夜中の作戦会議
省電力になった電灯が薄っすらと照らす娯楽室。時刻は消灯時間の間際である夜十時半。
普段は、時間いっぱいまで機士がそこそこいる娯楽室だが、今日ばかりは、機士は演習による疲れで眠りに就いている。静寂の中で、少し古い型の自動販売機が独特の駆動音を立てているだけの空間。
比乃は、その自販機の隣にあるベンチに腰掛けて、好物である微糖コーヒーをずずずと啜っていた。すでに半分ほど無くなった缶コーヒーをベンチに置くと、ポケットからメモ帳とペンを取り出し、思い浮かべた考えを書き込んでいく。
考えとは勿論、明日の模擬演習についてだった。相手は米軍の最新鋭機、部隊長にしつこく迫って聞き出した情報と、対戦することになるリアのシュワルツコフが映ったドローンカメラの録画映像を、穴が開くほど繰り返し見ることで、その操縦の癖を見極めた。
そして、明日の演習で相手がどのような行動パターンを取るか予想しようとしているのだ。
明日相手にするのは、Tkー7とは比べ物にならない性能を持つ機体。少しでも勝率を上げようと思ったら、事前の予習は必須であった。比乃は意外と、負けず嫌いなのである。
(見た限り、射撃の腕は悪くない……けど、剛や心視ほどじゃない。機体との相性もあまり良さそうには見えなかった。多分、得意なのは高機動下の近接格闘戦だ)
推察した内容をメモ帳に記し、『高機動』『格闘戦』、そして『ブラッドバーン伍長の性格』の文字にぐるぐると丸をつける。彼女のあの言動と性格からして、射撃で遠距離から勝負を決めるという、つまらない戦い方をしようとはしないだろう。
絶対的な自信の元、近接戦闘を仕掛けてくるに違いなかった。
(態々、格闘戦に持ち込んでくれる可能性が高いというのは運が良いな……なんせ)
比乃はページの真ん中に大きく『ステルス』と書いた所を、ペン先で叩く。レーダーでの補足がほぼ不可能、つまり目視で発見出来なければ、確実に先手を取られるという点が、米軍の最新鋭機、XM8との模擬戦で最大の懸念であった。
もしも、リアが冷酷かつ、合理的な人物であったなら、Tkー7で補足できない遠距離から射撃を行い、無慈悲に勝利しようとするだろう。そうした手を使ってくる可能性が低いというのは、比乃にとってはかなり有難いことであった。
それでも、こちらに気付かれることなく接近し、死角から一撃を加えるという戦法を取られたら、たちまち劣勢になってしまう。ステルスを利用した一撃離脱戦法というのは、陸上兵器であるAMWの戦闘においても非常に強力な戦法だ。
まともに対処しようとするならば、とにかく初撃を避け、身を隠される前に反撃を加えるしかないが、運動性能ですら劣っている可能性があるTkー7でどこまでやれるか。
(いや、フォトンスラスターで追撃をかければ……いけるか?)
あの爆発力を持った推進力ならば、相手が幾ら性能で上回る最新鋭機だとしても追い付くことは可能だろう。そうなれば、あとは得意の近接格闘戦での勝負に持ち込むことが出来る、はずである。
問題は、その初撃をどうやって回避するかであった。明日の演習が行われるのは、先日、安久と模擬戦を行なったのと同じ、森林地帯である。とてもじゃないが、見晴らしが良いとは言えない。不意打ちするにはもってこいの地形だ。
小高い丘などもないので、有利なポジションを取るということも中々難しい。比乃は額を掻いて、考える。
(どうしたものか……)
中々名案が浮かばず、俯いて「うーん」と唸って頭を悩ます。案が浮かばないまま考えていると、一人の足音が聞こえて、比乃の思考は中断された。
足音がした方を見ると、娯楽室の入り口からリアが入って来た所だった。アーミーブルーの制服はくたびれたように着崩れていて、顔はなんだかげっそりとしている。アッシュブロンドの髪は、彼女の疲労状態を示すようにボサボサになっていた。
昼間の模擬戦が終わってから今まで、メイヴィスとハンスの二人に、シュワルツコフのセンサーの使用方法について、一からみっちりと教え込まれていたのだった。
そんな状態で、自販機を探して彷徨っていた彼女は、まさか先客が、それも模擬戦の相手である比乃がいるとは思っていなかった。
彼に気付いて「あっ」と一瞬固まったかと思うと、表情だけキリッとさせ、比乃を無視してずかずかと自販機の前に歩いて行き、懐から女の子らしい財布を取り出した。
そして小銭、二十五セント硬貨を四枚取り出して投入口に入れようとした所で、再び「あっ」と固まる。
日本の自販機がセント硬貨に対応しているわけなどない。リアは居た堪れなくなって、思わず比乃の方を見てしまった。
目が合った方も、なんと声を掛けた物かと戸惑った。数秒して、比乃は何も言わず立ち上がると、小銭入れから硬貨を取り出して自販機に投入した。そして「えっ」と戸惑いの声をあげたリアに、
「お疲れ様、ブラッドバーン伍長。これは先輩からの奢りということで」
とだけ言って、再びベンチに戻ってメモ帳を片手に考え込み始める。リアは少しの間、目を丸くして唖然としていた。それから我に返ると、唯一英語で商品名が書かれていたミルクティーのボタンを押す。ガコンと出て来たそれを手に取ると、比乃の横に座った。
突然、隣に座られた比乃が小さく驚く。
「ありがとうございます、先輩。それと、私のことはリアでいいよ」
相変わらず階級のことなど無視した、比乃を先任だと思ってもいないような態度で言って、缶を開けてちびちびと飲み始めた。
比乃は思わず苦笑しながら「どう致しまして」と返して、メモの隅っこに『意外と素直』と書き込んだ。




