奪還作戦
そうして二人で話していると、そこにまた新しい人影がやってきた。小柄な白髪と金髪の二人。志度と心視だった。二人は「おーい、比乃ー」と声を張り上げながら、暑さも何のそのと言わんばかりに、元気よく駆けて来る。
比乃はそこで携帯端末の時計を見て、彼らの用件を察した。隣のリアも腕時計を見て「あっ」と声をあげる。
「そろそろブリーフィングやるから集まれってよ! ブラッドバーン伍長も一緒にな!」
「二人きりで、何、してたの?」
そして、比乃の予想通りの用件を伝えた志度と、何がそんなに気になるのか、詰問してくる心視。彼女からすれば、自分たとが荷物の積み込みをしている間に、比乃が女と二人きりになっているなど言語道断なのである。比乃の隣にいるリアを睨み付けると、リアはふんと鼻を鳴らしてその視線を真っ向から受け止める。
比乃は何してるんだと思いながら、心視に「ただの世間話だよ」と軽く答えて、二人の方へ歩き始めた。リアはその後ろから、少し遅れて着いて来て「せっかく二人きりだったのに……」と呟いたが、比乃の耳には届かなかった。
基地の施設の一つであるブリーフィングルームには、すでに米陸軍の隊員と、安久、宇佐美が揃って座っていた。比乃たちは室内に向けて軽く会釈をしてから、空いてる席に座った。
「それでは、全員揃った所でブリーフィングを始めるわよ」
部屋の一番前、スクリーンの前に立ったメイヴィスがそう宣言すると、雑談していたり、比乃達自衛官の方をちらりと見て、何事か話していた米兵は、大体が静かになった。
それでもひそひそ話しをしていた数人を、メイヴィスの隣に立っていた副官、ホリス・アッカー大尉が無言で睨み付けると、部屋は完全に静かになった。
この部屋に集められた戦闘要員、AMWパイロットは総勢三十五名。三十人、十個小隊分のアメリカ陸軍AMWパイロットと、五人の自衛隊の機士である。その中には、先日、比乃と模擬戦を行ったコールター少尉の姿もあった。
米兵はどれもこれもラフな野戦服姿で、自衛官勢はいつものオリーブグリーンの制服姿である。比乃だけ、膝に麦わら帽子を乗せている。これはリアからの借り物である。返すタイミングを損ねてしまった。
そんな面子の前で、全員に配られている作戦資料と同じ物を持ったメイヴィスが「さて」と話し始める。
「今回の作戦だけど、これまでにないくらいハードでスピーディな作戦になるわ。足の遅いシュワルツコフで、のんびりお散歩するのとは訳が違う、覚悟しておいて頂戴」
言いながら、メイヴィスは部屋に集まった人員に、普段は見せないような、険しい顔で睨みを効かせる。だが、集まった米兵達は誰も不平も不満も漏らさず、その表情は決意に引き締まっていた。
作戦について、まだ何も聞いていない、部外者である自衛隊組だけが、その言葉に疑問符を浮かべていた。それでも、彼ら米軍の立場と状況を考えれば、その表情の意味も、すぐにわかることではある。
今回で数度目のハワイ奪還作戦。もし失敗すれば、もう一度準備を整えて、再攻撃を行う前に、敵が態勢を立て直してしまう。そのことをよく知っている米軍は、誰しもが余裕がないのである。自衛隊組も、その意味を理解して表情を硬くする。ただ、最後尾の席の宇佐美だけは「余裕余裕」と笑みを浮かべていたが。
メイヴィスは部下達の顔を一人一人見つめて、満足気に頷いた。
「よろしい、みんな覚悟は出来てるようね……それじゃあ作戦を改めて説明するわ。ホリス、スクリーンの電源をお願い」
指揮官に言われ、ホリスが投影機の電源を入れると、ハワイ島の衛星写真が映し出された。彼に「ありがとう」と資料に視線を落としながら言って、メイヴィスは前置きもそこそこに、作戦について切り出した。
「事前に資料を見た人は知ってるだろうけど、ハワイ島並びに軍事施設、ホノルル国際空港を占拠しているテロリストの一団……いえ、一軍に対して、再び一斉攻勢を仕掛けることが決定したのは、みんな知っての通りよね。作戦目的は各施設の奪還、そしてテロリストの殲滅」
彼女がそこまで言うと、ホリスが再度投影機を操作する。すると、スクリーンに映し出されたハワイ島に赤い点や線、円形が映し出された。敵戦力の予想される展開規模が表しているそれらを指差して、メイヴィスは話を続ける。
「私たちの役目は、ずばり攻撃の先遣隊。橋頭堡を築きつつ、同時に空港に展開しているであろう敵航空戦力の破壊が目的よ」
先遣隊、つまりは一番最初に敵陣に突っ込むのが、ここに集めらたパイロットたちである。技量は勿論、一級品のはずである。比乃に模擬戦で負けたと言っても、並大抵の機士よりも優れている。
「フォード級航空母艦を足にして、前回の作戦と同じく、ハワイ島南のママラ湾から、敵戦力が展開されている空港へ直接乗り込む。湾口に到達するまでは、私達の出番はないわね。空軍と海軍に期待しましょう」
スクリーンのハワイ島の南部。下向きに突き出た、金槌のような形をしたホノルル国際空港に、南の湾口部分から矢印が伸びて、空港の広大な滑走路に止まる。おおよその予定距離が示されているが、とてもAMW単機で進む距離ではない。
普通なら、大型輸送ヘリを使ったヘリボーンか、水中推進装置などを装備した海中移動で乗り込むべきだが、メイヴィスはそれらを否定した。
「これまでと違う点は、私たち先遣隊の突入方法は、のろのろしたヘリボーンでも、ゆったりとした海中水泳でもないってこと」
更にスクリーンの画面が切替り、今度は何かの装備の詳細図が表示された。それは一本の円筒だった。左右にウイング、前方にジョイント、後部に噴射口らしき物が見える、比乃は初めて見る代物だった。書かれている説明から、M6用の補助装備であることはすぐわかる。
しかし、説明を受けなくとも、比乃はそれが何なのか、なんとなくだが検討がついた。それで何をしようというのかも、理解できた。それは、比乃は思わず内心で「マジかよ」と思ってしまう、大胆な手だった。




