女教隊
第八師団。首都圏に点在する駐屯地の一つであるこの部隊は、人員不足と施設不足の両面を解決するために、駐屯地内に教育隊を抱えている。首都圏内にある駐屯地の中でもその規模は大きく、中隊規模の人数の訓練生を受け持っていた。
その中にある教育隊の中でも、一際の際物集団があった。果たして、人事の陰謀か、それとも施設不足の問題か、はたまたタイミングの悪さだったのか……問題児が分散されずに、一つの部隊に固められて出来上がった女教隊。第八陸曹教育隊、総勢十八名の面々は、所定の位置である訓練用のグラウンドの隅に集合していた。
時刻は〇七五〇、基礎教練で嫌という程身体に染み込まれた五分前行動はしっかりと守られていた。だが、どの顔にも「まだ眠い」もしくは「かったるい」という表情が張り付いており、モチベーションはどん底だった。何人かは欠伸をしたり、伸びをしたり、隣の同僚と駄弁ったりしている。規律の字もなかった。
他の教育隊の指導担当が見たら、即座に指導が入りそうな態度であったが、これを咎める役割である清水一尉はまだ来ていない。なので全員、適当にだらけている。その場で座り込んでいないだけでも、まだマシな方だった。
「ねー、この前きよっちゃんが言ってた話ってなんだったっけ?」
整列の一番前、ショートの髪型に小柄な体躯の菊池 美穂二士が振り向いて、後ろにいた同期の二士に声を掛ける。まだ二十歳にもなってすぐの、この教育隊の最年少であり、年相応に、そして場違いにテンションが高い。
聞かれた二士は眠そうな顔で少し考えてから「えー、なんて言ってたっけ、鈴木、あんた覚えてない?」と、隣で大欠伸をしていた鈴木 有紀二士に話を振った。どうも、先日、清水一尉が言っていたことを覚えていなかったらしい。
長身の体躯に少し長い髪を後ろで一本に縛っている彼女は「ああ?」と気怠げに反応して
「確か臨時で新しい係付陸曹が来るとかなんとか言ってたやつだろ」
欠伸をして出た涙を征服の裾で拭いながら、どうでも良さそうに答えた。菊池が「そう、それよそれ!」と興奮した様子で子犬のように跳ねる。
「どんな人がくるんだろうねー、あんまり口煩くないといいなぁ」
「くっそどうでもいい……」
片方が楽しげに、もう片方が興味無しと言った様子で話していると、横から話に混ざってくる人物がいた。
「清水一尉殿みたいな、口先だけの人じゃないと良いのだけれど、実力が伴ってない人の指導なんて受けたくないもの」
そう言う斎藤 沙代二士は、制服を若干着崩している二人と違って、ぴしっおと征服を着こなしていた。生真面目そうに見える彼女だが、その顔にはどこか、他人を見下しているプライドの高さが窺える。
一応、それだけの態度を取るだけの技能は持っているのだが、それでも訓練生としては些か自信過剰な発言である。
がしかし、周囲は「また言ってるよ」くらいにしか思っておらず、誰もその言葉に何かリアクションを起こしたりはしない。一人だけ、空気の読めない菊池だけが、
「えー、きよっちゃん優しいからいいじゃん。たまに鬱陶しいけど」
「おめぇがここに来た初日から数日、何か言われる毎にセクハラとかパワハラとか、テレビ局に言いつけますよとか大騒ぎしたからだろうが……」
「でも私達、成績は良いし、言われてることはちゃんとやってるし、怒られることないと思うんだけど!」
「私からしたら、貴方達二人とも自衛官としての自覚がなってないと思うのだけれどね」
やいのやいのと騒ぎ出した三人を、周囲の訓練生達はスルーして、怠そうに整列を続けていた。
清水一尉が言っていた「教官は“あの”第三師団から来る」という一言を思い出す者は、誰もいなかった。
***
「ちょっと酷すぎませんか?」
訓練開始十分前、教育隊の責任者を務める清水一尉の後ろを歩きながら、聞かされた第八陸曹教育隊の素行を聞いて、比乃は率直な感想を述べた。
そんな訓練生ほんとに実在するのかと、逆に問いたくなる程の問題児集団らしかった。もしも安久が教官として赴任していたら、全員揃って自衛隊から叩き出されていただろう。それくらい酷かった。
比乃の後ろを歩いて、同じく話を聞いていた志度と心視も「ええ……」とドン引きしている。
「勿論、私たちも相応に厳しく指導をしていたのですが……」
「ですが?」
「言うほど強く当たれないのです」
清水は悔しげに言う。
なんでも、同じ首都圏にある教育隊で自殺者が出て、それをマスコミに面白おかしく、酷い誇張も加えて報道されてしまったのだという。そして、行きすぎた指導があったのではないかと言う疑惑が世間で強まっているとのことだった。
学校や沖縄に行っていてそのニュースを知らなかった比乃は「それはまた……御愁傷様です」としか言えなかった。
「そんなこんなで、最近は訓練での体罰に対する風当たりが強い上に、マスコミが不祥事を求めて近所に出没していて……もし垂れ込みでもされたらと思うと、我々も慎重に当たるしかないのです」
腕立てや屈み跳躍をやらせた回数など数知れず、しかし一向に改善の兆しが見られない。それどころか、どこから情報を得たのか「隣の教育隊みたいに不祥事になりますよ」などと、教官である清水を脅そうとする始末。
いっその事、クビにでも出来ればいいのにとは何度も思ったが、訓練の結果は悪くないのが質が悪い。また人手不足、特に機士の不足は切実で、パイロット適正である受信値が高い彼女達を失うのは、それはそれで痛手なのだと言う。
話を聞いた比乃は「むしろマイナスになるのでは」と呟いてしまったが、それでもなんとか矯正して、自衛官として使えるようにするのが、自分の使命なのだと、清水は更に語る。人員不足は余程深刻らしい、比乃は冷や汗をかいた。
「でも、僕らがその厳しい指導をしても大丈夫なんですか? 流石に生贄にされるのは嫌ですよ」
「そこは大丈夫です。深くは聞きませんでしたが、日野部一佐からは、行き過ぎなければマスコミは黙らせてやると言われてますので……いったい何者なんですか、あの人は」
「僕たちにも判りません」
ほんとに何者なんでしょうね、と呟いてから、比乃はメモ――志度と心視にも渡した訓練メニューの内容を思い出して「よしっ」と気合を入れる。グラウンドに出る扉の前まで来ていた。
相手がどんな問題児集団だろうと、年上の女性自衛官だろうと知ったことか、階級はこっちが上だ。
二週間しかないが、がっつりシゴき倒して、立派な戦力にしてみせる。
負けるもんか。
初めての教官役に緊張していた比乃は、心の中で何度もそう呟いた。




