急変する状況
急変した戦況に、オーケアノスは小さく舌打ちした。突如として現れたOFMの攻撃によって、相手取っている米軍の隊長機。かの高名なメイヴィス・ヴァージニア・スミス少佐との戦いを楽しんでいる余裕は、なくなってしまった。
オーケアニデス大隊にも少なくない被害は出ていたが、このまま行けば、上陸して来た米軍機の大半を撃破、橋頭堡の確保を頓挫させられたというのに、降って湧いたかのように現れたOFMのせいで、計画が御破算寸前になっている。
『先生、これってちょっとまずいんじゃない?』
離れた所で比乃の相手をしているステュクスが、狼狽えた様子で言う。確かに、状況はよろしくない。すでに数機のスティンレイを失った自分たちに、米軍とOFM両方を相手取るほどの余力は流石にはなかった。
何より、自衛隊が想定以上にこちらに被害を出していた。撃破されたスティンレイの大半は、自衛隊のTkー7改による被害だった。
流石は、相転移装甲の技術において米国よりも技術が進んでいる国。その対応策も万全だった。それによって撃破された生徒の事が一瞬頭を過って、オーケアノスは舌打ちした。
誰も彼も、優秀な才能ある生徒だったというのに、自分が相手の力量を見誤ったばかりに、こんな所で無駄に命を散らさせてしまった。
「撤収するぞ、各機、適当に遇らって撤収ポイントまで移動。急げ」
オーケアノスの決断は早かった。ここで戦力を摩耗するよりも、当初の上からの指示通りに撤退した方が得策だと踏んだのだ。まさか、撤収用に潜水艦を一隻残しておいたのが功を奏すとは、オーケアノスも思いもしなかった。
『えー、先生、まだ軍曹との決着がついてないんだけど』
『ここは聞きなさいステュクス。それはまた次の機会にしましょう』
ドーリスに諌められたステュクスが「はーい」と不貞腐れた返事をしたのに合わせて、通信を聞いていた生徒らの機体が、交戦中の敵機を置いて、続々と後退を始める。米軍からの追撃もあったが、そこにOFMの横槍が入って、こちらの後退への助けになっていた。
米軍を完全に返り討ちに出来なかったのは残念だが、それでも米軍の特殊部隊、それも最新鋭機を半数以上は撃破したのだ。即時撤退の指示を無視した事と、こちらの損害に対する上への言い訳も、少しは付くだろう。
「さて……」
オーケアノス自身も後退したい所だったが、目の前のM6は早々こちらを逃してくれる手合いではない。自機を自然体に構えさせて、この難敵をどうやって引き剥がそうかと考え始めた。
(撃破は容易くない。ならば適当に一撃を入れて、さっさと後退するか)
無理に撃破する必要もないからな――素早く作戦を決めたオーケアノスのスティンレイが両腕を広げて、高振動ブレードを構えるメイヴィスのM6へ躍り掛かる。
別に一撃入れなくとも、一瞬の隙さえ作れれば、逃走は十分可能であったが、念には念を入れるのが、オーケアノスという男の流儀であった。
米軍とテロリストの乱戦に、OFMが介入したことによって生じた混戦状態から、テロリストが抜け出したことによって、乱雑になっていた戦況が一気に整頓された。
後退し始めたテロリストを追撃しようとする米軍と自衛隊だったが、なおも無差別攻撃を続けるOFMによって、それを妨害されてしまう。撤退する敵機を追撃することもままならず、戦闘は対AMW戦から対OFM戦へと移行した。
コキュートス二機の相手をしていた比乃は、相手が突然、関節部からチャフ入りのスモークを撒き始めたことに困惑した。そうしている間に『ばいばい日比野軍曹。次会った時は決着つけようね』と言い残して、ステュクスとドーリスは跳躍して去って行った。
それを追おうとして機体を屈め跳躍しようとしたが、そこに、西洋鎧からの光線による狙撃が飛んで来た。慌てて回避行動に変更し、難を逃れる。
どうやら、西洋鎧の攻撃の矛先は、逃げたテロリストから自衛隊と米軍に移ったらしい。この場から逃げれば、こちらも見逃して貰えるかもしれないが、残念な事に、逃げる為の足も、逃げる道理も無かった。
『各機、状況報告!』
狙撃を回避して着地したのと同時に、メイヴィスのM6から通信が入った。そちらを見れば、一撃、良いのを貰ったのか、メイヴィスの機体は左腕を欠損していた。だが、それ以外の損傷は見られない。あのオーケアノスを相手にして、流石はメイヴィス少佐だと、比乃は賞賛し、そのメイヴィスに一撃を与えたオーケアノスを畏怖した。
ここで、あの強敵を仕留められなかったのは、大きな懸念材料になるかもしれないが、今はそんな事より、目の前に現れた脅威への対処である。
『Alfa1より各機へ、対OFM戦の基本は頭に入ってるわね? 逃した敵よりあっちを先に迎撃するわよ!』
『Bravo1了解』
『Charlie1了解』
『Delta1了解』
『Teacher1了解。我々が先行して壁になります。その間にレールガンを』
『頼もしいわね、お願いするわ。各小隊聞いたわね? 自衛隊の献身を無駄にしないこと!』
「Child1了解……まったく、いつもいつも厄介な奴らだ。心視、牽制射撃と副腕のコントロール任せた。一気に前に出るよ」
「わかった……」
ぶつくさ言いながら、比乃は滑走路の西側、OFMが現れてた方向へ向けて疾走する。AIが脚部に受けた損傷による歩行への影響を報告してくるが、無視して機体を加速させる。
レールガンを構えて射撃体勢に入ったM6の一団と、同じく突撃態勢に入ったTkー7改を追い抜いて、Tkー11が敵群の前に飛び出した。
一機で突出してきたのが意外だったのか、相手は対応が遅れた。玉虫色をした西洋鎧の一体に向かって跳躍。腕から迫り出した光分子カッターを輝かせて、白い機体が勢い任せで空中の敵に激突する。
玉虫色の西洋鎧が、勢いと重量に負けて、地上に落ちる。絡み合うようにして地面に倒れた二機。西洋鎧が慌てて身を起こそうとするよりも早く、Tkー11のカッターが玉虫色の胴体へと突き刺さった。
数瞬、痙攣したように身悶えた敵機に、更に深く得物を差し込む。完全に動かなくなったその機体を蹴り飛ばして一度、距離を取る。
その光景を、呆けたように見ていた他のOFMの一部が、思い出したかのように動き出した、銃剣をこちらに向けて光線を放って来る。しかし、回避は容易かった。背中のフォトンウィングを瞬かせるも無く、素の機動力でその射撃を避けた。
一機の撃破が引き金となったのか、OFMの一団から、明確な敵意が突き刺さるように感じられた。その集団の中に、比乃と心視の記憶にある色が居た。銃剣を持った白、戦斧を抱えた緑、弓を背負った紫。
「あの色……見覚えがあるぞ」
忘れるものか――それを認識した瞬間、比乃の全身から、こちらに向けられている物よりも、濃密で鋭い殺気が漏れ出す感覚を、後部座席の心視は感じ取っていた。




