第8話「過信と不安」
驚きのあまり数秒間硬直していたが、いつまでも固まってるわけにはいかない。
今日こそ根掘り葉掘り聞いてやる。
俺は軽く深呼吸してからヴァーリに話しかけた
「…あぁ。久しぶりだな。瞬間移動のやり方でも教えに来てくれたのか?」
この前逃げられた腹いせに皮肉な言い方をした。
「残念ながら、瞬間移動は僕でも使えない。」
なんでもないような顔で答える。
こいつ…皮肉と受け取ってないんだろうな。
俺は少しイラついた声で話を続ける。
「あぁそうかよ。じゃあ何しに来たんだよ。」
「わかった事が2つあってね。君に知らせようと思ったんだ。」
「わかったこと?お前…俺達の事観察でもしてたのかよ。」
「観察とまではいかないだろうけど、たまに君たちの様子は見ていたよ。」
全然気づかなかったな。こいつ、まさか…110番待ったなし!!
…まぁ110番しても信じてくれないから掛けないが。
俺が何も言わないでいるとヴァーリはそれを言ってよしと受けとったようだ。
「今日、持久走の時気付いたと思うけど、超能力者になった者は身体能力が一般人とは比べ物にならないほど上がる。」
薄々気づいてたが、やはりか。
超能力だけじゃなく、身体能力も上がるなんて人間じゃないみたいだな。
………いや、もう人間じゃないか。
「そうらしいな。それより昨日、お前を見つけた場所で少年…超能力者にいきなり襲われたんだが、なんか心あたりあるか?」
「さぁね。その件については僕もわからない。」
なんだよ…。
そういえばこいつ全然顔に変化がないというか、表情が無表情のまま変わらないな。
「お前、少しは笑ったりしろよ。ずっと表情に変化がないとなんか気持ち悪い。」
「残念ながらその要望には応えられない。」
俺がなんで?という顔をするとヴァーリは一拍置いてから答えた。
「僕らには人間のような『感情』という概念が存在しない。」
…………は?
俺は一瞬ヴァーリの言っている意味がわからず、口を開けて唖然としていた。
「僕らには人間で言うところの『怒り』や『悲しみ』などの感情が一切ない。」
「つまりあれか?…『楽しい!』とか『嬉しい!』がないって事か?」
「そうゆう事だね。だから人間が感情で動く事の意味が、僕らには理解できない。」
たまげたな…。
感情がないってどんな感じなんだろうか。想像できない。
……ん?今『僕ら』って言ったか?
「お前、仲間がいるのか?」
「いるよ。だけど残念ながら、僕と同じように記憶を失くしていたけどね。」
ぼっちじゃなかったんだな。
とすると、あの少年はヴァーリの仲間に触って超能力者になったのかもしれない。
「2つめは、超能力者が全員使える超能力を含め、個人特有の特殊能力が使えるという事さ。」
「特殊能力?なんだそれ。」
「君はまだ特殊能力に目覚めてないみたいだけど、目覚めるとその人にしかできない超能力が使えるんだ。君が見た瞬間移動もたぶん特殊能力に入るね。」
マジかー。それじゃ俺は瞬間移動使えないのか…ちょっと残念だな。
瞬間移動が使えたら女子更衣室のロッカーにテレポートして―――おっと危ない、危うくキャラが崩れるところだった。
「特殊能力は過去に影響する能力のようだね。」
俺はどんな能力が使えるんだろうか。手から火が出たり、天候を操ったりできるのだろうか。
夢が広がるなー。
でも過去に影響されるのか…過去は振り返らない男だから、特殊能力は一生使えないかもしれないな。
「そうだヴァー…ってまたか…。」
俺が唸っていた顔を上にあげるとそこにはもうヴァーリの姿はなかった。
神出鬼没なやつだな。
もしかして、あいつも瞬間移動使えるんじゃないの?まぁいいや。
特殊能力かー。俺も早く使えるようになりたいな。
この時、俺は完全に浮かれていた。
いや、調子に乗っていた。
他の人より自分の方が勝っていると思い、超能力が使えない人を見下していたのだ。
―――――――自分の命が狙われる事になるとは知らずに。
~~~その頃楓は~~~
「はぁ~」
溜息をつきながらベッドにダイブする。ここ最近変な事が多すぎる。
昔よく遊んでたところを見に行っただけなのに、そこでドラえもん似の猫地蔵に出会ってから超能力が使えるようになってしまった。
最初は超能力なんてどうせオカルトだろうと思っていた。
リモコンが勝手に飛んできて手に収まった光景も、疲れていて自分が勝手に幻想を見ているのだろうと思っていた。
だけど違った。
いきなり零が「俺、超能力が使えるかもしれない。」と言い出した時は貧血を起こすんじゃないかと思うぐらい真っ青になった。
私だけじゃなくて、零と夢ちゃんも触れずに物体を動かすことができた。
正直言って、怖かった。
人間でなくなる感覚。超能力という無限大の力を手に入れて、一般とは離れていく感覚。自分がどんどん異質な存在になっていく感覚。
不安で不安で、気が狂いそうだった。
だけど言いだした零は、消しゴムを触れずに動かした後なのにケロッとしている。怖くないのかな。
零の表情からは、恐怖してる感じはなかった。むしろこの状況を楽しんでいるようだ。
昔から零はそうだった。
怖いモノ知らずで、好奇心旺盛だった。
あっち行こうこっち行こうと言いだし、一時は山を越えたところに行こうとまで言いだした。
その頃はろくに足し算引き算ができない歳だ。当然山を越えるなんて無理なので、竜輝と一緒に超えるのは無理だと説得した覚えがある。
そんな事を考えていると、自然に笑みがこぼれる。
前までは超能力が怖くて仕方なかったが、今は怖くない。
なんせ零がいるんだ。
楓にとって零は神のような存在…まではいかないが、かけがえのない存在になっている。
零と一緒にいるとなんでもできる気分になる。零と一緒にいると怖くない。零と一緒にいると楽しい。
超能力の件も、零と一緒なら乗り越えられる。
楓はそう思っていた。
楓にとって、零は傍にいなければならない存在になっていた。