まって、桃太郎は前へ転んで足を抜け出させた。這いつくばる桃太郎の後ろで、鬼が怒りを露わに大きく吠える。猿の細い悲鳴が遠ざかる。

 止まるな。恐れるな。桃太郎は次の手を探した。


 桃太郎が手をついて顔を上げる間に、鬼の吠え声はまた足元にまで迫っていた。

 想像がつく。いま振り向けば大きな目が桃太郎を見ているのだろう。桃太郎の命を狙う目があるのだろう。

 桃太郎は振り向かず立ち上がろうとした。浮かせようとした腰を、鬼の重たい手が叩くように押さえつけた。

 苦しさに眉を歪める。前を睨み、腕で這い進もうとする。

 負けてなるものか。心を倒されてなるものか。


 「俺は、一人前の……」


 桃太郎は目を見張った。暗闇に、駆けてくる人の足が見えた。

 男の声。

 「伏せろ!」

 桃太郎は地面にぶつける勢いで顔を伏し、額を砂利に擦り付けた。

 足音が顔の横を過ぎたと同時、鬼の吠え声が、苦痛の叫びに変わった。


 叫び声は間もなく途切れる。

 桃太郎を押さえつけていた重みが消えた。

 鬼の匂いも、敵意も、怒りも消えた。


 少しの間、あるのは荒い呼吸と咳声(せきごえ)だけになった。

 桃太郎は体を起こして息を整える。目の前に大切な刀が差し出された。

 「借りたぞ」

 男は桃太郎に刀を受け取らせ、右肩を抱えて座り込んだ。具合を尋ねる桃太郎に、縄を千切ったときに痛めたのだと答える。男はあのとき、猿を蹴飛ばして遠ざけたあと、切れかけていた縄を一か八かで力任せに千切ったのだった。

 そうか、と桃太郎はため息をつく。男が生き延びたことを心から喜んでいた。

 倒された篝火が弱々しく燃え続けている。

 暗いが、よく聞こえる。走ってくる犬の元気な呼吸や、雉の羽ばたきと歓声。猿の悲鳴じみた呼び声。


 「桃太郎、桃太郎! ももたろうー!」

 「無事だ」

 「う! うう……そうに違いねえ。桃太郎は一人前の男だ……」

 猿は自分に言い聞かせるように呟きながら、桃太郎の体をぺたぺたと触って傷を隠していないか確かめた。

 犬が猿を押しのけて桃太郎に飛びつき、大きく舌を出して頬を舐めた。犬の舌が真っ黒になる。

 「桃太郎さんが負けないことは分かっていた。おれも役に立ったからな。役に立っただろう?」

 「うむ、その通りだ。もう舐めるな、体に悪そうだ」

 桃太郎は着物の袖の、あまり汚れていなそうなところを探して顔を拭った。

 肩を抱えた男の前には雉がいて、心配そうに顔を覗き込んでいた。

 桃太郎も男の前まで寄った。


 「動けるか? 動けるようなら……ううむ、どうしようか」

 男は顔をゆっくりと上げた。疲れと、焦りが見えた。

 「構わなくていい。俺を囮に使いたいんなら喜んでついていくが、そうじゃないなら置いていってくれ」

 「妙なことを言うのではない。まあ、ここで身を潜めておく方が良いかもしれないな」

 「俺は本気だ。あの大鬼を倒せるなら囮でもなんでもやってやる。だから――」

 男はいきなり両手をついて、頭を深く下げた。

 「なんだ、どうした」

 「頼む……俺の息子を取り返してくれ」

 「ど、どういうことだ!」

 桃太郎は顔を寄せて問いただした。

 人質として連れて行かれたんだ、と男は話した。


 男から子を奪い取った鬼は、金の輪を埋めるという約束を果たすまでは子供を返さないと言った。しかし、強いられたその約束を男が果たしても、「埋めたというのが嘘ではないと分かるまで」と約束を変えて子供を返そうとしなかった。男を手下のように扱うことに味をしめたのだ。鬼達に約束を守るなどという心は無かった。

 それどころか、男が怒りを堪えられず鬼に詰め寄ったことに機嫌を悪くして、家族の目の前で男を叩き伏せて連れ去ったのだった。


 「人を傷つけてきた罰だと責めてくれていい。だが、子供は何も悪くないだろう。この島のどこかで怯えていると思うと、たえがたいんだ……!」

 男は顔を伏せたまま嘆いた。

 雉は桃太郎から事情を聞き、わなわなと震えた。桃太郎も同じ気持ちだ。


 桃太郎は静かに巾着袋を開いた。

 「食ってくれ。少し、心が落ち着くだろう」

 男はきび団子を受け取って、俯いたまま口の中に押し込んだ。犬が男を慰めるように擦り寄る。

 猿が、子供は必ず取り返すと声をかけた。

 「安心しろい、桃太郎はみんなを守れる強い男だ」

 桃太郎は穏やかに笑って立ち上がった。

 「俺は大鬼を討つ。そしてお前の子を見つけ出す。お前は、ここで休んでいればよい」

 男は声を出せないまま、深く頭を下げた。


 行くべき道は雉が見つけておいてくれた。篝火が点々と続く、のぼりの道だ。

 桃太郎は男に背を向けると、あまる憤懣に口元を歪め、身震いを殺して足を進めた。



 ここは鬼達の通り道のようだ。ごつごつとした地の面はやはり灰に覆われて、駆ける足の裏にはさらさらとした感触が伝わる。邪魔な岩は無い。普段から多くの鬼が歩き回っているところなのだろう。

 ところどころに、いろいろな村から奪ってきたものと思われる金物や着物が放り出されていた。鬼達が人の物を取り上げるのは奪うことを楽しんでいるためだ。島へ持ち帰ったあとには、奪ったものは見るにもあたいしないものとなる。

 犬は子供を見つけようと匂いを探っていたが、人の物があちらこちらに散らばっているために、それは難しくなってしまった。

 「しかし、匂うぞ」犬は鼻を舐める。「金の輪っかと同じ匂いだ」

 桃太郎は前を睨んだ。このまま進めば、きっと鬼の親玉がいる。


 砂利を蹴落とし傾斜を走る。あの鬼と戦ったところから離れるほど、篝火が増えて見通しが良くなっていった。

 その頃には遠くに小鬼の群れが現れて、桃太郎達に合わせて走るようになっていた。

 猿は左右に睨みを利かせる。

 「やつら、すっかり怖気づいたようだな」

 小鬼達は桃太郎の目線すら避けるようになっていた。桃太郎達があの気性の荒い鬼の縄張りから生きて出てきたことの意味を分かっているのだろう。


 桃太郎達の足を止めるのを諦めた小鬼達は、今度は桃太郎達をまっすぐに先へ進ませることにしたようだ。もちろん桃太郎はその思惑に乗った。

 そのおかげで、桃太郎達は呼吸を乱すことのないまま進み、最後の場所へ辿り着くことができた。

 見えてくる。黒の霧を吐く頂上が。

 見えている。桃太郎達を待ち受ける、大きな大きな邪悪の影が。


 火口の周りは緩やかな傾斜があるだけの広い空間だ。固い地面の凹凸は、篝火の灯に照らされて影を作る。

 じり、と地を踏み締めて、桃太郎はゆっくりとのぼる。

 足の下、地面の割れ目から、泥のようなものがどくりと噴き出す。深い黒の泥には熱さも冷たさもなかった。

 火口から立ちのぼる霧は、強い邪悪な気配を放っている。


 地から噴く泥、空に蠢く霧。どちらにも、いまにも寄り集まって何かの形を成しそうな怪しさがあった。

 見ずとも分かる。あの火口の内を満たしているものは邪悪な沼だ。この暗がりの山で生み出された、邪気の溜まりなのだ。

 桃太郎は理解する。この鬼ヶ島そのものが、邪悪な鬼を生み出しているのだと。


 遠巻きにこちらを見ている小鬼達を横目に、自分の呼吸が落ち着いていることを確かめながら歩く。桃太郎が足を踏み出すたびに、目に見える大鬼の姿は大きくなった。

 大鬼は堂々とした立ち姿で、両の目を閉じて桃太郎を待っている。

 背丈は先程の鬼よりもずっと大きい。人の倍は高いように見える。もし目の前まで近付けば、桃太郎は首を真上に向けなければならなくなるだろう。固く強そうな腕や足は、一本ずつが桃太郎の身体ほどもありそうだった。

 鬼の右手には黒の金棒があった。地面に突き立てられた棒は、大鬼の胸のあたりまでの長さがある。横の面には無数のこぶが付いていて、その凶悪さは桃太郎に冷や汗をかかした。

 柄を握り込んでいる鬼の手の親指には、金の指輪がはめられていた。


 桃太郎は十分な距離を置いて足を止めた。

 「お前が親玉だな」

 言うと、大鬼はおもむろに右目だけを開く。

 ぎらぎらとした金の瞳ははなはだしい憎悪に滾っていた。

 「忌々しい……殺してやる、忌々しいあの男を継ぐ者……」

 大鬼の呪詛は地を這い、桃太郎の心をじわり圧した。桃太郎は、き、と強く大鬼を睨んだ。


 「俺は桃太郎! 邪なる気を討ち倒しにやってきた! お前は斬られねばならぬ!」


 「桃太郎……傲慢な男。あの男とよく似ている!」

 鬼の周りに、目に見えて邪気が纏わりついた。小鬼達すらのけぞった。

 「憎い、憎い! 犬、猿、雉。どいつもこいつも、見覚えのあるやつだ!」

 犬はちっとも怯まず、勇ましく吠えた。

 「おれはお前など知らない! 見覚えなし!」

 猿が跳ねて喚く。

 「お猿の顔はみんな真っ赤っ赤なんでい! お前なんかに見分けのつくもんか!」

 雉はばたばたと羽を鳴らして飛び上がった。

 「(わたくし)めが我が先祖と瓜二つ! なんと誇らしい!」

 どん、と大きな地響き。揺れた地面に驚いた犬がぴょんと跳ねる。大鬼が丸太のような足で地を踏み鳴らしたのだ。

 雉は桃太郎の肩に止まって目を細めた。


 鬼の低い声が響く。

 「けたたましい雉め……あの雉がこの左目を潰した……。許さん、許さん! 左目の恨み、お前の命と引き換えねば気が済まん!」


 雉は答えた。

 「では、糧を奪われ傷を受けた村人達の恨み、お主の右目と引き換えようか」


 「ふざけたことを!」

 大鬼は怒り、金棒を振り上げた。

 桃太郎達は一斉に地を蹴った。


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