再会と出会い
来客から一時間ほど経った。普段あまり使用されていない客間に呼ばれた比乃とお供の二人は、呼び出した本人である部隊長と共に客人を待っていた。
しばらく待っていると、短いノックと共に「失礼します」という落ち着いた女性の声。そして、青い軍服を纏った三十代らしき女性と、同じ装いをした十代半ば、比乃達と同い年くらいに見える少女が入室してきた。
入って来た人物に部隊長が敬礼し、その女性が何者かを察した比乃も慌てて続く。志度と心視は「それほどのお偉いさんが来たのか」と良くわかっていなさそうに、数瞬遅れて比乃に習った。
入って来た二人がそれに返礼すると、妙齢の女性、メイヴィスが破顔して部隊長に駆け寄る。
「お久しぶり、日野部大尉! いえ、今はもう大佐でしたわね」
そう言って部隊長の手を取って興奮気味に上下にぶんぶん振る。部隊長も久しい友人に会ったように目尻を下げ
「そういうお前こそ、いつの間にか少佐になんかなりおって、しかも、俺に先に敬礼させるとは、偉くなったなぁおい」
嬉しそうに腕をぶんぶん振る佐官二人。そんな部隊長の後ろで「いつも凄い人脈だとは思ってたけど、まさかここまでとは……」と比乃が戦慄していた。
メイヴィス少佐と言えば、日本でも放映される映画のモデルになった人物として、今時の女子高生でも名前を知っている。ミリタリーに詳しい人々であれば、その功績や超人的な技量をして超有名人だ。
そんな人を前にして「どうしよう、サインもらっちゃおうかな」と比乃が呟いてしまうのも、しかたのないことであった。
しかし、後ろの志度と心視は、先ほどの敬礼の順番の意味がわかっていなかった。目の前の女性の階級と合わず、頭に疑問符を浮かべている。
普通ならば、階級が低い順番にするのが普通だが、この中では一番階級が上の部隊長が真っ先に敬礼したのが腑に落ちないのだ。
その二人と違って、メイヴィスの胸元に光る勲章の意味と、目の前の女性の凄さを知っている比乃は、怪訝そうな二人に、何か失礼を働く前にと、小声でその意味を教える。
「あの少佐さん名誉勲章持ちだよ、先に敬礼させられる人なんて軍人にはいないくらい凄い人!」
「それってなんかどえらいことやったら貰える奴だろ、この前テレビでやってた」
「そのテレビに出てた張本人でしょうが!」
「……超有名人?」
「ワイドショーに名前が出てくるくらい有名人!」
説明してもはてな、という反応の二人に比乃は思わず頭を抱えそうになる。そんな三人をスルーして再開を祝っていた部隊長は、ようやく三人に、メイヴィスと傍らのリアを紹介しようと向き直った。
「彼女はメイヴィス・ヴァージニア・スミス少佐、今回の合同演習に参加してくれるスペシャルゲストだ。比乃はわかってるようだが、教導隊兼グリーンベレーの凄腕にして、名誉勲章持ちの超有名人だ」
「メイヴィスでいいわ、貴方達が日野部さんが言ってた三人ね、会えて嬉しい。よろしくね」
メイヴィスに手を差し出され、比乃は慌ててその手を握った。軍人とは思えない、柔らかい、優しい印象の手だった。
「そっちの子は、手紙にあったリア・ブラッドバーン伍長だな、歳は確か……」
「はい、今年で十七になります」
「だそうだ、お前達の一つ下だな、年。的にも先任としても彼女は後輩にあたる、仲良くするように」
「よろしくお願いしますね。先輩」
次に右手を差し出してきたリアを見て、比乃は『華奢だな』と感じた。比乃や心視、志度も一般的な自衛官、兵隊としてはもちろん華奢だが、それでも実戦経験から培われた線の太さという物がある。
線が細くても、ずしりと重いというイメージだ。それに、兵士が纏っている特有の雰囲気も感じられない。
高校のクラスメイトがコスプレして紛れ込んだと言われた方が、まだ納得できる。生身での格闘でもしたら、一瞬で制圧できてしまいそうだ。
しかし、部隊長の知り合いが連れてきたということは、相応の実力か、あるいは非凡な才能があるのだろう。自分達のことを棚に上げてそんなことを考えたが、比乃はメイヴィスに対してほど緊張せず、素直にその手を取って「よろしく、ブラッドバーン伍長」と返した。
それから手を離そうとしたが、リアはその手を握ったまま、じっと神妙な顔で比乃を観察するように見ていた。
見た目はかなりの美少女である。水面のような碧眼に覗き込まれて、比乃は少したじろいだ。後ろで心視がムッとしているが、それに気付いたのは保護者組だけだ。
「ど、どうしたのかな」
「さっき模擬戦してたのって……えっと」
「日比野 比乃三等陸曹……部隊長が言ったけど、同じ伍長か、三等軍曹って言った方がわかり易いかな。さっき、上官とAMWで模擬戦してたのは僕だよ。もしかして見てた?」
どうやって、と比乃は一瞬思ったが、模擬戦は戦闘記録を取るために上空に撮影ドローンを飛ばして行うのを思い出した。それを介すれば、勿論許可などは必要だが、遠隔でライブ中継することも可能だろう。
「日比野先輩……先輩、あなたって」
リアが呟くように言う。それに思わず「あなたって?」と比乃が聞き返す。何故か一同がしんと静まり返って、リアの言葉の続きを待つ中、リアはにんまりと笑って言った。
「あなたって弱いのね!」




