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自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~  作者: ハの字
第三十一話「英国の決戦について」
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好転しない戦況

『残念でしたねぇ、私のソーラーディエディには、そんな攻撃通用しないんですよ』


 黄色い機体を背後から差し抜くかと思われたカーテナの刺突は、装甲の表面で受け止められていた。穂先が甲高い音を立てて弾かれる。驚愕に固まるジャックに向けて、志度が叫ぶ。


『ジャック、離れろ!』


 叫びながら、真正面からの突撃を敢行したTkー7改が、たった腕の一振りで、接近しきる前に弾き飛ばされ、振り向きながら振るったもう一振りで、金色のカーテナを弾き飛ばした。


『まさか、相転移装甲……』


 宇佐美が呆然と呟く。あの厄介な障壁を持っている上に、相転移装甲まで持っているとなると、もはや、自分たちの装備だけで対処できる相手ではない。


『くそっ、化け物めっ!』


 半ばやけくそ気味に叫びながら、安久はリロードを終えた短筒の照準を敵機に向けた。こうなれば、離れた場所でペーチルと戦闘状態に入っている心視の持つ、最後の対抗手段に頼るしかない。

 安久たちに出来ることは、彼女が狙撃可能な状態になるまで、時間を稼ぐことくらいだった。


 ***


 一方、比乃はステュクスからの攻撃を避け続けている内に、市街地の外れへと誘導され、一対一に持ち込まれていた。そして、先程から感じる違和感の正体に気付けずに居た。

 相手、ステュクスの撃ってくる榴弾砲の爆発が、極端に小さいのだ。それも、狙いも適当で、まるで爆風をばら撒くことが目的かのように撃って来ている。


 その爆発範囲から逃れるように機動を取りながら、比乃は思案する。こちらを誘導するためか、それとも、回避運動を制限させるつもりか、何が狙いなのか、はっきりとしない。


(それに、さっきから歩兵からの攻撃がないな)


 熱源探知で探ってみた所、敵兵は間違いなく伏せているが、何故か攻撃してこないのだ。比乃はなんだか、無性に嫌な予感がした。


『ほらほら、ぼーっとしてたら蜂の巣だよ軍曹!』


 一瞬、機体の動きが止まった所に、敵機が構えた四十ミリライフルが火を吹いて、弾丸をばら撒いた。それを横斜め下への重心移動――重心が高いAMWならではの回避運動で避ける。転がりながら一発だけ発砲。不完全な体勢で放たれた徹甲弾は、敵機の僅か横に着弾する。


『あはは、下手くそ!』


 愉快そうに笑いながら、彼女は射撃を繰り返す。榴弾と銃弾が雨霰のように降り注ぐ中を、比乃のTkー7改二はじぐざぐに移動しながら避け続ける。転がり込むように建築物の裏手に隠れた比乃は、そこで奇妙な物を発見した。敵兵の集団だ。しかし、様子がおかしい。その兵士たちは全員、身体を地面に横たえ、悶え苦しむように蠢いていたのだ。まるで、殺虫剤を浴びた害虫のように――


「……っ! そういうことか!」


 状況に気付いた比乃は慌てて、その場から離れるように跳躍しようとした。だが、そこに回り込んで来たステュクスの機体が現れ、ライフルで射撃を加えて来た。堪らず横っ跳びに切り替えて弾幕を掻い潜る。


「こちらchild1、状況、ガス! 敵機が毒ガスを撒いてる! 規模と種類は不明!」


 そう、ステュクスの機体が先程から撃っていた榴弾砲の中身は、少量の爆薬と神経系ガスの原液だった。それらは僅かな作用で気体化し、皮膚から吸収しただけでも死に至る。正に劇薬だった。

 彼女はそれを、味方の歩兵が隠れているにも関わらず、周囲に撃ちまくっているのだ。兵士のあの様子から見て、事前に知らされていたとも思えない。


「なんてことを……!」


 味方の歩兵がいるというのに、毒ガスによる攻撃などしてくるのだろうか、相手は気が触れている。いや、初めて会った時から、彼女はまともではなかった。まともであったら、テロリストになどなりはしない。


 それよりも、毒ガスで戦闘に影響する問題について考えなければならない。例えば、気密の問題がある。通常、AMWは基本的に対NBC(核・生物・化学)防御が施されている。これはTkー7も例に漏れない。

 しかし、コクピットシェル(外殻)などに亀裂が入ったり、装甲が歪んで気密が破られたりした場合はその限りではない。只でさえ、Tkー7は装甲が薄いのだ。攻撃の衝撃で問題が生じる可能性は大きい。


 つまり、胴体に攻撃を掠らせることも、命の危機に直結しかねる状況に陥ったわけである。同時に、ここから余り遠くへ移動することもできない。汚染区域を広げてしまう恐れがあるからだ。更にもう一つ、重大な問題があった。それは、


『こちらteacher1、空挺部隊の降下中止を乞う! 敵がガスを使用している! 繰り返す――』


 安久が無線機の向こう、今まさに降下準備をしているであろう輸送機に向けて、怒鳴るように状況説明を繰り返していた。こちらの空挺部隊は、毒ガスが使用されていることなど想定していない。無防備に降りて来ても、全滅するだけだ。


 こちらの撤退と空挺部隊の到着を封じられた。ここまで計算づくで、味方を犠牲にしてまで毒ガスをばら撒いていたと言うのだろうか――比乃の背中に、冷たい物が落ちた。


『あははっ、その様子、もしかして気付いちゃった?』


 物陰に隠れたまま動かないこちらを、敵機が嘲るような仕草で、榴弾砲を持った手を振る。


『そう、私の特技は狙撃よりもこっちなの。化学と生物の勉強は得意なんだよ? こう見えても』


 言って、ライフルを油断なく比乃のいる方へ構えたまま、榴弾砲をこちらとは全くの別方向、山間部に向けて数発連続で放った。比乃が怪訝そうに、警戒しながらそれを見守っていると、ステュクスは『さて、これで最低限のお仕事はお終い』と言って、比乃が隠れているビルの方へ向き直った。


『ここからは存分に遊べるよ。さぁ軍曹、一発でも胴体に当たったら死んじゃうから、頑張って避けてね!』


 半分叫ぶように、嬉し楽しそうにデスゲームの開始を告げる。比乃が隠れている建造物に向かってライフルを乱射した。四十ミリの弾頭がビルとアスファルトを紙細工のように引き裂き、追い立てられた比乃は、全力で機体を駆け巡らせた。


「くっそ、冗談じゃないよ、まったく……!」


 比乃はどうにか回避を続ける。その最中で、反撃の手段を企て、考える。短筒で相手を速攻で仕留められるか、無理だ。障害物が多すぎて、こちらの射撃武器が致命打にならない。回避能力も技量も高い相手に、射撃戦は長期戦を意味する。

 ならば、ここは接近戦でカタをつけるべきだろう。だが、ステュクスからの攻撃は熾烈を極め、中々懐に飛び込めない――だが、相手の弾数も無限ではないことを、比乃は良く知っていた。。


 そう考えた丁度その時、ステュクスが乱射していたライフルが静かになった。弾切れだ。彼女は手早くリロードするために、榴弾砲を足元に放り捨て、腰からマガジンを取り出そうとした。


「今っ!」


 そこへ目掛けて、Tkー7改ニが突撃する。ウェポンラックから高振動ナイフを振り抜き、腰のスラスターから光を放出しながら、凄まじい加速度で突っ込んでいく。


『そう来ると思ってたよ!』


 ステュクスは叫びながら、足元の榴弾砲を器用に蹴り飛ばして来た。目の前に飛んで来たそれを、迷うことなく一閃。斬り飛ばす。僅かに残っていた弾薬が誘爆するが、その爆発の煙を突っ切って、目前のステュクス機へと肉薄する。


『やるじゃないの、えぇっ?!』


 接近されたステュクスは、リロードを終えたライフルを構えず、後ろに跳躍することで少しでも距離を稼ごうとする。その稼いだ時間で、腰から高振動ナイフを振り抜いた。追い縋って来た比乃機と激突。

 甲高い音を立てて、ナイフとナイフがぶつかり合う。火花が盛大に上がり、力比べになる。


『楽しい、楽しいねぇ軍曹! ほら、少しでもナイフが当たったら死んじゃうよー?』


「くっ、この!」


 機体性能差は相手が上だ。ジリジリと押し負けそうになった所を、咄嗟に身を屈めて力を逃す。つんのめった相手の胴体に蹴りを入れて、距離を取り直してから、ナイフを構える。


『あはっ、あはは、いいよいいよ。面白いよ!』


 衝撃を受けてもなお、愉しげに笑う彼女に、比乃は確かに恐怖した。

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【異世界のロボット乗りは大変です。~少女と機士の物語~】
本作の続編となっています。
この物語を読み終えて、興味を持っていただけましたら
次の作品もどうぞよろしくお願い致します。


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