試作機、出撃
トラックから飛び出し、森林の上を滑るように飛ぶ三体。
自衛隊が正体不明機と呼ぶそれらの目的は、その基地にいる一人の自衛官の拉致を支援することだった。
勿論、それだけはなく、スポンサーからの指示で駐屯地にダメージを与えることで、そのスポンサーが別に支援している団体が今後の活動をやりやすくするという目論見もあった。
尤も、今飛んでいる三体の操縦者たちは、ただ「別動隊が侵入して目標を確保するために、ある程度基地を攻撃すること」としか聞かされていないが。
ともかく、その目的を遂行するため、白い西洋甲冑。ターコイズと呼ばれたその中で、まだ高校生くらいに見える、その普通の容姿に比べて名前が珍しいとか、名前負けだとかよく言われる少年がいた。
その名を白鴎と言う彼は、目的の基地に潜入していた仲間である山口から届いたメールを読みながら、球体に映し出されている僚機を操っている二人の男女のやり取りを聞いていた。
『しかし川口さんも大袈裟だぜ、あんなちんけな奴ら俺一人で充分だってのによ』
『油断が過ぎますよ緑川さん、相手が何であれ慎重にいかないと』
白鴎が収まっている球体の内側に映し出されている男女。
紫のタンザナイトに乗る、黒髪ロングの和風美人の紫野と、髪を後ろに流した目付きの悪い男、緑のジェードを操る緑川が、緊張感もなくわあわあと言い争いを始めた。
『紫野ぉ、おめーはビビり過ぎなんだよ一々』
『も、物怖じなんていません! 何を言い出すんですか!』
『はっ、どうだかなぁ、おめーはいっつもよぉ』
この二人はいつもそうだ。緑川が優等生ぶってるだとか、お高く留まってるとか言って紫野を挑発して、紫野も真面目にそれに反論して言い合いになる。
白鴎は深くため息をついてから、強めの口調で二人を止めた。
「喧嘩するなよ二人とも、作戦中なんだから少しは協調性を持てよ。山口さんからメールが来てる……妨害が一部失敗、三機ほどそちらに向かっている、警戒されたしだってよ」
『へぇ、おもしれぇじゃねぇか』
緑川が不適に笑う、自信過剰のように見えるが、彼が乗るジェードはそれだけの力がある。
紫野も「それだけなら、問題ありませんね」と、澄ました顔で言ってのける。
「あんまり自衛隊を舐めないほうがいいんじゃないか、アリサさんだってそれで酷い目にあっただろ」
『あれは敵討ちとか言って飛び出したアリサが悪いんじゃねぇか』
斯く言う白鴎も、それほど緊張感を抱いてはいなかった。このターコイズを含め、自分たちを傷つけられる存在なんて早々いない。心の底ではそう思っているのだ。
実際、敵地においてこのようなやり取りをしている時点で、全員油断していると言わざるを得ない。だがそれを指摘する人物はこの場にいない。
そうこう話している内に森林地帯を抜け、開けた場所に出た。
彼らは知りもしなかったが、そこは元米軍の訓練場だった。
その先の森林の中、遠くに薄っすらと人工物が見える。目的地はすぐ目の前――誰ともなく呟いた次の瞬間、それを待っていたかのようにして、自衛隊の先制攻撃が襲った。
真っ直ぐな棒のような軌跡を描いて飛来した計十八本の円筒が、油断し切っている三機の視界を埋め尽くすように飛び込んだのだ。
* * *
一斉射の後に、発射元から無線誘導されたそれら――対戦車誘導弾、通称「ヘルファイアⅢ」の群れは、推進ロケットから火を噴きながら猛前と突き進み、正体不明機群に我先にとばかりに突き刺さり起爆。
盛大に熱と衝撃に金属片、そして爆煙をばら撒いた。
《弾着確認 誘導終了》
彼方で爆煙が上がり、その様子をセンサーで知覚したAIが、誘導波を送信していたTk-9のブレードアンテナがガシャンと閉じ、セミアクティブ誘導を終える。
この「ヘルファイアⅢ」は、前身から代わらず打ちっ放し誘導も可能な代物だった。だが、今回は目標の電波反射率が何かに吸い取られているかのように小さかったため、親機から直接誘導するしかなかった。
しかし、その労力の割に、ディスプレイに投影された拡大望遠内には、よろめきはしても装甲に傷一つない三体の西洋鎧がいた。被害を受けた様子は見られず、比乃はため息を吐く。
「……命中弾十の有効打無し、命中と無効を同時に言う日が来るとは思わなかったよ」
『……残念』
『おい見たか比乃、あいつらマジでバリアっぽいの出してたぞ』
嫌でも見えたよ、と比乃は大型のHMDの下で嫌そうな顔して返す。
部隊長が危惧していた通り、本当に対戦車ロケットが効かなかったということを証明してしまったことと、これからあれを相手取らないといけないという事実が、比乃を心底げんなりさせた。
(しかも数発撃ち落とされたよ……飛び道具持ちがいるなぁ)
若干ぼやける望遠カメラの中、手に弓らしき物と銃剣のような物を握っている機がいることを確認する。
基地に戻ったら資料――技本の安久と宇佐美から特急便で送られてきた敵の情報に訂正を入れなければなるまい。
しかし、どれだけ厄介な相手とは言え、自分達の後方には、無防備な駐屯地がある。
ここで撃破するか、最低でも撃退しなければ後がない。
正に決戦である、比乃は気を取り直して一時的な部下となった志度と心視に、この面子でのみ使用されるコールサインで指示を飛ばす。
「資料にあった通り接近戦に持ち込まないとしんどそうだ、Child2は緑、Child3は弓持ってる紫、僕は剣持ちの白いのを殺る――手はず通りにいくよ」
『Child2、了解!!』
『Child3……了解』
中身を吐き尽くした鉄棺を肩から切り離し、身軽になったTk-9はタービンの轟音を発てる。関係者に「鋼鉄達磨」と比喩される巨体からは想像できない速度で、事前に示し合わせた通り、三機は比乃を基点に左右へ散開する。
示し合わせた……と言っても内容は至極単純。相手は三機、こちらも三機。勝利条件は敵全ての無力化、敗北条件は敵の一機にでもここを抜かれること――であるならば、一対一のタイマンでけりをつけるしかない。
「HQへ、こちらChild1、これより各個判断で戦闘に入る」
『HQ了解、武運を祈る』
司令室との通信を切った比乃は、普段より強く脳内に響く「がりがりがり」という異音を聞きながら、己のTk-9をさらに加速させた。




