十二 遣わされる剣
聞いた瞬間、あまりに荒唐無稽な話に思われて、シェランは思わず訊き返していた。
「ミルフェンが反乱? ミルフェンでじゃなくて?」
はい、と頷いたのは水鏡越しのヴィランド公爵ギルトラントである。
「おかげで東側の流通がほぼ全て途絶えた状態となっております」
皇太子が鋭く問うた。
「原因は」
「今のところは不明です。声明も布告も、何も出ておりません。潜入させている手の者からも、何も掴めていないと。ま、元々議会の方には不満が溜まっていた節もありますが」
肩を竦めるギルトラントは余裕があるように見えるが、現実はそう甘いものではない。
従属を誓ったミルフェンがあからさまな手段で逆らってきた。これが意味するところをわからない者はいないだろう。
皇王が舌打ちをした。
「気でも狂ったか。国主のミルフェン公はリーヴェルレーヴにいるというのに」
「議会の中でも一部の、独立派と呼ばれている連中が中心となっているかと。彼らはエードルトのような共和制を唱えていますからな」
「事前に止めることはできなかったのか? 軍が動くならその前に金の動きに不審なところが出るはずだ」
「それが、今年は秋の収税報告が遅れておりまして。個別にも調べさせてはいましたが、カルスルーエ卿が独立派の動きが妙だと知らせてくれて、監視を始めた矢先にこれです」
少しばかり遅かったということだ。
「……このような大事、ミルフェン一国だけの計ではないはず」
ソルディースが硬い声で呟く。確信めいたその響きは、彼が答えを知っていることを示していた。シェランはそっと掛け衣を掻き寄せた。
「ガルダニア……よね。でもどうして? 見返りがないわ」
「公爵夫人の王位継承権を盾に納税額の軽減でも提示したのでしょう。あそこの貴族達は、貴族というより商人気質ですからな」
つまり、ガルダニアに従えばヴィーフィルドより安く済むというわけだ。わかりやすい庇護者乗換えの図式だが、あくまでも可能性の一つである。
「ですがこれで南への働きかけの謎も解けます。金欠病の癖にどこからと思っていましたが、ミルフェンの連中が先行投資していたのなら辻褄が合うというもの」
忌々しげに吐き捨てたギルトラントは、恐らくどう叩こうか既に頭の中で組み立てている最中だ。ともかく、と皇太子が言った。
「明日の午後、ミルフェン公爵を召喚して尋問を行う」
しないわけにはいかない。だがシェランは反対せずにはおれなかった。
「お父様! エヴァはずっと皇都にいたんです。誰がどう見ても無関係でしょう? きっとあの子も何も知らないと思います。こんなことができる子じゃないわ」
「落ち着きなさい。まずはそれを確かめねばならぬ」
宣戦布告がなされたわけではなく、ただの経済封鎖である。これでヴィーフィルド北部・東部に大きな打撃が来たのならまた話は違ってくるが、収穫は大分前に終わり、倉は潤っている状態だ。今のところ文句を言っているのは富豪層相手に嗜好品を売る商人達くらいである。それでなくとも北部は畜産も盛んで、布類に始まる防寒には既に十分な備えができている。
俯くシェランの肩を、ソルディースがそっと抱いた。
「シェラン、心配しなくても大丈夫だ。ミルフェン公はまだ成人していない。監視責任は問われない。むしろ問題は公爵夫人の方だろう。故国と共謀して独立派を煽ったと疑いを掛けられても無理はない」
それもそれで無理のある話だが、庶出の公爵よりは考え得ることだ。
「皇女。私としてもあの公爵夫妻がガルダニアと通じていたなどと、本気で考えてはおりませんぞ。大方、独立派とやらの暴走でしょう」
こちらは鼻で笑ったギルトラントだが、すぐに表情を引き締めた。
「しかし軍を動かしている話は別です。陛下、出陣の許可を」
皇王は首を横に振った。
「陛下!」
皇太子も、判断は否のようである。
「軽々に動くな、ギル。まずは状況を探らねば」
「従兄上……」
「よく考えろ。ミルフェンに正規軍はない。あるのは傭兵団だけだが、これが我が国に対抗するために動くと思うか」
傭兵は金で動くが、勝ち目のない勝負には乗らない。ある意味、戦闘専門の商人だ。それが全くどこにも勝ち目の無い戦に出るか――答えは火を見るよりも明らかである。
「では、ガルダニアはミルフェンに兵力援助までしているということですか!?」
「傭兵に扮した正規軍の兵士達を順繰りにミルフェン入りさせていたのだろう。おそらく、二年前からずっとな」
正規軍を持たないミルフェン公爵国は、有事の際には傭兵を雇う。それ以外にも民間の商人達が商品輸送時の安全を確保するために個人的に雇用することもあって、ミルフェンは傭兵の出入りが激しい。そこを突かれたのだ。
絶句するシェランに構わず、夜の九の刻を告げる鐘が鳴る。皇王が椅子の背にもたれて息をついた。
「差し当たり、今夜はもう動きはないだろう。明日から忙しくなるぞ」
皇女宮に戻ったシェランは、まず入浴した。食事は既に済ませている。
こちらに戻ってきた当初は、幼児でもないのに入浴を手伝われることに困惑しきりだったが、最近になってその必要性がわかってきた。
ヴィーフィルドの貴人女性の象徴たる長い髪は、一人で洗うには手間がかかり過ぎるのだ。二年かかって肩を過ぎる程度から腰に届くまでに伸びたそれは、一人では洗っている間に体が冷えてしまう。標準的な長さが股関節から膝裏までだから、貴族出身の女官達も実家から連れて来た自身の侍女に洗わせているはずだった。
とはいえ気恥ずかしさに変わりはなかったから、広い大理石の湯船に浸かりながら髪を洗ってもらった後は、担当の侍女達は退出させている。今日もそれは同じで、侍女達も心得たものである。
「では、わたくし共はこれで。御用がございましたら、お呼び下さいませ」
「ええ、ありがとう」
ほとんど自由などない皇女としての生活の数少ない、一人になれる時間がこの入浴と、後は就寝の時だった。しかし結婚してから就寝時はほとんど夫と同衾しているので、実質はこの時間だけである。
広い浴室の向こう、脱衣所を隔てた控え室に侍女達が下がるのを確認して、シェランは虚空に向かって呼び掛けた。
「セラ……セランヴィエル。出てきて。いるんでしょう? 頼みたいことがあるの」
返事はすぐにはなかった。あまりに沈黙が続くので、もう一度シェランは呼び掛けた。
「セランヴィエル。対価なら払うわ」
すると、湯気が立ち上る中にじわりと蒼い光が滲むように現れ始めた。
「……対価を払えば応じると思われているのも、何だか癪ね」
人に近い形態で顕現した闇の精霊王セランヴィエルは、シェランが浸かる湯船の縁に腰を下ろして、湯の中に足を浸けた。
蒼い燐光を纏っているから、すぐにその髪と瞳を夜と同じ漆黒と断じられる者は少ないだろう。人間で言えば今のシェランとちょうど同年代ほどの外見は、しかしその双眸の静けさで印象が二転三転する。
人型を取った精霊の常である少し尖った耳、白目はなく均一な色に満たされた瞳は、どれだけ姿を似せていても人間ではないことを主張していた。
「今度は何? シェランティエーラ」
歌うような抑揚は耳に心地よかったが、それに浸っている場合ではない。
「ミルフェンへ行って欲しいの。まだルーエが公都に残っているわ。今すぐに皇都へ移すのはミルフェンの民を刺激するから無理。行って、ルーエを守ってあげて」
「嫌よ」
まさか断られるとは思っていなかったので、即行で返ってきた返事に面食らったシェランである。
「嫌って……」
セランヴィエルは重ねて首を振った。
「嫌よ。だって彼女、水の民でしょう。水の、ソランディティウスに頼んだら?」
「どこにいるのか分かっていれば、私だってそっちに頼むわよ」
「なら諦めるのね。心配しなくても水の民の血は海の御方の加護が強いから、水の近くにいればそう悪いことにはならないわ。それに貴女のプロラシオンも何かいろいろ陰険に仕込んでるし」
「セラ」
「嫌ったら嫌。話がそれだけなら帰るわね。アリアロッドに見つかると面倒だから」
言うや、ふよ、と浮き上がる。その衣装の端を、シェランは慌てて掴んだ。
「待って、セラ!」
「嫌よ、ヴィリにでも泣きついたら?」
「お祖父様にばれるじゃない!」
「知らないわよ。離して」
非常に温度差のある遣り取りだ。そしてシェランのしつこさに根負けしたセランヴィエルが、もう一度湯船の縁に座った――その時だった。
二人の頭上で鮮やかな紫色の光が閃いた。直後、光は収斂して人の形になる。顕現したのは紫の燐光を纏う少年のような容姿の精霊だった。
「やっぱりセラ! 気配がしたからもしかしてって思ったんだよな。何だ、来てたなら言ってくれれば良かったじゃん!」
「げ……」
あからさまに表情を引き攣らせたセランヴィエルとは対照的に、紫の精霊はにこにこと邪気なく笑っている。シェランは少年姿の精霊を睨みつけた。
「出て行って、アロー。入浴中に断りもなく何のつもり? お父様に言いつけるわよ」
紫の精霊――雷の精霊王アリアロッドは異を唱えた。
「シェランひでえ! セラはいいのにどーして俺は駄目なんだよ!?」
精霊には性別がない。一部の無性体が精霊の子と呼ばれる所以だ。
アリアロッドの訴えは、故に正しいものである。しかしシェランは切り捨てた。
「外見とそれに起因する気分の問題よ。出て行きなさい」
「やだよ、せっかくセラと会えたのに――」
「で、て、い、き、な、さ、い!」
一音一音に凄みを利かせると、アリアロッドはふて腐れながらも姿を消した。
「どうしてアローはセラにあんなに懐いてるの? 何かした?」
「覚えはないわ……後でヴィリに叱っておくよう言っておくわね」
「お願い。……で、さっきの続きだけど」
「それは嫌。一年前の清めからまだ回復していないの。私の本体の『杖』はリーヴェルレーヴから動かせないでしょう? この状態でミルフェンまで行って、半水の民を守護するなんて無理よ」
「そう……なの」
ちゃんとした理由があったのか。ならば仕方が無い。セランヴィエルとシェランは契約していないから無理強いはできない。
しかしこれで遠方の友人の安全を図ることを諦めるわけにはいかない。シェランは落胆して、口元まで湯に浸かってぶくぶくと行儀悪く泡を立てた。
そんなシェランを見かねたらしい。セランヴィエルの方から代替案を出してきた。
「貴女の騎士を遣わせればいいのではない?」
「騎士……? 近衛騎士の出向なんて、私の一存では動かせないわ」
「そうではなくて。貴女に忠誠を誓った騎士がいるでしょう?」
「え……ああ!」
シェランは思わず手を打った。
いたではないか、比較的自由に使える手持ちの駒が。
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「やっぱり貴女は何か勘違いしてませんか」
ミルフェン公爵の尋問が行われるその日の朝、出勤して早々に呼び出されたその人物達は、一方が憮然とした表情を隠しもせずに言い放った。
「おい……」
「セイ、お前からも何か申し上げろ。シェラン様、俺達も暇じゃないんですよ」
シェランの方が偉いはずなのに、見下ろされて呆れたように言われると力関係が逆に見える。
「……でも、他に頼める人がいないんだもん」
「ご自分の人脈の少なさを反省して下さい。初対面の男が苦手とか言ってないで」
「う……」
その通りなので反論できない。
呼び出されたもう一人、ウィズベルト卿セイルードがまあまあと間に入る。
「ライ、その辺にしておいた方が」
「いや、それこそこの辺りでしっかり言って――」
「俺はアルが帰った後に訊かれたら、事実を言うよ?」
ライゼルトは押し黙ってそっぽを向いた。珍しいことにシェランが目を丸くしていると、セイルードがそっと目配せをしてくる。ついでにライゼルトを指差して、拝み、泣く動作。……拝む? 泣き真似?
意を得たシェランは指示通りやってみた。ちょっと涙声を心がける。
「ライ従兄様、お願い……」
案の定、ライゼルトの肩がぴくっと動いた。
「知ってるでしょう? ルーエは数少ない私の大事な友達なの」
我ながらあざとい。というか、アルトレイスならともかく、こんな見え透いた手にこの従兄が引っかかってくれるのか。
「……でも従兄様とセイが行ってくれないなら仕方ないよね。他に頼める人もいないし、前みたいに私がこっそり皇都を抜けて行くしか……」
「姫様、大丈夫です。俺はお供しますよ」
「セイ……ありがとう。そんなこと言ってくれるのは貴方だけだわ。他の皆は私に剣を捧げたくせして、いざとなったら掌を返してくるんだもの」
よよ、と二人は互いに慰め合う。
「ライ従兄様なら前にもミルフェンに行ったことがあるし、安心かなって思ったんだけど……」
シェランとセイルードは横目でじーっとライゼルトを見つめた。皇女の執務室に沈黙が訪れる。
無言の攻防が始まって間もなく、ライゼルトは陥落した。
「やめろセイ、そんな目で見るな。気色悪いだけだ。シェラン様もその上目遣いはやめて下さい。行けばいいんでしょう、行けば」
「ほんと!? やったあ! ありがとう、ライ従兄様!」
セイルードと手を叩き合わせ、思いがけない勝利に喜ぶ。
「機密任務扱いだから家族にも言っちゃダメだよ。そんなにかからないと思うし、埋め合わせは一週間の有給休暇でいい?」
「姫様さすが、太っ腹ですね」
拍手するセイルードに、ライゼルトが頭を抱える。
「セイ、シェラン様を調子に乗らせるなよ。シェラン様、行くのはいいですが近衛騎士の権限だけではいざというときに支障が出るかと」
近衛騎士の本来の職責は皇族の警護と皇都の治安維持である。戦時派遣の時は階級によって権限が拡大されるが、それも知れている。
セイルードも真面目な顔になって頷いた。
「最悪、ミルフェン議会の連中に見つかって、公爵夫人に会うことすらできないかもしれませんね」
新たな懸念が浮かび上がり、二人は暗澹たる気持ちになった。一山越えて次の山だ。
「それくらい私も思いつくわよ。対策は考えた」
主君の言葉に、ライゼルトは一歩引いた。嫌な予感しかしない。そして彼女がこのように自信満々な表情をしているときは、大抵その予感は当たるのだ。こういうところだけ自分は叔母に似たのではないかと時々思う。
そんなライゼルトをよそに、シェランはすっと両の掌を上に向けて体の前に差し出した。ここではない場所に安置されているそれを、呼ぶ。
眩い金色の光が、どこからともなく湧き出した。シェランの掌に集中したそれは、次の瞬間にその形をはっきりと現す。
「はい。これを持って行けば、たとえヴィーフィルド皇王の威光が通じなくても大丈夫」
呆然とする二人に向かって、シェランは呼び寄せたそれを差し出す。
「殿下……これは」
恭しさも何もなく突き出された、目の前に迫るもの。
「せ、聖遺物の……アレじゃないですか!」
過ぎた驚愕と、存在自体を忘れかけていたのとで、とっさには固有名詞が出てこなかったようである。
そうよ、とシェランは返した。
「『金陽の剣』ね。貸してあげる。持ってれば聖女の使徒、みたいな?」
みたいな? ではない。そんな軽く貸し出して良いものではないはずだ。
「いりませんよ! 第一俺達の神力じゃ抜くことすらできませんし!」
「大丈夫。去年のアレのせいですっからかんになってて『寝』てるから。あ、ついでに一筆書いて破門決定権も付けてあげようか。道を阻む者は破門するぞって、結構な脅しになると思うけど」
ライゼルトもセイルードもがっくりと肩を落とした。そうだ、忘れていたがこの皇女は聖女で、大陸中の神職の頂点に立つ存在だった。
「だって剣の形をしてる以上、剣を使えない私が持ってても宝の持ち腐れでしょう? 見世物でも何でも、使えるときに使ってあげたいじゃない。今なら『抵抗』もしないから貴方達でも抜けるわ」
得意げに語る従妹姫の手から、無言で『剣』を受け取ったライゼルトは、ん、とそれを幼馴染に押し付けた。
「え、俺?」
「剣ならお前の領分だろ」
形容しがたい呻き声を上げたセイルードだが、この世に二つとない剣に対する興味が勝ったようである。恐る恐るといった体で受け取り、柄を握って引いた。
す、と何の抵抗もなく磨き抜いた金剛石のような美しい刀身が現れる。刃毀れなど一つもない、どこまでも鋭利な刃がきらりと光を放った。
思わず、セイルードは息を呑んだ。
「…………本当に、よろしいのですか」
見ればわかる。聖遺物だからなんて理由ではなく、これは本当に戦うために作られた名剣だ。武人としても名高かった聖ミリディアナが創ったというのも頷ける。
だが現在の持ち主はひらひらと手を振った。
「だから、いいよって言ってるじゃない。神気も神力もすっからかんだから、物理的には刃物としての用途以外には魔除けくらいにしかならないと思うけど」
「……シェラン様、本来武具っていうのは魔除け機能なんか付いてないんですよ」
聖女の印籠代わりになる時点で色々規格外である。知ってるよ、と返す少女はそれがどれだけ貴重か、本当にわかっているのか。
「ですがよく思い付かれましたね。アルの入れ知恵ですか」
「……私がちょっと気の利いたことするとすぐアルから教えてもらったんだろって言うわよね、皆。教えてあげない」
「ああ、やっぱりお一人で思い付いたんじゃないんですね」
さらっと抉ってくるのがこの二人の嫌なところだ。そして事実だった。癪なのでシェランは答えず、代わりに別のことを伝えた。
「多分、無いとは思うし、そうなることを願ってはいるけど……どうしても危なくなったら、一度だけ、『起きる』ようにしてある」
はて、とライゼルトもセイルードも首を傾げた。『起きた』状態で聖遺物を使えるのは聖女だけではないのか。皇族ならわからないでもないが。
「それが皇族の誰かだとお互い自己主張が激しくて拒否反応起こすみたいなのよね……。実は前に試したことあるんだけど、うんともすんとも言わなくて」
試したんですか、とセイルードが呟いた。しかし皇族に反応しなかったのに自分達は使えるのか。
「なんか貴方達のどっちかなら大丈夫だろうって。先祖の血がどうたらって聞いたけど、心当たりある? 確かセライネとオルソールって聖ミリディアナの時代に家系が分かれたんだったよね」
元々『セライノール』という一つの家だったのが、諸事情あって分かれたのが現在のセライネとオルソールだ。その後もちょくちょく互いに娘や息子を結婚させたりしているので、血縁上そう離れてはいない。だがそれだけでは説明がつかない。
ライゼルトがちらっとセイルードを見た。セイルードもほぼ同時に相手を見たから、透き通った明るい青と、茶の中に少し青銀が散ったそれが少しの間交差する。
「……姫様。うちの始祖が誰か、ご存知ですか」
「もちろん。前の風の精霊王タルスウェインでしょ。……あ、だから? でもそしたらカールも使えるのかな」
「さあ、多分……でも伝聞形なのがすごく気になるので、そんな事態にならないよう祈ります」
若干引き攣りつつも、セイルードは『金陽の剣』を剣帯に挟んだ。それを合図に二人は揃って姿勢を正し、膝をつく――正式な騎士の礼だ。
「我が君よりの御下命、承りましてございます。御心安んじて吉報をお待ち下さい」
シェランは少したじろいだ。超個人的な頼みなのに。
「……期待しています。貴方達の行く道に、いつも好い風が通うよう」
定型通りに返したのだが、すかさず文句が来た。
「何でそこで目、逸らすんですか」
「かっこよく決めるところですよ」
シェランは耳を塞いでじたばたした。
「うるさいうるさーいっ! さっさと行きなさい!」
高貴なる皇女にあるまじき言動である。
しかし一番の問題は、聖遺物の貸与などという歴史的な大事件が、皇城の片隅のこんな狭苦しい部屋で至って気軽に為されたという点ではないか――と、ライゼルトは思った。
現在生きている神職達も、後の歴史家達も、知ったらきっと号泣するのではなかろうか。
そして一番酷いのは、そういうことを天然でやってのけるこの皇女であろう。
ということで、本編第二章と第七章と後書き的蛇足で蒔いたネタ(と認識できるかわからないレベルですが)回収。




