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自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~  作者: ハの字
第十二話「自衛官毎の日常について」
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学生の日常

「「エロイムエッサイムエロイムエッサイム、我は求め訴えたり……」」


 沖縄から戻って来てから三日ほど経ち、今日も元気に通学して来た歓天喜地高校。自分の教室の扉を開けた比乃は、教室の中央で、謎のミサが行われているのを目撃していた。


 何故か、全員が顔に怪しげなデザインの覆面をつけている。それでも、ミサを敢行しているのは何れもこのクラスの男子生徒だったのはわかった。彼らは、円形に並んでしきりに謎の呪文を呟いている。


 一瞬、比乃は思考を放棄しそうになったが、後ろから怪訝そうな声で話しかけられて、正気を取り戻した。


「どうしたんですか日比野さん」


「……比乃?」


 どうやら、比乃の背中が邪魔で、中がよく見えていないらしい。一緒に登校してきたメアリと心視、ついでに志度とアイヴィーに「ごめん、ちょっと廊下で待ってて、危険だから」と一言詫びてから、自分だけ教室に踏み込んで扉を閉め、四人を廊下に締め出す。


 これを見せるのは、心視と志度の教育に悪いし、メアリとアイヴィーの二人に、日本文化を誤解される可能性があると判断したからだ。


 この謎の集団について、比乃はひとまず、自分の席からぼけーっとミサを眺めている少年。このクラスでの騒ぎの原因トップスリーの一人である有明 晃に話を聞くことにした。


「お、比乃おはよう……ってなんだよ、そんな神妙な顔して」


「正直に答えてね晃、今度は何したの?」


「俺は何もしてないぞ……変わったことと言えば、今日はちょっと早めに家を出て、森羅を置いて来たことくらいか?」


「うわ、それはそれで面倒事になりそうなことを平然とやってくれてるね……それは別として、あの儀式には関わってないと」


「ああ、なんか座ってたら男子が急に集まり始めて、円陣組んで、よく分からないことを呟き始めて……あーでも、たまに一斉にこっち見るんだよ、なんなんだろうな……」


「なんなんだろうね……」


 二人は揃って考える。この二人は知らなかったが“エロイムエッサイム”とは、相手を呪ったり火の悪魔を召喚したりするのに使われる呪文である。嫉妬の炎は時として、黒魔術の行使すら躊躇わなくさせる。


 ちなみに、この男子生徒たちはとある筋から比乃に関する情報を得ていた。その内容は「アメリカの美人な女子高校生と文通をしている」とか「アイヴィーと夜な夜な長電話をしている」などであった。

 大量の菓子パンと引き換えにイニシャルS氏とA氏から得た話から、比乃も有罪であると判断されていた。なので、呪術の対象には比乃も入っているのだが、本人が気付く気配は全くない。


「私が昔……居た場所で、似たような言葉を呟いている人がいた……気がする」


「あれ、駄目じゃないかみんな、入ってきたら危ないって言ったのに」


「何が? なんかまた馬鹿やってるだけだろ」


 比乃が振り向くと、廊下で待機させていたはずの四人が、いつの間にか教室に入ってきていた。

 メアリとアイヴィーは「呪術の一種ですね、日本のハイスクールではこんなことも学ぶのですね」「いやぁ、東洋の神秘ってやつだね」などと、早速日本文化を誤解し始めていた。


「え、これって呪いの儀式だったのか……やべーよ、誰を呪ってるってんだ……」


 晃が自身の身を守るように抱いて震える。比乃はあえて何も言わないことにした。

 しかし、男子生徒が謎の儀式を執り行っているくらいは、普段の騒ぎに比べれば、随分と大人しい物だった。


 そこで身を震わせている男子生徒への物理的なラブアタックの巻き添えを食うこともなければ。

 令嬢と王女の壮絶なディスり合いで国際問題に怯える必要もなく。

 窓を突き破って白黒の厳つい男たちが飛び込んでくるわけでもない。

 護衛の英国騎士が正装のまま教室に乱入することもないし。

 どこからともなく破壊音が響くこともなく。

 クラスメイトを巻き込んでの一大イベントという名の祭りが勃発するわけでもない。


 登校してきたクラスメイトが怯え、呪詛が聞こえる以外は、実に平和な朝であった。


「ねぇ、日比野くんのあの顔」

「ああ、なんか悟っちまったみたいな目をしてる」

「思考が停止してやがる、疲れすぎたんだ」

「あの黄昏た表情も実に良い……たまらねぇな」


 そのようなことをひそひそと話されても、比乃は一向に気にしない。そんなことよりも、早く一限目の準備をしなくては……比乃は、鞄から教科書と筆記用具を取り出して机に並べ始める。


 目の前のミサは完全にスルーの構えだった。


 だが、そうは問屋が卸さないのが、このクラスの恐ろしい所である。儀式の最終段階に入った男子生徒達の輪から、一人、派手で偉そうな覆面をつけた生徒が叫ぶ。


「さぁ有明 晃と日比野 比乃を贄に捧げるのだ!」


「「エロイムエロイムエッサイム! エロエロエロエロエッサイム!!」」


「お、俺かよぉ! なんでだぁ!」


 突然にして当然とも言える指名を受けて、慌てて逃げようとした晃だったが、その行く手を覆面に塞がれた。そしてあっという間に捕まり、どこから調達したのか、荒縄で簀巻きにされる。そしてそのまま「エッサイエッサイ!」と運ばれて行く。


「うわあああ助けてくれえええ」


 悲鳴を上げて即席の祭壇へと転がされる晃、ここに森羅でもいれば黒服が突入してくる案件だが、彼女はまだ登校してきていない。白服を従えるメアリは、これを意外にもスルー。


「あらあら、大変大変、私の晃はどうなってしまうのでしょう」


「生贄に選ばれるって中々ない体験だよねー、いいなー」


 などと、アイヴィーと二人で呑気に笑っていた。完全に男子のじゃれ合いを微笑ましく眺めている状態であった。


 一方、机に黙々と教科書とノートを並べて終えた比乃は「あ、そうだ。今日は小テストがあったな」と自習を始めてしまった。自分も狙われているにも関わらず、完全に我関せずの構えである。そんな彼の机に、覆面たちがじりじりと迫る。


「くくく、その余裕面も今のうちだぞ日比野! 貴様も悪魔召喚の贄に捧げてくれる! この隠れリア充が!」


 このミサの主催らしい派手な覆面が、手下と共に比乃を包囲しようとしたそのとき、小さい二つの影が、集団の前に立ち塞がった。


「おおっと、うちの比乃に手を出そうってなら容赦しないぜ」


「全員……血祭り……」


 それは志度と心視だった。二人が威嚇するように構えを取ると、ざっと波が退くように覆面達が後ずさる。

 この二人が並外れた身体能力と情け容赦の無さを持っているのは、転校してから今日までの間で、クラス全員が知るところだ。


 先頭に立っていた男子が「くっ!」と悔しげに覆面の下で顔を歪める。


「何故だ、我々に情報を提供してくれたのはお二人ではないか! それがどうして、そこなリア充を庇い立てるというのだ!」


 妙に芝居かかった言い回しの問いに、志度と心視は顔を見合わせてから言ってのけた。


「「それはそれ、これはこれ」」


 きっぱりとケースバイケースだと言い切ったその潔さに、覆面の一部が「おお……」と感嘆の声を上げる。


「ぐぬぬ……であれば致し方ない、ここは晃だけでも贄にして儀式を続行せざるを得まい」


 流石にこの二人を相手にするのは得策ではないと考えたのか、回れ右をして祭壇に乗せられている晃の方へと戻った。生贄の「お、俺は助けてくれないのかよぉ!」という悲痛の叫びが、虚しく響く。


 そして儀式の再開とばかりに、覆面達が再度円陣を組み、ぐるぐる回しながら呪文を唱え始める。けれども、その内容は先ほどまでとは違う。派手な覆面をつけたミサ主催の生徒が、手を高々と掲げて叫ぶ。


「「えろえろぱいおっつ、えろえろぱいおっつ、我は汝もみもみしたい……!」」


 男子高校生の欲望剥き出しであった。余りにもあんまりな改変に様子を見ていたクラスメイト達が「うわっ……」と距離を取る。ある意味大惨事であった。

 唯一の救いは、純粋培養された二人と日本文化にそこまで詳しくない二人は「ぱいおっつ……?」とその言葉の意味を理解しかねていたことだろうか。


 周囲の反応など意に介さず。覆面達は贄を捧げるための恐ろしき道具、“運動部が朝練で着ていた汗の滴る下着を箒やモップの先に巻いた物”を手にして晃ににじり寄った。それがどのような所業に使われるか、とてもではないが描写できない。


 そしてなおも「ぱいおっつ」と呟きながら悲鳴をあげる晃の顔面にその狂気を押し付けようとしたその時。混沌と化した教室に突入してくる影があった。


「御用だ御用だぁ!」


 突如、廊下から響いた女子生徒の言葉に驚いて動きを止めた覆面達の間を、廊下から早歩きで現れたショートカットの少女がすり抜ける。

 集団の中央で「な、なんだぁ?!」と動揺するミサ主催者の足を刈り取り、目にも留まらぬ速さで宙に浮いた獲物を背後からがっちりとロック、そのままぶっこ抜くように身体を反らせて――


「天誅ー!!」


「背中に肉まん二つッッッ」


 獲物の後頭部を床に叩きつけて、変な断末魔を上げさせた。

 それは見事なジャーマンスープレックスであった。動かなくなった主催者に、廊下で叫んでいた声の主が駆け寄って来て「わん、つー、すりー!」とカウント。そして、教室の中に居た誰かがカンカンカンと机の足をゴング代わりに鳴らした。


「勝者、風紀委員、泉野(イズミノ)!!」


 勝鬨をあげる女子生徒が、風紀委員会と書かれた腕章をつけた腕を高々と突き上げた。教室中から称賛の声が上がり、変態に引導を渡した風紀の化身を讃えた。


 儀式を妨害された覆面達はがっくりと肩を落とし、数人はぶっ倒れて動かなくなった主催者を抱き抱えて「富田(トダ)! 傷は浅いぞ!」「しっかりしろ!」「てめぇ泉野ちゃんの幸せ投げを食らうとは羨まけしからん!」と気付けと私怨の混ざった複数の平手を振るっていた。


「聞いたことがあります。日本のハイスクールの風紀委員は、独自の権限で風紀を乱す生徒を罰することができると」


「日本の学校って面白いねぇ」


 これを見ていたメアリとアイヴィーが完全に日本の高校と言うものを誤解してしまったが、それを正す者はこの場には誰も居なかった。


 騒ぎから数分後、傍に退かされていた机や椅子、四散した危険な布は騒ぎに参加していた全員の手によってしっかりと片付けられ、教室の中は何事もなかったかのように整理整頓された。

 荒縄で縛られていた晃も解放されて、すっかりといつもの学校風景に戻って行く。


 そしてこの日の小テストで、比乃は百点満点を取った。

 会心の出来であった。

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【異世界のロボット乗りは大変です。~少女と機士の物語~】
本作の続編となっています。
この物語を読み終えて、興味を持っていただけましたら
次の作品もどうぞよろしくお願い致します。


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