後始末と始末書
比乃が操縦する機体が、残骸だらけになった市民会館の入り口を片付け終えて離れる。そこから、人質になっていた人々が警察によって救助されていく。
それを眺めながら、関係者や自衛隊車両などでごった返す中、比乃はTkー7に降車姿勢を取らせ、コクピットハッチを解放させた。
圧縮空気を噴出しながら、頭部が根元から後方にスライドし、そこから搭乗者が這い出る。
周辺にマスコミなどが来ていないことを確認してから、少しサイズが大きいヘッドギアを脱ぎ取った。
そして「あー、痒いっ」と、汗で蒸れた前髪を鬱陶しそうに搔きあげる。
そのヘッドギアの下から現れた容貌は、こざっぱりとした短髪に中性的でまだ幼さを残す顔立ち、身長は百五十センチ以上、百六十センチ未満と言ったところで、とても「三曹」という階級を持った自衛官には見えない。
それどころか、今救助されている学生達と殆ど変わらない年齢にすら見えた。
しかし、幼く見えるのはその容姿だけで、膝をついたTkー7から降りるその身のこなしは妙に小慣れている。
たたんと軽やかに地面に着地した少年は、緊急事態ということで借り受けた、今回限りの乗機を上から下まで見渡した。
作業中や歩かせた時にも違和感を感じていたが、明らかに機体の右足がひしゃげていた。
回転蹴りで重装甲を無理やり貫いたことによるガタが来たらしい。
ここに整備士がいたら、事務的に激怒していることも考えられる損傷のさせ方であった。
「……ううむ」
比乃は脂汗を流して唸ったが、次の瞬間には「まぁ、緊急事態の仕方がない損傷ということで」と独り言を言って、勝手に一人納得。
ともかく、仕事が無事に済んで良かったと、年相応の上機嫌な顔になって、野外更衣室を探しに歩き始めた。
こういう時に自分用の操縦服を持ち歩かないと不便だよなぁ、と今着用している女性用の操縦服の胸元をフニフニさせていると、後ろから肩を叩かれた。
「いやぁ助かりましたよ日比野三曹、危うく市民の皆さんと私たちの首が飛ぶ所でした」
比乃が振り向くと、そこに居たのは眼鏡をかけた痩せっぽい自衛官であった。
ただ、グリーンの制服には一等陸尉の階級章が引っ付いていて、その後ろには部下らしい自衛官を二人従えている。比乃から見て五つも上の階級の人物である、比乃は慌てて敬礼すると、相手も軽く返礼した。
比乃が「お疲れ様です、一尉殿」と挨拶すると、一尉は「いえいえいえ」と妙に腰が低い態度で、にこにこしながら比乃の横について歩き始める。
だが、その陸尉の後ろについている二人の自衛官は無表情のままで、どこから取り出したのか、その手に対不審者用の捕獲ネットとさすまたを持っていた。
比乃は、この上官のにこにこ顔の裏に、無理な突撃をかけて公共施設を壊したことやら、Tkー7の下半身を破損させたことなどに関するあれこれが隠れていることを察した。
察したので、歩みを早めるが、相手も同じ速度でついてくる。
ほぼ早歩きの域だがそこは自衛官、眼鏡をかけた事務職でも革靴の底を鳴らしながら、七十五センチの歩幅で余裕で付いてきた。
「いやぁしかし、流石は南の狂ってる師団。やることが大胆ですねぇ……急を要するとはいえ、まさかテロリストが立て籠もっている建築物に直接突っ込むだなんて、並みの機士ではできませんよ。リスクとか損害とか考えて」
「はぁ、あの、すいません……」
「いやいやぁ、謝らないでください! 大胆不敵にも我が駐屯地に潜り込んで、あまつさえうちの機士に下剤入りの温泉饅頭なんてものを仕込んで来たネズミも、まさか他の師団から凄腕の機士が偶然にも来ていたとは、思いもしなかったでしょうなぁ! その機士がとんでも無い行動を成功させる程の腕前とも知らずに!」
「いやぁ、実際、偶然ですし……」
「いやいやいやぁ、突然、現場近くの広場に機体を移動させたときは、一体何をするつもりかと駐屯地の中で騒ぎになりまして、あの狂ってることで有名な第三師団の機士が何をするのかと、前もって辞表を書こうとする幹部も出るくらいでして、何かやらかすのではと!」
「はは、まさかそんな……」
空の状況、ヘリなどの有無は確認していた物の、許可も何も取らずに七メートルある鉄の塊で空中散歩をしたのは、若干まずかった。
飛んでる所を直接マスコミに撮られていたら、それこそ安全問題だなんだと叩かれる材料にされていたに違いない。
結果的には建物以外の損害は無しで敵AMWを撃破し、人質を取っていたテロリストも無事に捕縛できたので、結果オーライとも言えるのだが……そうは問屋が卸さない。
「日比野三曹はこの後お帰りでしょう? 先程からお急ぎのようですし、我々の方で車を用意しましたからそれで空港に向かってください……中でこれを書きながら」
笑顔のまま陸尉が取り出したのは、始末書と書かれた紙の束。
「……あ、僕は飛行機の時間があるし迎えが来てくれてますのでー!」
比乃が脱兎の如く駆け出したと同時に、後ろに控えていた自衛官が、その見た目からは想像できない速さで比乃に飛びかかった。
「逃がしませんよ! 座模さん、鳥吾さん! 絶対に捕まえてください!! 逃がしたら面倒な書類はすべて貴方たちに書いて貰いますからね!!」
言われ、巨体をぐんっと加速させた二人の屈強な男たちと比乃の数分に渡る追いかけっこは、果てにはCQCと棒術、投網漁法までもが交差する激闘となり
実家が漁師の座模が放った必殺技「掟破りの地元漁業」と、実家はBARを経営している鳥吾が繰り出した「強制ポールダンス」のコンビネーションを前に成すべくもなく捕らえられ
「この人達なんで自衛官やってんですか?!」という断末魔を上げながら、そのまま捕獲されたグレイ型宇宙人のようにずるずると引き摺られていった。
* * *
運ばれていく少年の後ろ姿を見届けた陸尉は、先ほどまで浮かべていた笑みを消して踵を返す。
向かうのは崩れた文化ホール入り口のすぐ傍、正しくはそこで大型運搬車両によって撤去作業が進められているテロリストが使用していたAMW。
向かった先では、釣り上げられた魚の様な状態で、二機のAMWがクレーンに吊り下げられている。
どちらも、コクピットを的確且つ執拗に破壊されており、その中がどうなっているか想像に難くない。
これから検分作業を行うであろう担当者に、同情の念すら抱かせるほどだった。
被害を最小限に抑える上で、敵AMWの搭乗席を直接破壊する戦法は至極効率的である。が、直接的な殺人に繋がる為か、それを躊躇なく行える機士は多くない。
その上、救出班が先行していたとはいえ、リスクを一切鑑みない強行突入、今回は上手くいったから良かった物の、もしも人質に被害が出ていたら――有り得たかもしれない最悪の状況を想像して、陸尉はぞっとした。
そして、それらの行為、判断を見た目中学生にしか見えないあの機士が一切の戸惑いなくやってみせたことに、不気味さを抱いた。
「……やはり、どこか狂ってますね、あの師団は」