模擬戦相手
Tkー11のテストを始めて数日。簡単な動作確認や調整を終え、テストは第一段階の最終工程に差し掛かっていた。
「模擬戦ですか」
「そう、そうだ。それも実戦により近い、より近いテストがしたい」
「実戦的ですか」
相変わらずテンションが高い博士にすっかり慣れてしまった比乃は、報告書を書く手を止めずに答える。ここは施設の中にある一室で、比乃と志度、心視の三人は、博士達職員と共に、この一見すると廃工場に見える研究施設に泊まり込んでいた。
ちなみに今現在、心視と志度は夜食を買いに外出中である。しばらく、コンビニ弁当やインスタントばかりの食事で過ごしているのは、自炊派の比乃としては由々しき事態であった。しかし、元は潰れた工場だったこの施設に、台所や食堂などと言った設備は存在せず、泣く泣く現状に甘んじていた。
「動かない的を相手にしたテストなどいくらやっても無駄だ! とにかく、とにかく、もっともっと刺激が必要なのだ! 解るか日比野三曹?!」
「まぁ、言わんとすることは理解できます」
割り当てられた部屋で報告書を書いていると、楠木博士が時折やってきては、AMWの設計について話し出したり、その運用方法の是非について語り出したりする。今も、そうした会話から転じた話題だった。
最初の内は当惑していた三人であったが、職員達が「あれでも博士なりのコミュニケーションなんですよ」と説明してくれたので、特に邪険にせず、大人しく話を聞いていた。
そうして接している中で、博士は三人の中でも特に話を真面目に聞き、自身の最高傑作のメインパイロットである比乃が気に入ったらしかった。毎日のように比乃の元へ訪れては、実験について話し合ったりするのだ。
経過報告のために連絡をした部隊長にはお前の変人ホイホイは健在だな」と、割と洒落になってない呼び名を付けられたのだが、否定できないのが悲しい所であった。
「そこで、そこでだ。私は妙案を思いついたのだよ! 聞きたいかね?」
「それは是非」
報告書の内容がひと段落ついたので、書く手を止めて椅子を回して博士に向き直る。見れば、博士は自信満々な表情で、比乃の顔を覗き込むように話し始めた。
「去年制定されたPMC法案、君は覚えているか?」
「ああ、あの通ったはいいけど全く活かされてない無駄法案ですね」
比乃は皮肉を含めた口調で言った。元々は、自衛隊への負担を軽減するために通った法案だったのに、予算や機密、安全性の問題から、全くと言っていい程活用されていない。それどころか、去年はそれが原因で沖縄技本が、正体不明のテロリストに襲われるという惨事も起こしている。
その事件が尾を引いて、今現在も防衛戦力としてのPMC導入には至っていない。それどころか、廃案に持ち込む動きまで見えている。もっとも、今の国会は与党のスキャンダルを発端に、与野党同士で足の引っ張り合いをしていて、まともに動いていないのだが。
「って博士、まさか……PMCを試験相手に使うつもりですか?」
その話が出た時点で、答えは出ているような物だった。比乃のそう問いかけに、聞かれた博士がニヤリと笑みを浮かべると、肯定するように大きく頷く。
「そう、そのまさかだ。あれを、あれを今こそ活用するべきだとは思わんかね? いいや、するべきだ!」
興奮し、天を仰いで叫ぶ楠木博士。一方の比乃は「機密とか諸々、大問題だと思うんですが」と冷や汗を垂らしながら反論する。しかし、博士は全く気にした様子もない。
「安心、安心したまえ。PMCにネメスィは絶対触らせないようにする。何より、相手はAMWを自分らで用意してくれるとのことだ。Tkー7などではネメスィの相手は力不足だからな、実に都合が、都合が良い」
「……そこまで話が進んでるってことは、もう決定事項なんですね……それ」
「勿論、勿論だ、すでに計画はスタートしているし相手もすでに呼んである! なーに、君達はPMCを普段相手取っているテロリストだと思って、ぼっこぼこ、ぼっこぼこにすればよいのだ、ネメスィの性能をフルに発揮して!」
自身の設計したネメスィが、まだ見ぬPMCをボコボコにする所でも想像しているのか、興奮して高笑いする博士。そのマッドっぷりを前に、比乃は溜息を吐いた。
「……本当に大丈夫なのかなぁ」
PMCとは言わば、外部の、しかも正規ではない軍事組織である。そんな得体の知れない相手に、機密の塊である新型機を、それも準国産主力機を、露出させて良いのだろうか。いくら機密保持などの誓約を立てさせても、人の口に戸は立てられない物だ。
普通に考えれば、そんな試験の許可など降りるはずがない。だが、どうやったのか、博士の口振りから察するに、上からの許可はすでに取り付けているらしい。
「ひひひ、奴ら、奴らめ何を持ってくるのやら……シュワルツコフか? ペーチルか? それとも旧世代機の改修機か? たとえ、たとえ何が来てもネメスィの敵ではないが……今から楽しみ、楽しみで堪らない……!」
そんな比乃の心配を他所に、博士は独り言のようにぶつぶつと対PMC戦の算段を立てていた。この人物が、果たして機密だとか、そういうことまでちゃんと考えているのかどうか、比乃は不安でしかたなかった。
「それで、相手はなんていうPMCなんですか?」
もはや決まったことにあれこれ言っても仕方がないと諦めた様子の比乃が、投げやりな口調で聞いた。
「彼ら、彼らの名前は、グロリオーサと言う。PMCが随分と洒落た名前を付けた、付けたものだ」
「グロリオーサ……花か何かの名前ですか」
「ああ、花言葉は“栄光に満ちた世界”。雇われの兵隊が、随分と仰々しいと思わんかね?」
博識らしい博士がそう説明する。比乃は内心「自分の作った機体に“天罰”って名付けるネーミングセンスもどっこいなのでは」と思ったが、それで博士の機嫌を損ねてもしょうもないので、流石に口には出さなかった。




