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自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~  作者: ハの字
第一話「我が国のテロ事情とその対策について」
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上司と天然サウナ

 近年、増え続ける重武装テロリストによる破壊活動の影響は、日本の防衛予算を圧迫していた。

 未だ装備や人員が整わない警察に代わって、大から小まであらゆるテロに対抗する。その役割を担った陸上自衛隊の規模は、拡張と細分化の一途を辿っているからだ。


 特に、AMWや高機動戦闘車両と言った、世間一般でいう所の“金食い虫”である装備を、限られた防衛予算からどうにかして運用しなければならないという切実な問題があった。


 政府与党もこれらの問題を解決しようとするが、野党からの猛反発や、マスコミを通しての世論の影響が大きく、なかなか踏み切れないでいる。


 自衛隊が組織としての規模を拡大させても、用意されている予算がそれまで大して変わらなければ、その分のしわ寄せが出るのは至極当然だった。

 そうして、自衛隊内の細々とした備品などは徹底的にコストダウンを図られ、質素な物になっている。冗談抜きで『これでダメなら次は人件費』とまで言われる程、金銭面では切羽詰まっているのだった。


 それを表すような一人用のボロい民生品テント――ただし、その上から木々や草を被せられ、ぱっと見ではただの藪にしか見えないように偽装されたその中では、旧世代の安っぽいラジオがニュースを流していた。


『フォトンダイト精製施設で発生した武装テロに対して、鎮圧のため自衛隊の機士科が派遣されましたが、作業員の重軽傷者は十数名に及びました。自衛隊の対応を問題視する声も有り――』


 そのラジオの音に混じって、何処からか聞こえる昆虫の鳴き声。遠くからは巨大な機械を駆動させるモータの駆動音。それにじめっとした暑さが混ざり合い、この熱帯雨林の過酷さを助長させていた。


 ここは歴とした日本列島の中、その最南部の元米軍所有地。

 五年前に日本から完全撤退してしまった米軍から譲り受けて以来、ここはサバイバル訓練に打って付けの場所として愛用(自衛官には全く愛されていないが)されている場所であった。


『東京事変から五年の歳月が経ちましたが、一向にテロ活動が影を潜める気配は見られません。この問題に関して、自衛隊の近状に詳しい専門家の阿步杉さんにお越し頂きました――』


 そんな沖縄の中でも特に暑苦しく、悲惨な気温湿度になっている湿地帯に設置されたテントの中。

 暑苦しさで今しがた目を覚ました第三師団所属の三等陸曹、日比野 比乃は、


「……なんだこれ」


 件のコスト削減の産物の一つの寝心地、大きさ、強度、どれにも不満が出るという、驚異の支給品寝袋の中で身動きが取れなくなっていた。


 クソ暑い中なぜ寝袋を、それも頭まですっぽりと入って使っているかと言えば、使わないと変な虫に刺されてとんでもないことになることなどが挙げられた。本来はもっと過酷な環境下でのサバイバルを想定しているので、尚更である。


 つまり、これは想定された状況なのだ。その中で、比乃の落ち度を挙げるとするならば、嵩張る装備類が引っ付いた野戦服を着たまま寝袋に無理やり収まったことだろう。

 それも着替えるのが面倒臭いという、しょうもない理由で。


 問題は、あと十分で規定ポイントまで移動しなければ失格扱いにされてしまうということだった。そうなると査定に響くし、部隊長や上官に当たる人物にどんな罰を与えられるか解った物ではない。


『つまり、自衛隊がここまで表舞台に進出してきていること自体が、悪しき軍国主義台頭の現れであって、与党の独裁制を表していると言えるのです――』


 比乃は焦って寝袋をから脱出しようともがくが、もがけばもがくほど、装備類が引っ掛かって動けなくなって行く。

 外から見ると、ビニールに包まれたファラオかミイラに見える。


 訓練の最後にこんな試練が与えられるかとは――と割と自業自得なのだが、比乃はおのれ備品担当と憤りながら暴れる……首が変な方向でつっかえてしまった。


(あががが……)


 布で口が塞がってしまい苦しさも倍増しである。レスラーの海老反り固めを食らったかのような苦痛に、喉の奥から呻きが漏れる。

 比乃は、これまでの人生の中で最もくだらない命の危機を感じた。


『しかし、東京事変以降、対テロ対策において警官隊の戦力不足が露呈していることは事実なのではないでしょうか?』


『そもそも、彼らのデモ活動をテロと一括りにし、剰え鎮圧などという暴力的な手段を繰り返す現政権の対応には――』


 もはや自力での脱出を半分諦め『誰も見つけてくれなかったらこのまま蒸し焼きかぁ……』などと、達観したような、実際には暑さと呼吸困難で意識が朦朧としているだけなのだが。


 狭い寝袋の中で器用に腕組みして『これって外から見たらどうなってるんだろう……ファラオ像?』などと思っていたところに、二つの人影がテントの偽装を引っぺがしながら現れた。


「日比野三曹! もうとっくに集合時間は過ぎているんだぞ! それを寝坊するとは何たることか!」


「駄目よ剛、そんなに怒鳴っちゃ、日比野ちゃんだって訓練中に寝坊くらいするわよー……ってあれ、いない?」


 並みの自衛官では見破れないようなカモフラージュを何の苦もなく見破ったのは、野戦服を着た男女の二人組。

 現在の比乃の直接の上官に当たる安久(ヤスヒサ) (ゴウ)宇佐美(ウサミ) (ユウ)の三等陸尉コンビだった。


 安久は、日焼けした見事に鍛え上げられた、しかし無駄な筋肉など一切ない、正に軍人と言った身体を緑の制服で包み、髪を短くした大男である。

 俗に言う「レンジャー持ち」であり、実技も座学も隊トップクラスという化け物自衛官で、他隊員曰く「格闘ゲームにそのまま出てきても違和感がない」と評する人物だった。

 その見た目と実際の戦闘能力も相まって、事実、生身で平然と波動砲を放ちそうである。


 もう一人、今時珍しい女性自衛官の宇佐美は、一体どういうケアをしているのか、日焼けのほとんどない肌に艶やかなセミショートの茶髪と、野戦服を着ているというのにそれが全く似合わない、まるで女優がコスプレでもしているのではないかと言う程、垢抜けた容姿とスタイルをしていた。

 がしかし、それも腰に下げている長刀と掴み所がなく過激な性格が台無しにしていた。他自衛官らには色々な意味で恐れられている人物であった。


 なお、その腰の長刀の所持許可をどのようにして取ったのかは、第三師団七不思議の一つに数えられている。


  この印象が正反対の凸凹コンビは、比乃の直属の上司であり、彼を鍛え上げた教官でもあった。


「訓練中に寝坊など言語道断だろうが……それより、比乃はどこに行った?」


 安久がテントの中を見渡すが、あるのは散らかった装備類と、中央に鎮座する“謎のビニール状の塊”だけで、比乃らしき姿は見えなかった。


『このような排他的国政を強いる現政権と、それを助長させている自衛隊の存在こそが、この国の――ブツッ』


「はいはい、偏見報道は手動規制よーっと、それにしてもどこに行ったのかしら、もしかして迷子?」


「まさか、この辺りは俺たちの庭だぞ」


「それもそうよねぇ……ちょっと近くを探してくるわね」


「うむ、俺はこの……なんだ、サンドバッグ? を調べてみよう」


(ここ、ここに日比野三曹ありだよ!)


 と比乃は声を上げようとするが、口が塞がっていて「むー、むー」というくぐもった声しか出なかった。

 その声も周囲の環境音にかき消され、安久には気付かれなかった。


 そしてテントから離れていく宇佐美を尻目に、ひょいと寝袋を持ち上げる安久。しかし、流石に声が出せない比乃がその中に入っているとは思っていない彼は、五十キロほどの重さの袋を上下に軽く揺さぶって見る。


(剛、苦しい、降ろして降ろして)


「妙に隠蔽が下手なテントに百五十センチ前後の人型を模した袋、それにこのくぐもった声……」


 ちなみに、隠蔽が下手だというのは安久や宇佐美から見てであって、余程サバイバルに慣れた物でなければそこにテントが隠されているとは解らないのだが、この二人は生身の技能もAMWの操縦技術でもそこら辺の同僚から頭二つは抜き出て優秀なのだった。


 そんな優秀な上司だ、流石に気づいてくれるだろう――もう怒られてもいいからここから出して欲しいと願っていた比乃が希望を見出した次の瞬間。


「――トラップか?!」


 安久は叫ぶや否や、全身の筋肉を駆使し、両手で持っていた袋を近くの林の中に投げ込んだ。

 対爆発物の基本として、即座に匍匐姿勢になって両手で後頭部を守ることも忘れない。教本に載ってもおかしくはない見事な手際であった。


 放り投げた袋の中身が、苦悶と困惑の悲鳴を上げて気絶した部下でなければ。


 ドスッ「ひぎぃ……?!」


「剛~、やっぱりさっきの寝袋……なにしてんの」


「伏せろ宇佐美! 遅延式の可能性がある!」


「なにが」と宇佐美が問うのを無視して「比乃め、訓練終了まで偽装した対人トラップを設置しておくとは、やるようになった!」と、何故か嬉しそうに騒ぐ安久に、若干呆れた視線を向ける宇佐美。

 とりあえず、安久の隣に「よっこいせ」と寝そべり、同様の姿勢になる。


「ねぇ剛、私、悲鳴を上げる爆弾なんて聞いたことないけど?」


「いや、昔、俺の友人が人質の悲鳴を利用して作られたブービートラップに引っ掛かって大怪我を負ったこともある。訓練とは言え楽観視は危険だ!」


「日々野ちゃんにブービートラップ仕掛けるテクがあるとは思えないけど」


「そんなことはない! あいつも一端の自衛官、それくらいはやりかねん!」


「ほんとにそれくらい頼りになればねぇ」と宇佐美は立ち上がり、腰に下げた長刀を抜刀して、一応の用心か、慎重に近づく。そして長刀の矛先で寝袋をつんつん突いてみる。

 工芸品と言われても納得の鈍く光る刃が、寝袋と比乃の野戦服にぷすぷす穴を開けているが、中身は気絶したままなので特に反応を示さない。


「……もしかしてなんだけどね、剛。これ、中に寝てるか気絶してる日々野ちゃんが詰まってて、うっかり刺しちゃった~ってなったら、問題になるかしら?」


「うむ、身内の自衛官でなくとも、中身が生きた人間ならば問題になるだろうな……まさかその爆発物に比乃が? なぜ?」


「さあ……ま、それはおいといて」


「丁寧に解体しますか」と、宇佐美が長刀を八双の構えにする。

 一瞬、呼吸を止めて、一閃。

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【異世界のロボット乗りは大変です。~少女と機士の物語~】
本作の続編となっています。
この物語を読み終えて、興味を持っていただけましたら
次の作品もどうぞよろしくお願い致します。


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