友人との約束
長い夜が終わりを告げ、宿泊客たちに、ホテルの従業員から、テロリストが無事鎮圧され、危険がないことを知らされた。
二階食堂での缶詰状態から解放された宿泊客たちは、思い思いのことを連れと話し合ったり、SNSに書き込んだりしながら、各自の部屋に戻っていった。
その中には勿論のこと、歓天喜地高等学校の生徒の姿もあった。
「結構、終わるまで長くかかったな」
「自衛隊だってスーパーマンじゃないってことだろ」
「見たかったなぁ、AMW戦」
「そんなことより寝たい、今何時だよ……」
お喋りをしながら食堂から出て行く生徒たちの群れから少し離れたところ。食堂の隅の壁で、今回は特に出番がなかった陸上自衛隊機士科所属の三等陸曹、日比野 比乃、それと同期の二人は、
「まったく、お前たちは案外薄情なのだということを知ってしまったぞ。私たちに何の相談もなく、テロリストの殲滅に加勢にいくとはな」
「いや、紫蘭に相談するようなことじゃないと思うんだけど……」
「せからしか! 私たちはマブダチだったのではないのか! 共に苦難を乗り越えていこうというあの日の誓いは嘘だったのか?!」
「……そんな誓い」
「したか?」
意味不明なことをハイテンションで述べる紫蘭に、三人は軽く当惑していた。何故、彼女はこんなに怒っているのだろうか。
怪訝そうな表情を浮かべる比乃らに、メアリが微笑みかける。ぎゃーすか言っている紫蘭を横に押し退けて、
「日比野さんたちはピンと来てないかもしれませんけど、森羅さんの気持ちを一言で表すと、“心配していた”のですよ」
「あ-! メアリ、それを言うか! 貴様はデリカシーというものがないのか!」
紫蘭の抗議を「正直になれない方が悪いのです」とやんわり受け流すメアリの隣で、アイヴィーもうんうんと頷く。
「今回のテロリスト、狙いは比乃だったんでしょ? それは心配になるよ。私だって、その、比乃にもしものことがあったら……」
そこまで話して、顔を赤くして俯いてしまうアイヴィー。
対して、比乃は彼女の挙動を見て「人の心配をするのがそんなに恥ずかしいのかな、ウブってやつか」と呟いて、一人納得していた。
紫蘭とメアリが冷たい目線を向けるが、比乃はこれっぽっちも気付いていない。晃が「アイヴィー……不憫な」と内心で哀れんだ。
「比乃さんのそれ、少しは直した方が良いと思います」
「え、それって何?」
素でわかっていないらしい比乃の反応。メアリは一人の少女として、親友の不幸を呪った。
「そういうところもですし、なんでも自分たちで抱え込もうとするところもです。私も心配したのですよ? 相談しろとまでは言いませんが、せめて秘密にするのはやめてほしかったですね」
「そうだそうだ! 秘密主義反対!」
「……だって教えたら」
「自分たちで解決するとか言いかねないし」
心視と志度の頬が、二人の少女に掴まれて左右に伸びた。
軍人であるとは思えない程にすべすべでもちもちの肌を堪能しながらのお仕置きである。「いひゃい、いひゃい」とのたまっているが、無視してむにむにする。
「ともかく、比乃たちも無事だし、テロリストは捕まったし、これで一件落着だろ。紫蘭もメアリも、比乃たちからしたら守るべき民間人だってことを自覚しろよな」
わかったようなことを言う晃に、頬を引っ張るのをやめた二人が振り向いて抗議の言葉を放つ。
「何を言う! 私は森羅財閥の次期当主なのだぞ! 多少の鉄火場くらいどうってことはない! それに友の安否を心配して何が悪いというのだ!」
「私だって、修羅場は潜ってきているのですよ、晃さん? それに、比乃さんには自分の身も守るようにお願いしたはずですが、今回の件は、それに反しているのではないですか?」
森羅に晃が、メアリに比乃が責められ、少年二人が「うっ」と息を詰まらせた。特に比乃は、自分が狙われているとわかっていたのにテロリストのいる戦場に出て行ったので、何も言い返せない。そこに、頬を擦っていた心視と志度が助け船を出す。
「心配してくれるのは……いいけど、紫蘭たちは……護衛対象。危険に晒す可能性があったら、黙ってるべきだって……比乃が言ってた」
「テロリストに突っ込んで鎮圧しようって話を始めたのは俺たちなんだよ、比乃は反対してたんだ。だから悪いのは俺なんだ。ごめん!」
淡々と話す心視と、勢いよく頭を下げて謝る志度に、紫蘭とメアリは顔を見合わせた。こう言われてしまっては、晃が言っていることが正論であるし、比乃を責めるわけにもいかない。
「……わかった、今回は心視に免じて許してやろう」
「白間さんも、頭を上げてください。そういうことなら、私も許します」
「でも、これからはこういうことがないように基地の人になんとかしてもらえよ。俺だって心配するんだから」
「そうそう、比乃に何かあったら嫌だからね」
「ははは、ありがとう。みんな」
少し照れ臭くなって、比乃は頬を掻いた。何はともあれ、友人たちに心配をかけてしまったのは事実である。今回の件は反省しなければならない。とりあえず、護身用の武器をもう少し強化しよう。そんなことを考えていると、エレベータホールの方から「おーい、お前たち」と、担任教師の呼ぶ声が聞こえてきた。
「もう全員部屋に戻ったぞー、お喋りしてないで、お前たちも早く寝ろよー。ちなみに修学旅行は中止にするなと校長の厳命が来てるから、明日も朝に集合あるからなー」
それだけ告げて、担任はさっさとエレベータに乗って上の階へと行ってしまう。晃が携帯端末の時計を見て顔をしかめた。
「言われれば、もうこんな時間だ……明日は比乃が沖縄案内してくれるんだろ?」
「ひびのんツアーか、楽しみだな。明日に備えてもう寝るとしよう」
「そうですね、お肌にも悪いですし、アイヴィー、行きましょう」
「うん。それじゃあ比乃、また明日ね……さりげなく残ろうとしてるけど、心視もいくよ」
「……ちっ」
紫蘭とメアリ、そしてアイヴィーが心視を引き摺るようにして、女子組はちょうど来ていたエレベータに乗り込んで行った。その場に残された男子三人は、しばし無言だった。
ホールの静寂を静かに破ったのは晃だった。
「……さっきも言ったけどさ、比乃。いきなり友達がいなくなったなんてなるのは、やめてくれよ。そうなったら俺、すげぇ悲しいから。勿論、志度もな」
比乃と志度を見る、民間人の友達の表情は、真剣そのものだった。
自衛官とは、特に機士はいつ死ぬかわからない職業である。正直に答えるならば、それは確約できない。だが、比乃は嘘をついてでも、学友を悲しませたくはなかった。
「そうならないように、これからも頑張ることにするよ。ね、志度」
「おう、俺たちはそんじょそこらの奴には負けないから、そんなに不安にならなくていいぞ!」
二人の友達の返事に、晃はほっとした表情になって、力強く頷いた。
エレベータが到着し、三人は乗り込んだ。
この優しい嘘が、いつまで本当にしていられるか、それは比乃本人にもわからない。
例えそうだとしても、皆の笑顔は守ってみせる。一人の自衛官は、その決意をより一層強く抱いたのだった。
〈第九章 了〉




