表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~  作者: ハの字
第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」
132/345

平和な朝

 初夏。地面から這い上がって来た蝉が鳴き始め、エアコンのクーラーを使う人が出始める、そんな季節。

 沖縄から東京へと長期出張中の自衛官、日比野 比乃三等陸曹は、暑さと圧迫感で目を覚ました。


「…………」


 眼を覚ますと知らない天井……などではなく、すっかり我が家となったはんなり荘の二〇三号室、その中の寝室の真っ白な天井が目に入った。


 まず自身の状態を確認。目を向けるまでもなく、左右から両腕をがっちりとホールドされている。見なくともわかる。自分をベッドに抑え付けている二人は、


「志度、心視、あっついんだけど」


 白間 志度と浅野 心視、比乃の同僚である三等陸曹の二人であった。比乃はため息をついて、ここ数日毎日のように、自分のベッドへと不法侵入してくる二人の太腿を、少し強めに抓る。


 その痛みを感じ取った二人は「……痛い」「んお、おはよう」と両者それぞれ違う反応を見せて、上半身を起こした。


「いい加減にしないと、二人とも太腿が抓り跡だらけになっちゃうよ」


 この二人、ミッドウェー島から戻って来てからもう一週間ほど経つが、駐屯地でも学校でも自宅でも、四六時中、比乃にべったりなのだ。トイレにまで付いて来ようとするので、比乃も困っているのだが、いくら言っても話を聞かない。このように寝る時まで一緒と、正におはようからおやすみまでを見守る状態なのである。


「それじゃあ……もっと優しく……起こして」


「そうそう、俺達だって比乃を守るために、態々狭い所に入り込んで寝てるんだぜ?」


 二人の身勝手な抗議に、比乃は再度ため息を吐いた。


「別に寝てる時まで守ってくれなくていいよ……優しく起こすって、例えばどうやって?」


 心視と志度は揃って「うーん」と悩み始め、数秒。はっとしたように何か閃いた心視が、若干頰を赤らめた。


「……目覚めのキ」「耳元で起きるように言ってくれよ、普通に」


 何かを言おうとして、志度に遮られた。少し不機嫌な顔になった心視のパンチが飛び、寝起きで反応が鈍い志度がそれを諸に食らい、ベッドから転げ落ちる。比乃は一連の流れを無視して、自由になった両手を使って「よっこいしょ」と起き上がった。


「じゃあこれからは耳元で大音量の目覚ましを鳴らしてあげるよ。経費で買ったのあるから」


 無情な比乃は「有効活用しないと」――そう言いながら、両足に義足を()めて、立ち上がってうーんと伸びをする。カーテンを開けてみれば外は快晴。絶好の登校日和であった。


「さ、朝ごはんの支度するよ、二人とも手伝って」


 今朝のメニューは、トーストと目玉焼きだ。二人揃って「はーい」と返事をしてベッドから降り、片やベッドの横から起き上がると、三人揃ってダイニングへと向かう。


 これが、ここ数日における比乃周辺の朝の様子であった。


 ***


 朝のモーニングコールが必要な隣室に出向くと、何故かまた下着姿のメアリとアイヴィーがいたり、それを目の当たりにしながらも比乃は「失礼しました」の一言で済ました。

 それからも、特にどぎまぎしたりしない比乃に、メアリとアイヴィー……というよりはアイヴィーが、何故かぷんすかと怒っていた。


「リビングで着替えてた私達も悪いけどさぁ、普通もっとこう、年頃の女性の着替えを見たら違う反応しない? 私、スタイルには自信があるんだけど……」


「まぁまぁアイヴィー、日比野さんはきっと、こちらで言うところの“ぼくねんじん”というものなのでしょう。そんなに気を落とす必要はないですよ」


「そうなのかなぁ……はぁ、それでも自信無くしちゃいそう」


 どこかズレたことを話している二人を尻目に、比乃は久しぶりの登校を楽しんでいた。何気ない日常がこんなにも得難い物だったとは……としみじみした様子で周囲を観察している。

 ブロック塀の上で屯ろする猫、ちょっと曲がった道路標識、鳥のさえずる声……何もかもが、今の比乃には尊く感じられた。


「もしかして比乃って……ホモ?」


「まさか……でも確かに、白間さんとあんなにべったりと……もしかすると、もしかするかもしれません」


「二人とも、変な誤解してるみたいだから宣言しとくけど、僕はノーマルだからね!」


「俺だってそのノーマル? だからな! ホモじゃないぞ!」


 そう否定する志度が、比乃の腕に回した手にぎゅっと力を入れる。二人の疑惑の目が強くなった。


「比乃は……ホモじゃない……志度は知らないけど」


 すると反対側の心視も対抗するように、比乃の腕をぎゅぎゅっと抱き締めるようにした。


「……説得力がないね。もしかして、両刀?」


「アイヴィーは難しい日本語の使い方を知ってますね、帰ったらもう少し詳しく教えてください」


「いや教わらなくていいから……あと両刀でもないから……」


 比乃はげんなりしながら言うと、自身の左右。自分を挟むようにして歩いている心視と志度を交互に見る。片方は感触が柔らかくて困るし、もう片方は掴まれた部分がみしみし言っていて困る。


「あのさ二人とも、すごい歩き難いし、周囲からあんな感じで誤解を招きかねないから、離れて歩いてくれない?」


 そうお願いするがしかし、両者は眉を八の字にして口を尖らせて、拒否の意を示した。


「……駄目」


「却下だな。俺達はいつでも比乃を守れるように、態々こうやってくっ付いてるんだぜ」


 言いながら、さらに両側から抱きつくようにくっつく。


「ちょっと過剰過ぎると思うけどなぁ……」


「そんなことない」

「そんなことないぞ」


 ハモって言う二人に、もはや諦めたのか、本日何度目かのため息をついた。歩きにくそうにしながらも歩みを進める比乃。その様子を見ていたアイヴィーは、独り言のように日本語で呟いた。


「まぁ、『仲良きことは(うるは)しきこと』なのかな?」


 そう言った彼女に、メアリは羨望の眼差しで「本当にアイヴィーは日本語が堪能ですね」と褒め称えたりしていた。


 なんとも平和な登校風景であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼こちら新作となります▼
【異世界のロボット乗りは大変です。~少女と機士の物語~】
本作の続編となっています。
この物語を読み終えて、興味を持っていただけましたら
次の作品もどうぞよろしくお願い致します。


小説家になろう 勝手にランキング
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ