窮地
フェリーと反対方向から進行して来たテロリストの歩兵部隊に追い立てられた王女らは、どこかの企業の倉庫群まで追い詰められていた。その倉庫の中で、メアリー三世は絶体絶命の危機に立たされていた。
不意の遭遇戦で物を言うのは練度と装備、そして数である。護衛には練度があって、充分な人数と装備が足りなかった。
その結果、殿下だけでもと、護衛が必死にこじ開けた倉庫の中に王女は押し込まれた。時間を稼ぐ彼らに「ご心配なく、必ずお守りします」と、ぎこちない笑みを向けられた彼女は、外での銃声を聞きながら、ただ、外から施錠された扉の前で佇むことしかできなかった。
彼らの思いを無駄にするわけにはいかない。王女は一人でも逃げ切ろうと決意し、反対側の出口に向けて走ろうとした。しかし、護衛の部下達の想いを踏みにじるように、赤い機体がシャッターを抉じ開けて中へ入って来たのだ。
王女の目には、その赤い機体のツインアイが、乗っているパイロットの心理を表すように、歪んだように見えた。
王女を手掴みにしてでも連れて行かんと、倉庫の中へ足を踏み入れて王女へと近づく赤いカーテナ。もはやこれまでかと思われたその時、その後に続いて来た金色のカーテナが突入してきて、振り向いた赤い機体と向かい合った。
しかし、状況は金色の方が圧倒的に不利だ。
金色が守るべき人は赤い敵の向こうにいるし、何より――
『卑怯者! よもや王女殿下を人質に取るなど……近衛の誇りすら捨てたか!』
『ああ捨てたよ、そんな金にもならない物は』
『貴様ぁ……!』
怒りに機体を震わせるジャックだが、機体を動かすことができない。ニコラハムのカーテナの腕、そこに内蔵されている大口径チェーンガンと十二.七ミリ同機軸機銃が、王女に向けられているのだ。
外では、未だに小火器の銃声が立て続けに鳴っていた。護衛の兵とクーデターに加担したテロリストの歩兵部隊が交戦している音だ。
人数差は倍近くあるのによく粘っているが、そちらもあまり状況が良いとは言えない、数が違い過ぎる。
チェックメイトとばかりに、空いている手を横柄に振って挑発するニコラハム。
『王女殿下も、いい加減に現実と向き合って覚悟していただかなければ、私を小物だなんだと侮辱して過小評価したのが運の尽きでしたね』
「……本当に、思わず口から反吐が出そうなくらい小物ですね。性根まで小物精神の塊だったとは思いませんでした。まぁ、そうだろうとは思っていたので近衛の推薦から外していたのですが、大人の事情という物は、本当にままなりませんね」
それでもまだ余裕があるとばかりに馬頭する王女の態度に、ニコラハムはコクピットの中で顔を苛立ちげに歪める。そして、吹っ切れた様に笑った。
笑い声がこだまし、直後、
『静かにしていただこうか、貴方の命はこの私が握っているのだと、ご理解頂きたい!』
赤い機体の腕から十二.七ミリ弾が数発飛び出した。王女の二メートルも離れた場所、けれど機銃などが威力を発揮するにはすぐ傍と言える地面を抉る。
たまらず、王女が倒れる。地面を抉ったコンクリートの破片が当たったのか、節々に軽い出血まで見られた。それでも、気丈にも悲鳴も上げなかったが、痛みに耐えるように身動ぎする。
ジャックは自分に堪忍袋の尾という器官があったなら、それがぶちりと音を立てて断ち切られたように感じた。
冷静になれという意思を押し切って、目の前の敵を斬らんと、脳波が機体に指示しようとするが、倒れた王女になおも向けられている銃口を見て、それをぎりぎりの所で止めている。カーテナの腕が、高振動ブレードの柄に当たってカタカタと音を鳴らす。
『ニコラハム・キャラハン、きっさまぁ!』
『おおっと、動くなよぉジャック! 次はこの女を血煙に変えるぞ!』
もはや王女の命などよりも、自身のプライド、自尊心を守ることを優先した男を言葉に、ジャックは今度こそ思わず高振動ブレードの柄を掴みかけるが、それでも理性が動きを止める。
しかし、王女が半身を持ち上げ、強い意志を込めた瞳で赤いカーテナをきっと睨みつけると叫んだ。
「っ、構いませんジャック、この逆賊を討ちなさい!」
その叫びがトリガーとなった。
一触即発、金色のカーテナが、赤いカーテナが、観念したように身を竦めた王女が、誰から動いたかというその時。
鋼鉄の第三者が、凄まじい勢いでその場に飛んできた。文字通り、倉庫の屋根を突き破って。
『な、なんだとぉ?!』
その鋼鉄の巨人は、その身軽な見た目からは想像できないズシンという重い音と蒸発した衝撃吸収材を脚から噴出したと思うと、
――どっちが敵?!
――赤い方!
次の瞬間には刃を振り抜いて乱入者、Tkー7改は動いていた。
腰のスラスタが煌めき、ぐんっと一直線に加速。掠めざまにニコラハムが収まっている胴体を切裂こうと襲い掛かる。
『どいつもこいつもぉ私の邪魔を!』
高振動ナイフが胴体を切り裂くかと思われたが、なんと、その斬撃は双剣によって弾かれた。
性根はともかく腕は確かか、そのまま駆け抜けたTk-7にチェーンガンが向けられるが、腰のスラスタが光を放つままぐるりと蠢き、信じられない速度で急旋回と回避運動を同時に行って連射を避けた。
機体の中でアイヴィーが意識を手放したが、比乃はなんてことないように眼前の敵を視界に捉えて離さない。
尋常な動きではない、中のパイロットはターミネーターか何かか――ニコラハムが呻くよりも早く、腰から短筒を引き抜いたTk-7が構え、発砲。流石に姿勢が悪いのか命中には至らない。三連射が全て外れる。
そこまで来て、ようやく比乃は、自分が着地した足元すぐ近くに、件の王女殿下が倒れていることに気づいた。思わずぎょっとして動きを止める。
その隙を狙おうとした赤い機体を、今度は金色の機体の斬撃が襲う。
これはたまらないと見たニコラハムはそれをいなすと、倉庫の外へと跳躍した。
『そこの自衛隊機、おかげで助かった。王女殿下を頼む!』
言うが早いか、ジャックの金色の機体もそれを追って駆ける。
「え、いや、任せたって」
どうするの――そう呟いた直後、回り込んで倉庫に侵入して来た、明らかにテロリストですと言う風貌の武装集団と、Tkー7の目が合った。
条件反射で銃口を向け、短筒から徹甲弾が撃ち出されるまでに、テロリストは悲鳴をあげることも許されなかった。




