転勤
ここは沖縄、陸上自衛隊第三師団の駐在する駐屯地。
他の師団から「狂ってる師団」と呼ばれるこの部隊に所属する自衛官。日比野 比乃三等陸曹は、同僚である浅野 心視、白間 志度同陸曹を連れ立って、長である日野部一等陸佐の待つ自室へと向かっていた。
その足が動く毎に、耳を澄ませば聞こえるかという程度の「うぃん、かしゃん」という、モータとシリンダの動作音を立てていた。
義足を嵌めてからまだ半年ほどだが、その歩みは一年前と変わらず安定していた。
しかし、一緒に歩く二人はちらちらと、比乃の様子を常に気にしていた。万が一にバランスを崩したりしたら即座に身体を支えに入ろうとしているのがわかる。
そして、比乃が小さいネームプレートがついた扉をノックすると「入れ」とすぐに返事が返ってきた。
比乃が従って入ろうと扉を開けようとする。しかし、その手がドアノブを掴むよりも早く、横から心視が割り込んできて、代わりにドアを開ける。比乃は内心で、過保護な同僚二人に苦言を呈した。
(要介護人扱いはやめてほしいんだけどな……)
ここの所の二人の様子と合わせて、複雑な心境になりながら、比乃は部屋に入った。
部屋の中は、一年前に比乃が報告しに入った部屋とは違った。本棚が並び書類と本が整頓されて詰め込まれている、書斎のような部屋だ。ここが、この駐屯地の長である男の本来の執務室だった。
部屋の窓際にあるデスクに、七三分けとちょび髭がトレンドマークの濃緑色の制服を来た男性、日野部陸佐――通称部隊長が座っていた。
「日比野三曹、並びに浅野、白間同三曹、参りました」
びしっと敬礼して気を付けの姿勢をしている比乃を見て、部隊長は嫌そうな顔になる。
「……お前は本当に仕事だと硬いなぁ、反抗期じゃないって解って安心したけど」
本棚にある本をちらりと見てから「ほれ、もっと楽にしろ楽に」と、尊厳もへったくれもないこと言いながら、デスクの引き出しを漁る部隊長を前に、三人は「はぁ」と適当に姿勢を崩す。
「それで部隊長、僕を呼んだというのは……」
「ああ、お前の今後についてだ……お、あったあった。まぁこれを見ろ」
そう言って差し出された書類を比乃が受け取り、横に居た二人も覗き見する。
数秒後、それを読み終えた比乃が書類を落とし、紙がぱさりとタイルの床に落ちた。顔は普段見せない程に動揺を表しており、蒼白に染まっている。目尻に薄っすら涙が浮かんでいた。
床に散らばったチラシ、そこに書かれていたのは――東京にある高等学校の紹介文であった。
「まぁ驚くのも無理はない、これには理由が……どうした志度、ドアを掴んだりして」
(メキョッ)
「待て、ドアを引剥したのは良いとして……いや良くないが、それをこちらに投擲する構えを見せるのはやめろ。怒るぞ。おい心視も止めさせ」
(がしゃこん)
「オーケー、わかった。お前たちが言いたいことは察しがついたぞ。俺の説明不足が悪かった、謝るからそのライフルをこちらに向けるのを辞めろ、というか何処から出した。物理的にも許可的にも……そして比乃、やっぱり自衛官をやめさせるとか、捨てるとかそういうんじゃないから、ちゃんとした任務だから! そんな今にも泣きそうな顔をしてないでこいつらを止めてくれ、早く!」
それからしばらくして
「えー、あー、うむ。では、一から順に説明しよう」
必死の説得(命乞い)と比乃の制止を受けて、一先ずは矛を収めた部下に改めて部隊長は説明を始めた。
「まず、お前たち三人には東京の第八師団の方に出向いてもらう。所属は第三師団のままでな……去年、比乃が東京の技本に出張しただろう。あれの長期版だと思ってくれればいい」
「それで、僕達の任務は?」
「任務は大まかに三つ。まず一つ目、東京技研でTk-7の最新装備のテストパイロット。うちに置いてあるTk-9はテストの全工程を終えたし、経験豊富なテストパイロットの手が開いてるなら貸してくれっていう先方からのご指名だ」
「安久や宇佐美じゃ駄目なんですか?」
「あの二人は駄目だ、うちの主戦力だからな。知っての通り、沖縄だけでもここ数ヶ月で出撃回数が倍増する状況にある。この前なんか、デモ隊が駐屯地の目の前に来やがったからな」
実際、ここ半年の間に、AMWを用いたテロ発生率は急上昇していた。第三師団は、所属する機士の高い作戦遂行能力と、保有するTk-7の多さで、何とかテロに対応出来ているといった状態であった。
他の地域では二、三の師団が連携して対処しなければならない場面も増えており、状況は切迫していた。
そんな状態を一つの師団で全て対処している辺り、この師団が狂っていると言われる一端なのだが。
「そして二つ目、これは今の英国の状況と関係する話だ」
イギリスは世界中でテロが過激化する以前から、日本と日英防衛協力を結んでいた友好国の一つである。今でもその一部は生きており、AMW開発関連での相互協力、技術提供を行っている。
その国は現在、テロ組織と手を組んだ軍部が王室、政府を相手取ってクーデターを起こしており、宛ら内戦一歩手前と呼べる状勢に陥っていた。
「非公式だが、その英国のVIPが二名ほど、一時的に日本に避難することになったんだが……俺、ちょっとその国のとてもとても偉い人と交友があってな。訳あって“やんごとなき人”の護衛の手配とか、お願いされちゃったわけでな?」
「……もしかしなくても」
「うむ、その人物の年齢がお前達に近くてな、余りに丁度良いから、つい安請負してしまった……厄介事で悪いが頼む。近衛兵付けるって言ってたから、SPの真似事とかはしなくていいし。ただ、何かあったら障害を物理的に排除しろ」




