故意の邂逅
当然と言えば当然なのだが、ゲーム筐体の中は、実際のコクピット──例えばTkー7系などとは異なるレイアウトをしていた。それでも、頭に嵌めるヘッドギアによる脳波コントロールと、一対のスティック、フットペダルで操縦するという点は、驚く程に、実機と同じであるのだが。
(よくもまぁ、ここまで似せられたもんだ)
富山の時もそうだったが、よくここまでAMWの操作技術を模範出来たものだ。脳波による機械制御も、今やそこまで特別視される超技術では無くなりつつあると言っても、軍用兵器と同レベルと言うのは、設計開発者の努力の賜物だろう。
筐体の完成度の高さに関心しながら、比乃はヘッドギアに消毒用のアルコールスプレーを吹き付けて、頭をそれに収めた。いつもしているようにスティックとぐるりと一回転させ、ペダルを左右一回ずつ踏んで具合を確かめる。ゲームと解っていても、どうしてもこの操作レイアウトに座るとやってしまう、比乃の癖であった。
画面のデモに流れる操作方法を流し読みして、プレイ料金を、コイン投入口に滑り込ませる。
画面が切り替り、ゲームモードをチーム戦にセットした。このゲームセンターは同じ筐体が四つ並んでおり、同じゲームモードを選択すれば、協力プレイや対戦プレイが楽しめるようになっている。比乃以外の他三つに入っているのは、志度と心視、そして名も知らぬ誰かである。
この場合、三人でチーム戦、もう一つの筐体に入っている人はソロでのプレイを行うか、オンラインでのチーム戦を行うというのが、普通の流れである。
「三人でチーム戦かな……っと?」
マッチング画面を見て、比乃は少し意外そうな声をあげた。四人目、赤の他人のはずのその人物が、自分たちと同じチーム戦にセットしているのだ。マナー違反だとか、そう言うことではないのだが、見ず知らずの人と組もうというのは、珍しいことである。
(珍しい事もあるなぁ)
しかし、こう言ったのも対戦ゲームの醍醐味か、比乃は特に何とも思わず、そのままゲームスタートを選択した。画面が機体選択画面に移る。他三人の機体選択状況も、画面の端に映されている。
比乃も志度も心視も、迷う事なくTkー7を選択する。このゲームにおけるその扱いは、軽量高機動、そして紙装甲であった。最後の一人は、一旦、全ての機体をスクロールして表示すると、数秒経って、三人と同じTkー7を選択した。
(初心者さんなのかな……?)
どの機体を選ぶか迷った末に、自分達と同じ機体を選んだのだろうな、と比乃は予想した。
「それじゃあ、カバーしてあげるかなっと」
自分もこのゲーム自体は初心者であるが、実機での経験はこのゲームのプレイヤー達では遠く及ばない程積んでいる。その自負から、比乃はちょっと自信あり気に呟いたのだった。しかし、その予想はゲーム開始と同時に覆されることになる。
「いやぁ……まさかスコアで負けるなんて……」
一プレイ目、対NPC戦を終えたリザルト画面を見て、比乃は呻き声をあげた。今、チーム戦を行った全員のスコアが並ぶ中、堂々と一番上に名前が上がっていたのは、先程、初心者だと思ってフォローしようと思っていた誰かさんだったのだ。その下に、僅差で比乃、心視、志度の順でプレイヤーネームが並んでいた。
その名前も知らない誰かさんは、三人が連携プレイを取る中、単独で突出して、やられることなく次々と敵機を屠っていったのだ。その技量に思わず比乃は舌を巻く。しかし、その動きを見ていて、ふとした違和感もあった。
ゲームに出る敵や地形を知り尽くしている、ゲーマーとしてのベテランの動きというよりも、どこか、実戦のAMWを知っているような動きだったのだ。アドリブに対応してみせる動き、まるでゲームを知らないが、本物の操縦方法は知っているかのような、そんな挙動だった気がするのだ。
「……まさかね」
この国でAMWの操縦に長けているなど、同じ同業者以外ありえない。そして、同じ自衛官がそこに居たというのも、偶然が過ぎる。
たまたまゲームが上手い人だったんだろう、そう考えることにして、比乃は次プレイに移ろうとした。その時、ゲーム画面中央に「対戦希望者が現れました」と赤文字で表示された。
これまた、今時のアーケードゲームとしては非常に珍しいことなのだが、このゲームは乱入対戦が可能なのだ。そしてその相手に表示されたていたのは、
「……へぇ」
先程、比乃を抜いてスコアトップになった誰かさんであった。比乃は面白い、と僅かに口角を上げると、迷いなくその挑戦を受けた。途端に、画面が対戦モードに切替り、機体選択画面に移行する。
比乃は迷わずTkー7を選択、相手はまた選択画面をぐるりと一周させてから、同じくTkー7を選択した。ますます面白い、比乃はマッチングから外れた志度と心視のことをすっかり忘れ、対戦に没頭し始めた。
市街地ステージが選択され、視界にバーチャルのビル群が広がる。真正面に、相手のTkー7。中々の再現度とグラフィックで構成されたそれが構えを取り、それと同時にスクリーンのカウントダウンがゼロになった。対戦が始まる。
お互い、真正面から突っ込む形になる。初手から近接戦。前方へステップしつつ突きを繰り出す相手の攻撃をギリギリで避けて、横薙ぎに反撃を繰り出すが、相手は身を翻してひらりとこれを避けた。
そのまま追いかけるようにして比乃が斬りかかるが、相手もそれを正面から受け、ナイフで斬り結び、弾き、凌いだ。
架空の市街地を駆け抜ける二機のTkー7。お互いに射撃武器である短筒を出さず、接近戦でケリと着けようと躍起になっていた。その動きは、もはやゲーマーとは呼べない鋭さとキレがあった。
走り回り、お互い間合いに入れば斬り合い、そしてまた離れて、また接近してを繰り返す。一進一退の攻防、ダメージを受けて削れていく両者の耐久ゲージが、一割を切った。
そこで、新しい動きがあった。比乃がナイフを投げつけたのである。このゲームでは武器の補充などない。一瞬、武器を自ら捨てたことに戸惑った相手が、それでも飛んできた得物を見事なナイフ捌きで弾く。
しかし、それと同時に、比乃のTkー7が相手の懐に飛び込んで居た。そして、相手の腕をがっちりと掴むと、そのまま肩に背負う形で地面に向けて投げ飛ばした。AMWによる背負い投げが炸裂し、地面に猛烈な勢いで叩きつけられたTkー7の耐久ゲージがゼロになった。
このゲームがどこまでリアルで、何がダメージ判定になるかは賭けであった。結果として、打撃によるダメージも適応されていたので、比乃は賭けに勝った。
「……よしっ」
ゲームが終了し、ゲーム筐体から外に出る。それとほぼ同時に、相手側も筐体から出てきた。その姿に、比乃と、対戦をモニターで観戦していたギャラリーは驚いた。なんと、相手は女性、それもかなりの美人だったのである。
日焼け一つない白い肌に、薄い化粧が似合う、妖艶な雰囲気を纏った美女であった。その表情は薄い笑みを浮かべていて、比乃を真っ直ぐ見ている。
「対戦、ありがとうございました。とても楽しめましたわ」
「いえ、こちらこそ」
すっと差し伸べられた手を比乃が握って、握手する二人、そして握手を解いた時。
「……やはり、実機でないと欲求不満ですわね」
「え?」
女性が呟いたその言葉の意味が一瞬解らず、比乃は呆けた声を出した。しかし、その意味を聞くより早く、彼女は踵を返して、人混みの間をすり抜けるように立ち去ってしまったのだった。




