最終局面
「させない!」
比乃の後ろから声があがった。それと同時に、Tk-11の翼が素早く稼働する。先端のフォトン力場発生装置を迫り出させ、飛んできた巨大な光槍に対して障壁を発生させた。
これを出せるのは一瞬だけだ。刹那のタイミングで発生させなければいけない。そのコツを掴んでいる比乃にしかできなかった技を、心視は土壇場で再現してみせたのだ。
だが、向かってきたのは実弾ではなく、不可思議の力を持った槍。一瞬の均衡の後、槍は僅かに軌道をずらして飛び、後方の壁に大穴を空けた。
間一髪。死を間逃れた比乃は、すっかり血の気が失せていた。自分の死に対する恐怖よりも、冷静さを失った挙げ句、大切なパートナーである心視を間接的に殺しかけたことに、肝が冷えた。
「ご、ごめん心視、僕――」
また約束を破るところだったと、そういう意味の謝罪を口にした。心視からの叱責の言葉は無かった。彼女はただ、いつものように静かな声音で、比乃に再認識させるために呟く。
「比乃は、一人じゃない……忘れないで」
「……わかった」
機体を起き上がらせ、すぐに状態をチェック。AIが、背中の十口径三十ミリ砲二門と、推進器であるフォトンウィングが、どちらも使用不能になったことを知らせる。右手に握っていた短筒も、いつの間にか砲身が半分消し飛んでいた。
自分の凡ミスに対するペナルティとしては、全然軽い方だ。飛び道具を失い、火力が大幅に低下。推進器を失ったことで、戦闘機動に若干の影響は出るかも知れない。
それでも、まだ戦える。
「あいつを許せないのは、私も同じ……一緒に、倒そう」
「了解!」
Tk-11が、戦意を奮い立たせ、地を蹴って駆ける。HMDに映る敵、ヘイムダルのギャラルホルンが、また光を集め始める。今度は先ほどとは違い、細い槍だ。数は十以上。形成する大きさによって、出せる数が異なるらしい。操れるフォトン粒子にも限りがあるようだ。
敵の機体も、万能ではない。その事実が、二人を更に勇気づけた。
『いい加減にしてほしいですね』
蒼い鎧の左腕が振られ、雨のように光が走った。その中を、じぐざぐに、ランダムに、相手に動きを読まれないように、風のように、駆ける。駆ける。駆ける。そうして弾幕を潜り抜けながら、残った三本のカッターを構える。
敵の眼前、最後の一足飛びで、剣を振り上げた敵の、こちらから見て右の脇を擦り抜ける。一瞬の交差の内に、連続の袈裟斬りが、鎧の左肘と左膝に入っていた。
がくんと、鎧が一瞬、バランスを崩してたたらを踏んだ。見るまでもない。蓄積された損傷によって、動きに支障をきたしている。
『な、このっ!』
ヘイムダルが初めて、焦ったような声を出した。振り返るように後ろへと剣を振るおうとする。先ほどから見せているヘイムダルの剣筋は、素人が棒きれを振るうようだったが、力場をまとった範囲攻撃だ。当たりさえすれば、AMW如きバラバラにできる。
しかし、白い機体は蒼い鎧よりも先に向き直っていて、振るわれる直前の剣を片手のカッターで弾き飛ばした。上に跳ね上がった細い西洋剣が、無防備に側面を晒す。
無防備に振り切った剣先に、Tk-11の背中にあった光分子カッターが殺到し、左右から挟み込む。三本の刃に挟まれた剣は、一瞬の抵抗を見せた後に、ばきりばきりと音をたて、亀裂が入り、遂には砕けた。剣の破片がばらばらと床に落ち、いくつかの切っ先が床に刺さる。
無理矢理な力業により、Tk-11の光分子カッターにも損傷が入った。それでも、三本の刃は淡く輝いている。
『ば、馬鹿な?!』
「これで、剣圧は」
「使えない!」
ヘイムダルが咄嗟に左腕を振り上げ、目の前で屈んでいる敵に叩き付けようとする。拳を握り締めてもいない。張り手のように振るうことで、横薙ぎに力場を発生させ、目の前の脅威を吹っ飛ばそうとした。が、
「しっ!」
白い機体の右脚が、ハイキックの要領でその掌を打ち据えた。ただの打撃ではない。機械の掌を、Tk-11の足裏から飛び出した鉄杭が貫いている。元は姿勢安定用の装置だが、その鋭さは生半可な強度ならば打ち抜く程だ。
更に巧みな脚捌きで捻りを加えるように蹴り切ると、ギャラルホルンの左手が、完全に使用不能になる。
比乃は見抜いていた。装甲はともかく、間接部は銃撃や斬撃で破損するのだ。ならば、細い末端であれば、細かい部品で構成せざるを得ない部位ならば、更に強度は落ちる。機械工学を囓っていなくても、少し考えればわかる。
そして、敵は円錐による攻撃の際、腕の動き。よく観察すれば、手の動きでフォトン粒子を操っていた。まるで楽団の指揮者のように。掌部分が、粒子を操るデバイスを果たしているとすれば、それを破壊してしまえば――
「あと一つ!」
相手の攻撃手段を全て奪ってしまえば、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。左のカッターを、剣を失った敵の右手首に目掛けて振るう。
だが、相手も黙ってやられるだけではない。右手の先に力場を集中させて、光分子をまとう刃を素手で受け止めて見せたのだ。刃が握り潰される。これで残りのカッターは二振り。
「っ!」
力場が左腕本体に及ぶ前に、素早く半身を引く。敵はカッターの破片を握ったままの右拳を振り上げている。通常装甲で打撃を受けたら、ただでは済まない。更に下がるには間に合わない。片腕を犠牲にして止めるしかないか、
比乃がダメージを覚悟で動くよりも先に、心視が素早く反応した。振り下ろされた拳を、二本のカッターで受け止めて見せた。フォトン粒子をまとったお互いの武器が、お互いの粒子を削り合い。光が眩しい程に散らばって機体と鎧を照らす。
数瞬の凌ぎ合い。勝負を制したのは数で勝る光分子の刃だった。一本、敵の拳に近かった方が力場にねじ切られたが、もう一本を心視は器用に操作し、ギャラルホルンの拳を刺し貫いたのだ。根元まで押し込まれたカッターが異音をたて、敵のマニピュレータをずたずたに引き裂いた。
『このガキどもが!』
もはや、完全に余裕を失ったヘイムダルが吠えた。蒼い鎧が喧嘩キックでTk-11を無理矢理に引き剥がす。ふざけた馬力で無理な体勢から放たれた蹴りによって、Tk-11が後方へ十数メートル転がる。その過程で、健気に敵に食いついていた刃が、根元からぽきりと折れた。
受け身をとって身を起こしたTk-11に残された武装は、ここまで未使用だったワイヤーアンカースラッシャーが四基と、使う必要がなかったスモークディスチャージャーのみ。
相手は、AMWを優に越える出力を持った鎧。素手での殴り合いになると、分が悪かった。なので、
「……心視」
「なに……?」
「お願いがあるんだ」




