〇〇するほど……
初っ端からただのネタ。オチなし。
すみません、でも女性になったらこういう悩みが発生するよな、と思ったんです。変なところだけ現実的な木之本仕様です。
本編最終話の直後。
うえぇ、と世にも奇妙な呻き声が耳に入り、イルヴァースは緩んでしまう頬を必死に引き締めた。
「失礼致します」
扉を開けた先には、簡易の寝台に横たわる主君と、それに手を握って付き添う弟と、枕元に張り付くオルトリーエの姿がある。少し離れた所で所在無さ気に座っているのはアストリッド、ジスカール、セイルード、ライゼルトだ。本来は高貴な女性の寝室に家族以外の男が立ち入るなど言語道断なのだが、今回は事情が事情、経緯が経緯なので仕方がない。落ち着かない様子で室内を歩き回るアルトレイスに呆れの目をやってから、イルヴァースは主君に声をかけた。
「姫、すぐに陛下方もおいでになるそうです。……ご気分はいかがですか」
「さいっあく……」
答えた彼の主君、皇女シェランティエーラの顔色は少しばかり悪い。
「ついでに果実水ももらってきました。何か腹に入れたほうが良いでしょう。半年絶食だったわけですし」
うん、なのか、うえ、なのか今一つ判別しかねる返事があった。のろのろと身を起こした少女は、差し出された杯を取って口をつける。じれったいほどの時間をかけて半分ほどを干すと、毛布をかき寄せて腹部で抱え込む。その背――腰の位置を、オルトリーエが擦った。じわりと神気が滲んだところを見ると、何かの神術を使っていることが窺える。
「シェラン様、こうして暖めますと、少しは楽でしょう?」
「……うん。本当、痛いのは変わらないけど全然違うのね」
「わたくしは医者ではありませんから詳しいことは存じませんが、それほど痛いのは急にお体が成熟したことも一因ではないかと思いますわ。確か、あまりに急激に成長すると骨が痛むこともあるとか」
「成長痛ね」
納得したように頷くシェランである。
「次からはこんなに痛くないとありがたいんだけど」
「それは……個人の体質にもよりますから。本当にこれは千差万別なのです。人の数だけ……いいえ、回数だけ事例があると申せます」
横からソルディースが不思議そうに口を挟んだ。
「だが、これは腹の問題だろう? なぜ頭痛まで伴うんだ」
「わたくしが知るわけがないでしょう。医者にお聞きなさい」
「向こうにいた頃、神経とかの関係で頭にも来るって聞いたことあるわ。まさか自分がその事例に当て嵌まるとは思わなかったけど……ていうか、目ぇ覚ましてすぐこれってちょっとどうなの……」
もう少し心の準備が、とかぶつぶつ呟く少女に、とうとう耐え切れずイルヴァースは笑い声を漏らした。
「くっ……ふふ……ああいえ、すみません。いやでもまさか」
皇女は半眼になる。オルトリーエも眉を顰めるが、こればかりは。
「女性になった途端に初潮が来るなんて……!」
爆笑するイルヴァースの頭を、アルトレイスが拳で殴った。
「笑い事じゃないぞ!」
「祝い事だろ、お慶び申し上げますよ、もちろん。いやぁ、しかしそこまで急激に変わるとは……! ある意味当然の流れですが、それにしても」
「……イルヴァース、貴方、そんなに黄昏の門をくぐりたいのならいつでもくぐらせて差し上げてよ? 女性にとってこれはとても繊細なことなの。失礼を通り越して一人格を有する存在としてどうかと思いますわ」
オルトリーエは全身から軽蔑しているという空気を醸し出していた。これ以上笑っていると本当に臨戦態勢になるので、イルヴァースは取り合えず笑いを収める。
「しかし病気などでなくて良かったですよ。元気に手をお振りになっていたかと思えばいきなり蹲るから、まだ何かあるのかと肝が冷えました」
「……心配かけてごめんねって言いたいけど、どうしてかな。言うと負けた気がするのは」
「気のせいですよ」
「気のせいなわけあるか。ヴィライオルド公に報告してやる」
「この年でそんなもの怖がると思うか」
誰それに言いつけてやる、などという脅しで屈するような年齢ではない。絞られることは間違いないだろうが。
次元の低い言い争いを始めたアルトレイスとイルヴァースを若干引いた目で見ながら、ライゼルトは寝台へ近寄った。
「……シェラン様、我々はこれで」
「うん、なんか付き合わせてごめんね。ついでにあそこの二人も回収して行ってくれる?」
「申し訳ありません、できかねます。まずアルは貴女から離れないでしょうし」
「……ううん、いいよ。そうだろうとは思ってた」
恥らうべきなのだろうが、それ以前の問題として半年眠り込んで心配をかけたという自覚があるから、シェランとしても今一つ強く出られないのだった。
「アスト、貴方も帰って良くてよ? 次の外遊の準備があるでしょう」
「あれ、心配してくれるのかい?」
「ええ。……貴方ではないわ、外務省の官吏達の都合があるもの。貴方、基本的に暇じゃない」
「少しでも感動した私が馬鹿だったよ……姫君、そういう訳ですので、婚約者に追っ払われる私を哀れ」
「とっととお行きなさい、どさくさに紛れてシェラン様に抱きつくんじゃないのっ!」
「抱きついてないだろ」
面倒なので、シェランは身を乗り出してアストリッドの頭を撫でてやった。まさか自分より七歳も年上の成人男性に「よしよし」なんてものをする羽目になるとは。
「これでいい? オリエ、あんまり虐めないであげて」
「虐めてなど」
「いーや、虐められたね。ああ、悲しい」
「何ですって、白々しいっ!」
収拾がつかなくなり始めた。どうするんだこれ、と臣下組及びソルディースは視線だけでシェランに問うた。シェランは肩を竦めた。
「喧嘩するほど仲がいいって、古今東西一般常識だよねぇ」
この一言で、ぴたりと二組の言い争いは止んだ。