戦場での再会
『小隊長、レールガンの使用許可を!』
『駄目だ、この状況では同士討ちになりかねん! 少佐!』
『各機、近接戦闘で応戦して、狙う場所は先日ミーティングで話した通りよ!』
空港の一角は、古きコロセウムの乱闘のようになっていた。味方と背中合わせに連携を取るのがやっとで、派手な機動も制限される。米軍と自衛隊には厳しい状況だった。
そんな中、乱闘の隅で傷一つ無い、産まれたてのような水色の細身の機体、コキュートス二機が、Tkー11と対峙する。お互い、乗ってる相手は分かりきっていた。外部スピーカー越しに、楽しそうな少女の声が聞こえてくる。
『久しぶりだね日比野軍曹、元気だった?』
ロングバレルのAMW用ライフルを持っている機体。戯けるような仕草をしている方に乗っているのはステュクスだ。もう片方、通常型のライフルを油断なく構えているのは、おそらくドーリスだろう。
「おかげさまでね、しばらくは平和な毎日だったよ」
同じく外部音声で比乃が短く答えて、短筒を構えた。
『あらそう、そんなつまらなそうな毎日、私が今日で終わりにしてあげる』
言って、ステュクスのコキュートスもライフルを構えた。一触即発、次の瞬間、先に動いたのはTkー11だった。
「ッ!」
機体の出力を全開にして、短筒を持ったまま突進する。一瞬呆気にとられたドーリスが、ワンテンポ遅れて射撃。恐ろしく正確な射撃だった、故に避けやすい。
Tkー11の背中の羽根が瞬いて、機体を直角に真横へとスライドさせた。強引すぎる挙動に脚部が悲鳴を上げるが、まだ許容範囲内。
この未知のAMW二機、乗り手も只者ではない二人を引き付けておけるならば、機体がある程度損傷しようと安いものだった。
射撃を回避し、更に距離を詰める比乃に対して、ドーリスが前衛を、ステュクスが後衛になるようにフォーメーションを組んだ。Tkー11が右腕の袖から薄緑色に輝く光分子カッターを振り抜く。
『あれから考えたんだけど、今度は腕も引っこ抜いちゃおうかなって、それで爆弾付きの義手にしてあげるよ。そしたら今度は逃げられないでしょ!』
「戦闘中にペチャクチャと……!」
「よく、口が、回る……」
末恐ろしいことを言ってのけるステュクスを無視して、比乃は前方に出てきたドーリス機に斬りかかる。横からの袈裟斬り。一瞬、斬撃を腕部の高振動ナイフで受けようとしたコキュートスが、さっと素早く身を引いて、薄緑色の軌跡を描く斬撃を避けた。
(良い勘をしている!)
光分子カッターは、相転移装甲すら問答無用で切り裂く切れ味を持つ。ナイフで受けていたら、ドーリス機は構えた左腕毎、胴体を斬り伏せられていただろう。また、これで一つ確かになった。相手の機体は、相転移装甲を装備していない。していれば、態々ナイフで受けようなどとは思わないからだ。適当に装甲が分厚い部分で受ければそれで済むはずである。
思考している間に、攻撃を避けたコキュートスが迫る。片手のライフルを持ったまま、腕部にマウントされている高振動ナイフで、ただ真っ直ぐ、鋭い突きを放ってきた。
「!」
比乃はすんでのところで機体を横に反らした。反らさなければコクピットの制御系、もしくは操縦者が串刺しになっていただろう。続く斬撃は、まさしく変幻自在。避けるのが手一杯だ。どのように斬り込まれているのか、それを判断するのも苦労するような攻撃だった。
そのどれもが、完全にこちらを殺すつもりの一撃であった。自分を未だに捕縛したいのか、それともここで始末してしまいたいのか、ステュクスの言動とドーリスの行動に差異がある。どうにも、相手は意思統一ができていない節がある。
『駄目じゃないドーリス、捕まえなきゃいけないんだから!』
言いながら、ステュクスのコキュートスがライフルを構える。狙いはこちらの足回り。その狙撃を、間にドーリス機が割り込むように立ち回ることで防ごうとする。するが、
『もー、ドーリス邪魔!』
なんと、ステュクスは躊躇いもなく、そのまま撃った。同時に目の前にいたドーリス機は、わかっていたように右へ飛ぶ。
「なっ?!」
相手の予想外の連携、と言っていいか判らない攻撃に、比乃は反応が遅れた。すかさず左へ飛ぼうとするが、右足に弾丸が命中。即座にAIが被害報告を行う。損害は軽微、Tkー11は見た目以上にタフだった。戦闘続行は可能。
距離を取ったコキュートス二機に、Tkー11が背中の滑腔砲を撃ちながら肉薄する。相手は射撃を難なく避けると、また前後に別れて位置取った。前に立ったコキュートス、ドーリス機と再び猛烈な斬り合いが始まる。
『無駄だって軍曹、ドーリスのナイフ捌きは姉妹でも一番なんだよ?』
その後ろで、勝負を見学するように、ライフルを肩に担いでステュクス機が笑う。手出しする必要がないと思われているのか、ただ遊んでいるだけなのか、それでも、二機が同時に攻撃してこないというだけで、比乃にとってその余裕は有難い。
「それなら……比乃のナイフ捌きは……第三師団一」
「それほどでもないけどね!」
後部座席で呟いた心視にそう返しながら、比乃が斬撃を放つ。それを紙一重で避けたドーリス機に掴みかかろうとする。ふりをして、そのまま背後に回り込んだ。そして猛然と突きを放つ。これを、ドーリスは避けることが間に合わないと踏んで、右手のライフルを背中に回して盾にした。ライフルの側面を串刺しにした光分子カッターが、そのままライフルを溶断して斬り捨てた。
「浅かったか……!」
向き直ったドーリス機は、持ち手のみを残したライフルの残骸を放り捨てる。空いた右手にも高振動ナイフを持って構えた。ここからが本気ということらしい。そして、ドーリス機の背後に回ったということは――
『背中がガラ空きだよ軍曹!』
いつの間にライフルを構え直したのか、ステュクスは楽しげに言いながら、三点バーストで発砲する。だが、比乃はそれを予期していた。背中の羽根が瞬く。見えない壁が三発の砲弾を受け止め、そのままねじり潰す。以前のTkー10との戦闘でコツを掴んだのか、比乃はフォトンウィングによる防御障壁を出すタイミングをマスターしつつあったのだ。
『そんなのあり?!』
目の前で起きた、既存の物理法則を無視した現象に、ステュクスが驚愕の声をあげた彼女に、背中の羽根が穂先を向けて発砲。咄嗟に回避したコキュートスの左肩装甲を吹き飛ばした。
「……惜しい」
そうしている間にも、ドーリス機が仕掛けて来た。右腕が残像を残して消えたように見える。弾丸のような突き。どうにか避ける。反撃、右手を横薙ぎに払い、相手が下がったのを見てから、そこに追撃の左手による突き。避けられた。ドーリスからの反撃を打ち払おうとすると、相手はさっと身を引いてナイフを守った。
フェンシングの試合のようなナイフとカッターの突き合い。その間にも、Tkー11の背中の滑腔砲がステュクス機を捉え次第砲撃。彼女に攻撃する隙を与えない。
二対一、否、“二対二”の攻防は、激しさを増して行った。




